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第二十四話 約束

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/11/6 📚 シリーズ: Reincarnation -Record of memories- 📝 4,977文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

遺した記録、貴方の記憶、その手で全て解き明かして。

本文

闇の中に、トーマはいた。

そこには何もなかった。

空もない。

地面もない。

音もない。

温度もない。

ただ、果てしない黒が広がっていた。

体があるのかも分からない。

手を伸ばしているつもりでも、指が動いている感覚がない。

足掻いているつもりでも、どこにも進んでいない。

それでも、トーマはもがいていた。

必死に。

必死に、何かから逃げるように。

必死に、何かに戻ろうとするように。

「……ここは……」

声を出したはずだった。

だが、自分の声が自分に届かない。

代わりに、闇の奥から声がした。

──ここは、お前の真実だ。

冷たい声。

記録喰いの影。

そしてもう一つ。

──ここは、お前が忘れた場所だ。

低く静かな声。

忘却の剣。

二つの声が、闇の中で重なる。

影は囁く。

──お前は英雄を殺した。

剣は告げる。

──お前は世界から消された。

影は笑う。

──お前は愛する者を失った。

剣は続ける。

──だから忘れるしかなかった。

トーマの周囲に、映像が浮かぶ。

崩れた塔。

黒い空。

血に濡れた手。

倒れる少女。

振り返るゼロ。

黒い剣。

「違う……」

トーマは叫んだ。

今度は声が出た。

だが、闇は揺れない。

「違う。これは……これは全部、本当じゃない」

──何が違う。

影の声が近づく。

──お前は見た。お前の手は血に濡れていた。

「見ただけだ。何があったかは分からない」

──分かっているはずだ。

「分からない!」

トーマは闇の中で拳を握る。

感覚が戻ってきた。

手がある。

体がある。

それなら、まだ終わっていない。

「俺は、まだ何も思い出していない。お前たちが見せているものだけで、全部を決めるつもりはない!」

闇が歪んだ。

影が笑う。

──認めないのか。

忘却の剣も低く響く。

──なぜ拒む。忘れれば楽になる。

トーマの足元に、また映像が広がる。

シェイン王国の城。

ノアの魔法灯。

ミアの笑顔。

ユナの静かな目。

レナの大きな声。

ロイドの記録帳。

ソルの背中。

そのすべてが、黒い水に沈もうとしていた。

「やめろ……!」

トーマは手を伸ばす。

だが、届かない。

黒い水が、思い出を飲み込んでいく。

ノアが笑っている。

ミアが叫んでいる。

ユナが呆れている。

レナが拳を掲げている。

ロイドがため息をついている。

ソルが静かに見守っている。

それらが、音もなく沈んでいく。

──忘れろ。

影が言う。

──忘れれば苦しくない。

剣が言う。

──名も、国も、人も、記憶も、すべて不要だ。

「必要だ……」

トーマは歯を食いしばった。

「全部、必要だ」

──お前は空っぽだった。

「そうだ」

トーマは認めた。

「俺は空っぽだった。名前以外、何もなかった」

闇が少し静かになる。

トーマは続けた。

「でも、今は違う」

胸の奥に、ひとつずつ灯りがともる。

青と銀の旗。

シェイン王国。

白い城壁。

訓練場の朝。

馬車の中のくだらない会話。

大会で見た小さな背中。

帰ってこいと叫んだ声。

「俺の中には、もう何もないわけじゃない」

闇の中で、トーマは立っていた。

はっきりと。

「ノアがいる」

淡い白い光が灯る。

小さな魔法灯のような光。

「ミアがいる」

勢いよく跳ねる橙の光。

「ユナがいる」

細く、でも切れない糸のような光。

「レナがいる」

明るくまっすぐな赤い光。

「ロイドがいる」

冷静で整った青い光。

「ソルがいる」

静かで鋭い銀の光。

「ロイがいる。アリスがいる。リンがいる。ガーネがいる。テリア女王がいる。ベイル女王がいる。まだ会ってない誰かも、俺を知っているかもしれない」

闇がざわめく。

影の声が低くなる。

──それらは仮初めだ。

忘却の剣が囁く。

──過去を知れば壊れる。今の繋がりなど、すぐに消える。

「消えない」

──なぜ言える。

「俺が消さないからだ」

トーマの声は震えていた。

怖くないわけではない。

怖い。

たまらなく怖い。

自分がゼロを殺したのかもしれない。

誰かを失ったのかもしれない。

過去の自分が、今の自分では受け止められない罪を背負っているのかもしれない。

それでも。

「俺は、今ここにあるものを否定しない」

闇の中で、トーマは叫んだ。

「シェインを否定しない。ベイルを否定しない。テリアを否定しない。俺に手を伸ばしてくれた人たちを否定しない!」

黒い水に沈みかけていた光が、少しずつ浮かび上がる。

ノアの顔が見える。

彼女は不安そうに、それでもまっすぐにトーマを見ていた。

────帰ってくるよね。

その声が、胸に刺さる。

トーマは息を呑んだ。

「……ノア」

闇が一瞬、震えた。

影が苛立ったように呻く。

──なぜだ。

剣の声も冷たく問う。

──なぜ認めない。なぜ忘れない。なぜ壊れたまま眠らない。

闇の中に、黒い剣が現れる。

トーマの前に浮かぶ忘却の剣。

刃は空白をまとっている。

見ているだけで、自分の名前が薄れそうになる。

影はその背後で、口だけを開く。

──真実を受け入れろ。

剣が告げる。

──忘却を受け入れろ。

二つの声が重なる。

──お前は、何のために拒む。

トーマは震える手を胸に当てた。

そこに心臓の音がある。

まだ動いている。

まだ、トーマでいようとしている。

「全ての国を否定しないため」

一つ。

「全ての人を否定しないため」

一つ。

「全ての思い出を、なかったことにしないため」

そして。

トーマの声が、少しだけ柔らかくなる。

痛いほどに。

「共に逃げないと約束した、ノアのため」

闇が止まった。

本当に、一瞬だけ全てが止まった。

トーマの目に、涙が浮かぶ。

これまで出なかった涙。

壊れた時にも、絶望した時にも出なかったものが、ここで初めて溢れた。

「ノアは怖がってた」

トーマは言った。

「自分の力が怖いって。誰かに利用されるかもしれないって。名前をつけられるかもしれないって」

淡い白い光が、闇の中で強くなる。

「でも、ノアは逃げなかった。自分の力の名前は自分で決めるって言った」

トーマは拳を握る。

「なら、俺だけ逃げるわけにはいかないだろ」

声が震える。

けれど、その震えは弱さではなかった。

「俺も怖い。過去が怖い。真実が怖い。自分が何をしたのか知るのが怖い」

涙が頬を伝う。

「でも、ノアに言ったんだ。一緒に見ようって。分からないことを、一緒に考えようって」

闇の中に、ノアの声が響いた。

──私も一緒に考える。

トーマは顔を上げる。

「俺は、帰る」

光が広がる。

「約束した。帰ってくるって。ミアとも、ユナとも、レナとも約束した。ソルにも、ロイドにも、みんなにも」

影が叫ぶ。

──虚構だ! その絆は、お前の本当の罪を知らない者たちの夢にすぎない!

「それでも本物だ!」

トーマは叫び返した。

「過去を知らなくても、今一緒に笑ったことは本物だ! 守ろうとしてくれたことは本物だ! 俺が怖いと言った時、そばにいてくれた夜は本物だ!」

忘却の剣が震える。

──真実を知れば、そのすべてが崩れる。

「崩さない」

──お前にできるのか。

「一人じゃ無理だ」

トーマははっきり言った。

「だから、一人で行かない」

その瞬間。

闇の中に、名前が響いた。

ノア。

ミア。

ユナ。

レナ。

ロイド。

ソル。

ロイ。

アリス。

リン。

ガーネ。

それは外から届く声ではなかった。

トーマの内側に刻まれた、今の名前たちだった。

闇に亀裂が入る。

影が苦しげに歪む。

──やめろ。

忘却の剣も低く唸る。

──戻れば、苦痛が戻る。

「戻る」

──罪が戻る。

「背負う」

──失った者の声が戻る。

トーマは唇を噛んだ。

涙がまた溢れる。

「それでも、忘れたままにはしない」

闇の奥に、白い服の少女が立っていた。

顔はまだ見えない。

でも、彼女の声がした。

──トーマ、行かないで。

トーマはその声に向かって、震える手を伸ばす。

「ごめん」

何に謝っているのか、自分でも分からない。

それでも、その言葉は自然に出た。

「俺、まだ思い出せない。でも、いつか必ず思い出す。君のことも。ゼロのことも。俺が何をしたのかも」

少女の輪郭が揺れる。

「だから今は」

トーマは振り返る。

闇の向こうに、ノアの光がある。

小さくて、弱くて、でも絶対に消えない光。

「今は、帰らせてくれ」

忘却の剣が、トーマの前に突きつけられる。

──戻るなら、また壊れる。

「壊れても、みんなが呼んでくれる」

──名を失えば終わりだ。

「名前ならある」

トーマは胸を張った。

「俺は、トーマだ」

その声が、闇を裂いた。

影が絶叫する。

──認めるな! お前は罪だ! 空白だ! 忘れられるべき記録だ!

「違う」

トーマは一歩踏み出す。

「俺は罪だけじゃない」

もう一歩。

「空白だけじゃない」

さらに一歩。

「忘れられるためにいるんじゃない」

目の前の黒い剣へ手を伸ばす。

「俺は、帰るためにここにいる!」

トーマの手が、闇の中の剣を掴んだ。

瞬間、全身に激痛が走る。

記憶の欠片が突き刺さる。

血。

塔。

少女。

ゼロ。

黒い羽根。

世界を覆う闇。

誰かの笑い声。

誰かの涙。

全部が押し寄せる。

耐えられない。

耐えられるはずがない。

それでも、トーマは離さなかった。

「ノア……!」

彼は叫んだ。

「俺は……逃げない!」

⸻

地下闘技場。

黒い柱の中で、トーマの体が大きく震えた。

忘却の剣を握る手が、ぎしりと音を立てる。

ルークはその変化に気づいた。

「戻る?」

セイレンの瞳が鋭くなる。

「……中で抗ってる」

ソルも、地面に倒れたまま目を見開いた。

トーマの口が、わずかに動いた。

「……ノ……ア……」

小さな声。

だが、確かにトーマの声だった。

ロイドがかすれた声で叫ぶ。

「名前です! 名前を呼んでください!」

ソルは声にならない喉を振り絞る。

「トーマ!」

ロイも叫ぶ。

「トーマ!」

アリスが。

「トーマ!」

リンが。

「トーマくん!」

ガーネが。

「トーマ!」

地下闘技場に、名前が重なる。

セイレンは少しだけ目を伏せた。

「……本当に、しぶといわね」

ルークが短く言う。

「トーマ」

その一言は、誰よりも低く、重く、まっすぐ届いた。

トーマの体がさらに震える。

忘却の剣の黒い光が乱れた。

記録喰いの残滓が悲鳴を上げる。

──戻るな! 戻れば壊れる! 戻れば思い出す! 戻れば絶望する!

トーマの口が開いた。

今度は、はっきりと。

「……それでも……」

黒い剣を握る手に、別の力が入る。

剣に操られて振るう力ではない。

剣を抑え込む力。

「俺は……」

空白だった瞳に、ほんのわずかな光が戻る。

闇の底から、這い上がるように。

「帰る……!」

セイレンが叫んだ。

「ルーク、今!」

「うん」

ルークがトーマの手首を掴む。

セイレンの赤い術式が剣の柄に絡みつく。

忘却の剣が暴れる。

黒い光が全員を飲み込もうとする。

だが、もうさっきまでとは違う。

内側から、トーマ自身が抗っている。

外側から、ルークとセイレンが押さえている。

そして周囲から、仲間たちが名前を呼んでいる。

「トーマ!」

「トーマ!」

「戻れ!」

「帰ってこい!」

その声の中心で、トーマは泣いていた。

体ではない。

意識の奥で。

涙を流しながら、闇の底から手を伸ばしていた。

ノアの光へ。

約束へ。

帰る場所へ。

そしてついに。

忘却の剣を握る指が、一本だけ緩んだ。

セイレンの目が見開かれる。

「剥がれる……!」

ルークが力を込める。

「離して」

トーマの口が震える。

「……離れろ……」

それは剣へ向けた言葉だった。

「俺は……お前じゃない……!」

忘却の剣が黒く叫ぶ。

音にならない悲鳴。

記録喰いの残滓も暴れ狂う。

だが、トーマはもう飲まれない。

「俺は、トーマだ!」

その叫びと同時に、黒い柱が砕けた。

忘却の剣がトーマの手から半ば離れかける。

完全には落ちない。

まだ剣は彼に食い込んでいる。

まだ、記録喰いの残滓も絡んでいる。

けれど。

トーマの瞳に、光が戻った。

ほんの少し。

涙で濡れた、人間の光が。

ルークがトーマの体を支えるように押さえ込む。

セイレンが紅い旗を掲げ、叫ぶ。

「ここで逃がさない! 剣を封じるわ!」

ソルは倒れたまま、涙に近いものを滲ませていた。

「トーマ……」

ロイドも歯を食いしばる。

「まだ終わっていません……でも、戻りかけています!」

ロイが短く言う。

「掴めた」

アリスが震える声で笑う。

「ほんと、手のかかる男ね……!」

リンは血まみれの口元で微笑んだ。

「地獄から、戻ってきましたか……」

ガーネは小さく頷く。

「まだ、生きてる」

地下闘技場に、赤い旗が揺れている。

黒い忘却はまだ消えていない。

記録喰いの影もまだ終わっていない。

トーマはまだ完全には戻っていない。

それでも。

地獄の底に、確かに光が差した。

それは英雄の光ではない。

奇跡の光でもない。

小さな約束の光だった。

共に逃げない。

一緒に考える。

帰ってくる。

たったそれだけの約束が、忘却よりも深い闇の底から、トーマを引き上げようとしていた。

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