第1話「おしくらまんじゅう貞と呼ばれて」の表紙画像

第1話「おしくらまんじゅう貞と呼ばれて」

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/11/7 📚 シリーズ: おしくらまんじゅう貞 📝 2,614文字 ✅ 全年齢

あらすじ

この世界では、おしくらまんじゅうを経験したことがない人間は、「おしくらまんじゅう貞」と呼ばれ、馬鹿にされる。 佐野悠太も、そんな未経験者の一人だった。 おしくらまんじゅうをしたことがあるかどうか。 それだけで人間の価値が決められるような社会に、疑問を抱きながらも、周囲の目を気にして生きている。 そんな佐野が、ある日、思いがけない出会いを経験する。 おしくらまんじゅうをしない人間は、本当に恥ずかしいのか。 奇妙な世界を舞台に、偏見と同調圧力を描く、不条理な社会風刺小説。 ■佐野悠太(さの ゆうた) 主人公。男性。おしくらまんじゅう未経験者。気が弱く、周囲の目を気にしやすい性格。 「おしくらまんじゅう貞」と呼ばれて馬鹿にされており、未経験であることに引け目を感じている。 おしくらまんじゅうそのものに強い興味はなく、経験の有無で人間を評価する社会に疑問を抱いている。 公園で偶然出会った黒田健吾と宮本美咲と親しくなり、 仲間たちとの交流を通して少しずつ考え方を変えていく。 ■黒田健吾(くろだ けんご) 男性。おしくらまんじゅう未経験者。正義感が強く、思ったことをはっきり口にする性格。 自分が未経験であることを恥じておらず、未経験者を馬鹿にする社会の風潮に強い怒りを抱いている。 公園で佐野が馬鹿にされている場面に遭遇し、差別的な発言をした人々に言い返す。 その後、佐野や宮本と意気投合する。 行動力があり、3人の中では最も積極的な人物。 ■宮本美咲(みやもと みさき) 女性。おしくらまんじゅう未経験者。落ち着いた性格で、物事を冷静に考える。 女性にもおしくらまんじゅうの経験を求める社会の風潮に疑問を持っている。 経験するかどうかは個人の自由であり、他人が口を出すことではないと考えている。 公園で佐野と黒田のやり取りを目撃し、会話に加わる。 感情的になりやすい黒田を落ち着かせることもあり、3人の意見をまとめる役割を担う。 ■高橋修一(たかはし しゅういち) 男性。故人。おしくらまんじゅう未経験者。 生前は物静かな人物だったが、未経験者への差別に強い問題意識を持っていた。 「おしくらまんじゅう貞」と呼ばれて繰り返し馬鹿にされ、 経験の有無によって人間の価値が決められる社会に疑問を抱くようになった。 数年前、未経験者への差別に抗議するために食事を断ち、餓死した。 生前に自分の考えを語った映像メッセージを残しており、その言葉が佐野たち3人に大きな影響を与える。 ■高橋和子(たかはし かずこ) 女性。高橋修一の母親。穏やかで口数の少ない性格。 数年前に息子を亡くし、修一が生前に残した映像メッセージを大切に保管している。 佐野、黒田、宮本の3人が訪ねてきた際、息子の遺志を知ってもらいたいと考え、映像を見せる。 息子の死について多くを語ることはないが、未経験者への差別がなくなることを願っている。

本文

この世界には、二種類の人間がいる。

おしくらまんじゅうをしたことがある人間と、したことがない人間だ。

そして、したことがない人間は、したことがある人間から馬鹿にされる。

「お前、まだおしくらまんじゅう貞なの?」

佐野悠太は、これまで何度この言葉を浴びせられただろう。

おしくらまんじゅう貞。

それは、異性とおしくらまんじゅうをした経験がない人間を指す言葉だった。

この世界では、おしくらまんじゅうは単なる遊びではない。

人間としての魅力や成熟度を測る、重要な指標とされていた。

テレビをつければ、芸能人がおしくらまんじゅうの初体験を語っている。

「初めて押し合ったときは、もう、心臓がバクバクでしたね」

「相手の背中の温もりって、忘れられないですよね」

司会者が大げさにうなずき、観客が歓声を上げる。

雑誌には、

「異性に押してもらえる人間になるための十の習慣」という特集が組まれ、

インターネットには、

「おしくらまんじゅう貞を卒業する方法」という動画があふれていた。

おしくらまんじゅうを経験していることが、

まるで人生の必修科目であるかのようだった。

佐野は、そうした風潮にうんざりしていた。

そもそも、おしくらまんじゅうとは何なのか。

二人以上の人間が背中や尻を押し合い、

「おしくらまんじゅう、押されて泣くな」と唱える。

ただ、それだけの行為である。

押す力が強すぎれば痛いし、弱すぎれば物足りないらしい。

相手との呼吸を合わせることが大切だと、経験者たちは得意げに語っていた。

しかし、佐野には、その行為に人生を左右するほどの価値があるとは思えなかった。

しかも、この世界には奇妙な決まりがあった。

同性同士でおしくらまんじゅうをしても、経験者として認められないのだ。

佐野も昔、男同士で押し合ったことがあった。

背中を合わせ、尻を突き出し、互いに押し合った。

勢い余って転び、笑い転げた記憶もある。

ところが、その話をしたところ、ある男から鼻で笑われた。

「男同士のはノーカウントだろ」

「どうして?」

「どうしてって、普通そうだろ」

「何が普通なんだ?」

「お前、そういうところがおしくらまんじゅう貞なんだよ」

それ以上、会話は成立しなかった。

同性同士であろうと異性同士であろうと、

背中や尻を押し合うという行為自体は変わらない。

それなのに、相手の性別によって経験の価値が変わるという。

佐野には理解できなかった。

もっとも、異性とおしくらまんじゅうをしてみたい気持ちが、

まったくないわけではなかった。

しかし、どうしても経験したいというほどでもない。

機会があればしてもいいし、機会がなければしなくてもいい。

佐野にとっては、その程度のことだった。

ところが、世間はそう考えてくれない。

「おしくらまんじゅう貞のくせに偉そうなこと言うな」

「一回くらい押されてから意見しろよ」

「お前、異性の尻の感触も知らないんだろ?」

そんな言葉を浴びせられるたび、佐野は嫌な気分になった。

おしくらまんじゅうを経験していないことと、人間としての価値に、

いったい何の関係があるのだろう。

ある日、佐野はインターネットで、こんな文章を見つけた。

『おしくらまんじゅう貞には、人間的な魅力が足りない』

その文章には、多くの賛同が集まっていた。

『努力不足だよね』

『普通に生きてれば一回くらいできるだろ』

『おしくらまんじゅう貞って、性格に問題がありそう』

佐野は画面を見つめた。

努力とは、何だろう。

背中を鍛えればいいのか。尻を大きくすればいいのか。

それとも「おしくらまんじゅう、押されて泣くな」と唱える、

発声練習でもすればいいのか。

そもそも、そこまでしておしくらまんじゅうを経験しなければならない、

理由が分からない。

しかし、そんな疑問を口にすれば、また言われるのだろう。

おしくらまんじゅう貞の負け惜しみだ、と。

佐野は画面を閉じた。

それから数日後のことだった。

佐野は公園のベンチに座っていた。

穏やかな午後だった。木々の葉が風に揺れ、遠くから鳥の鳴き声が聞こえていた。

しばらくすると、顔見知りの男二人が近づいてきた。

「よう、佐野」

一人が声をかけてきた。

「何してんの?」

「別に。休んでるだけ」

「そういえばさ、お前、もうおしくらまんじゅうした?」

佐野は嫌な予感がした。

「いや、まだだけど」

「マジで?」

男はもう一人の男と顔を見合わせた。

「こいつ、まだおしくらまんじゅう貞だってよ」

二人が笑った。

「いい加減、卒業しろよ」

「別に、しなくてもいいだろ」

「出たよ。おしくらまんじゅう貞の強がり」

「強がりじゃない」

「じゃあ、異性とおしくらまんじゅうするのが怖いんだ?」

「そういう話じゃないだろ」

男の一人が、佐野の隣に腰を下ろした。

「いいか、佐野。おしくらまんじゅうっていうのはな、

人間として成長するために必要な経験なんだよ」

「どう成長するんだ?」

「そりゃ、お前、いろいろだよ」

「いろいろって?」

「だから、相手を思いやる気持ちとか、コミュニケーション能力とか」

「それは、おしくらまんじゅうをしなくても身につくだろ」

男は不機嫌そうな顔をした。

「お前、経験もないくせに、よくそんなこと言えるな」

佐野は黙った。

何を言っても、結局そこに戻ってくる。

経験がなければ語る資格がない。

経験がなければ人間として未熟。

経験がなければ、何を言っても負け惜しみ。

「まあ、頑張れよ。いつか誰かに押してもらえるといいな」

二人は笑いながら立ち去ろうとした。

佐野は拳を握りしめた。

言い返したいことはいくらでもあった。

しかし、どうせ何を言っても無駄なのだ。

そう思って、うつむいた。

そのときだった。

「おい、ちょっと待てよ」

突然、聞き覚えのない男の声がした。

立ち去ろうとしていた二人が足を止める。

「何だよ?」

佐野が顔を上げると、少し離れたところに、見知らぬ男が立っていた。

男は二人をまっすぐ見つめ、はっきりと言った。

「おしくらまんじゅうをしたことがないからって、何が悪いんだ?」

佐野は驚いて、その男を見つめた。

自分がずっと言いたかった言葉だった。

けれども、これまで誰も、自分のために言ってくれなかった言葉でもあった。

公園に、短い沈黙が流れた。

見知らぬ男は、さらに一歩、二人に近づいた。

そして、もう一度言った。

「答えてみろよ。何が悪いんだ?」

(第1話・完)

ジャンル・タグ

タグなし

作品統計

👁️ 閲覧数: 1 👍 いいね: 0 📚 本棚登録: 0

作者について

ブンブン

ブンブン

AIで小説を書いています。

作者ページを見る