第7話 泥臭き刃と揺れる夢
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
人間と魔族が対立する世界で、少年シグルは、かつて奴隷だった自分を救ってくれた元・王国軍総司令官ゴーヴァンの養子として生きていた。 家族に囲まれた平穏な日々。 それは、シグルが初めて手にした「居場所」だった。 しかしある夜、鉄の仮面をつけた謎の刺客が一家を襲撃する。平穏を奪われたシグルの前に残されたのは、養父から受け継いだ一振りのサーベルと、胸の奥に秘めた《過剰な魔力》だけだった。 なぜ、ゴーヴァンは狙われたのか。 王国軍上層部が隠そうとしている真実とは何なのか。 そして、自分の力は何のために存在するのか。 大切な家族を奪った事件の真相を追うため、シグルは仲間たちとともに剣を取る。 その旅の先で待っていたのは、長きにわたる戦争の歴史に隠された陰謀と、両国の未来を揺るがす巨大な秘密だった。 守りたいものを失った少年は、受け継いだ剣と危険な魔力を手に、世界の真実へ立ち向かう――。
本文
王都を出て三日。北の国境街へと続く旧街道を、数台の荷馬車で構成された商隊が進んでいた。
石畳が途切れ、湿った泥と深く刻まれた車輪の跡が残る道へと変わっていた。湿気を含んだ風が吹き抜ける中、シグルたちレオン隊に課された依頼は、この商隊の安全を守る「道中護衛」だった。
「敵奇襲! 街道左手、林の中から魔獣群(ウルフ)だ!」
先頭を進んでいたレオンの鋭い声が響く。
木々を押し分けて飛び出してきたのは、飢えと殺気で目を赤く走らせた数頭の魔狼だった。商隊の馬たちが狂ったように嘶(いなな)き、馬車が揺れる。
「ボルクは左! シグル君、右の二頭をお願い!」
「はい、レオンさん!」
シグルは即座に東欧風の片刃刀——実戦サーベルの柄に手をかけ、地を強く蹴った。
先頭の魔狼が死角から跳びかかってくる。普通の騎士ならば華麗な斜め斬りで迎撃するところだが、シグルの動きは違った。
踏み込みざま、サーベルの柄頭(ポメル)を魔狼の鼻柱へ激しく叩きつける。
——ガキッ
「ガウッ!?」
痛打に怯んだ魔狼へ、シグルは躊躇なく地を蹴り、その懐へ一気に潜り込んだ。魔狼が反射的に牙を剥く。シグルは護手(シェル)をその口元へねじ込み、牙を受け止めて噛みつきを封じる。さらに足を払って相手の体勢を崩し、柄元から滑らせた刃先を喉元へ深々と突き込んだ。
間髪入れず、二頭目が横合いから襲いかかる。シグルは過剰魔力を刃に流し込みたい衝動を極限まで抑え込み、踏み込んだ足を軸に腰を捻った。肉厚な刀身の背で相手の爪を受け流し、そのまま喉元を突く。
華麗な剣舞とは程遠い。泥を啜ってでも生き残るためだけに、無駄を徹底的に削ぎ落とした実戦の殺陣。
二頭の魔狼が血を吐いて倒れるのとほぼ同時に、片手長剣(アームド・ソード)と小楯(バックラー)を巧みに操るレオンと、重厚な両手長剣(ロングソード)を振るうボルクによって、残りの群れも一掃された。
「……ふう」
刃の血を布で拭い、鞘に収めたシグルの元へ、熟練冒険者トリオが歩み寄ってきた。
「へえ……」
大男のボルクが、感心したように太い首をゴリッと鳴らす。
「見事な立ち回りじゃねえか。柄頭で出鼻を叩き、護手で殺して密着戦で首を穿つ。綺麗に見せるための剣術じゃねえ……泥を啜ってでも生き残るための、軍の叩き上げの戦技だな」
「僕も驚いたよ」
剣の血を拭いながら、レオンが感嘆の息を漏らした。
「ギルドの試験官から『決定力不足』なんて評価を聞いていたから、もっと迷いがあるかと思っていたけれど……君の剣は徹底して実戦的だ。誰に教わったんだい?」
「あ……父さんです。それに、ギルドに入ってから実戦を叩き込んでくれたフィナンにも」
シグルは照れくさそうに頭をかいた。
「ゴーヴァン様と……あのフィナン君にか」
目を閉じると、オークニー邸の地下鍛錬場や、ギルドの泥臭い訓練場での記憶が鮮明に蘇る。
暴走しやすい己の魔力を鎮め、身体の理(かなめ)で戦う『個の基礎』を一対一で徹底的に叩き込んでくれた最初の師・父ゴーヴァン。
そして、14歳で冒険者となってから、泥臭い乱戦での立ち回りや死角のカバー、背中の預け合いという『現場の剣術』を時に厳しく、時にライバルとして手合わせを重ねながら教えてくれた現在の師・フィナン。
あの日、父を襲った鉄仮面との死闘で咄嗟に息を合わせられたのも、ふたりの師から教わった剣術がシグルの肉体に完璧に馴染んでいたからこそだった。
『見事だ、シグル。柄頭の使い方が板についてきたな。魔力に頼らず、身体の理で剣を振るう。それができていれば、どのような苛烈な戦場であっても貴様は己を見失わずに済む』
汗みずくになった自分の髪を、ゴーヴァンは大きな手でくしゃりと撫でてくれた。
その横で「シグル! 次は複数敵を想定した間合いの切り替えだ! まだ休ませないよ!」と、木剣を構えて汗を拭っていた一歳年上のフィナンのニカッと笑う顔。
ふたりの手が教えてくれた温もりと強さが、今のシグルの背中を確かに支えていた。
「『身体の理』と『現場の実戦』か。素晴らしいお父親と、最高の師を持ったな」
レオンは優しく目を細めた。
「過剰な力に頼らせず、一番大切な基礎と生き残る術を教え込んでくれたんだ。自信を持ちなよ、シグル君。まだ、『一人で戦場をひっくり返す剣』ではないが、君の剣は文句なしに強い」
「ありがとうございます、レオンさん!」
◇
その夜。街道沿いの小高い丘で野営となり、商隊が静かな眠りについた頃。
シグルは毛布にくるまりながら、無意識に胸元の銀のペンダントを握りしめていた。
(……また、だ)
モルガナからこの実母の形見を受け取って以来、毎夜のように不思議な夢を見るようになっていた。
モルガナが施した抑制と保護の付加魔力が、シグルの体内に潜む過剰魔力と微かに共鳴し、固く封印されていた幼少期の『断片』を揺さぶっているのだ。
夢の中で、世界は赤く燃えていた。
『——死ね! 魔王の呪い子めが!』
『....い……熱いよ……ッ!』
倒れる母の姿。
周囲のすべてを瞬時に焼き尽くしていく。
狂気と炎に包まれた焦土。
そして——意識が途絶える直前、黒い影の中に吸い込まれ、二度と抜け出せない底なしの暗闇へと引きずり込まれていく恐怖——。
「——っ!?」
ハッと息を呑み、シグルは跳ね起きた。
全身に嫌な汗をかいている。だが、胸元にあるペンダントからじんわりと伝わるひんやりとした涼感が、暴れかけた過剰魔力を優しく鎮めてくれていた。
「うなされていたみたいだが、大丈夫かい?」
焚き火の傍らで夜番(見張り)をしていたレオンが、温かいスープの入ったコップを差し出してきた。
「あ……レオンさん。すみません、起こしちゃいましたか」
「いや、見張りは僕の番だからね。……うなされるほど重いものを、君は背負っているんだね」
コップを受け取り、湯気を吸い込むと、緊張していた心が少しだけ解きほぐれていく。
「……僕、十二歳より前の記憶があまりないんです。覚えているのは……炎の恐怖と、底のない暗闇から僕を救い出してくれた父さんの手の温もりだけだ」
三年前、自分をあたたかく迎え入れ、硬く分厚い手で抱きしめてくれたゴーヴァンの姿。
「父さんは僕を救ってくれた……だから、今度は僕が父さんの仇を討って、父さんが望んだ平和を守りたいんです」
「いい父親を持ったね」
レオンは夜空を見上げ、静かに微笑んだ。
「ゴーヴァン様の教えを忘れず、焦って自分を壊しちゃダメだ。ゴーヴァン様が君に『生き残る術』を教えたのは、君に死んでほしくなかったからなんだから」
「……はい!」
先輩の言葉に背中を押され、シグルは胸のペンダントを強く握りしめた。
暗闇を抜ければ、そこは目的地の北の国境街。
父の遺した手帳の謎、そして先に潜入している次男ガリスの影を追い、シグルの戦いは新たなステージへと踏み出そうとしていた。
(第7話・完)