黒魔女さんからお手紙ついた【5話】
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
魔法学校入学のために金貨3億枚の借金を背負ったヴェロア
本文
【五】
フェリアーニ魔法学校の校舎四階にある一室。銀の総髪をした壮年の男、ドルモア・リッチェ・アルバンヌは、眼下に広がる校庭で行われている入学試験の様子をぼんやりと眺めていた。
とはいっても試験自体は特別な閉鎖空間の中で進められているので、いくら副校長とはいえどそれを見ることは叶わない。だがドルモアにとってそれはどうでもよかった。
そもそも現時点での生徒の能力などに興味はないのだ。100年に一人といった逸材を欲しているわけではないから。
もちろん学校としては、そういった生徒がいることは大きな話題をもたらしはするので、いるにこしたことではない。しかしそれは最終的に校長の評価が上がるだけで、自分としてはまったく関係のない話だった。
優秀な魔術師というものは実に一握りの存在であり、当然それを育てるというのは簡単なことではない。本人の資質と努力というものが不可欠で、加えて時間も必要になってくる。
なので魔法学校としては、もともと高い素質を持つ者をみっちり鍛え、まずは魔法士へと育て上げる。
魔法士とは基礎以上の一定水準を越えた者を指し、魔術師はそのさらに上の存在。だがその魔法士とて、不足しているのが現状だった。
弦楽器を奏でたかのような音色が耳に届くと、ドルモアはそちらを振り返った。壁ぎわに設えられた書架の上にある遠話鏡の表面が揺れ、そこに何者かの姿を映し出そうとしているのだった。
「調子の方はどうかな? ドルモアくん」
はっきりと姿が映し出されるよりも先に呼びかけが飛んでくる。瞬時に相手が誰なのかを理解したドルモアは、冷静を保ったまま返す。
「ランブレット様。おかげさまで、良い方だと思っております」
「そうかそうか。それは何よりだ」
ようやく落ち着いた鏡に映る初老の男。白髪頭に、栄養が足りていないのではないかと思わせるほどこけた頬は、それでも弱々しさを感じさせるものではなかった。むしろ、だからこそ不敵な笑みに老練さと威厳を際立たせていた。
「本日は、宮廷魔術師総務官のお仕事の方はよろしいのですか?」
蓄えられた自慢のあご髭を撫でながら、幾度もうなずきを重ねるランブレット・モルクス・ミコラクエは宮廷魔術師団の最高責任者という立場の人間。魔法学校からも、毎年幾人もの卒業生を送っているのだから、宮廷魔術師団と魔法学校とのつながりは当然強いものである。
それが校長にではなく、副校長のドルモアに直接話を振ってくるのは、王宮内に存在する派閥が関係しているからだった。
「今日こうして話に来たのは他でもない。ちょっとばかし商談をしようと思ったからだ」
「ほう、それはいかがな?」
“商談”というフレーズで悟るドルモア。もちろん二人は商人ではないので、単純な物品の売買であるはずがない。
誰もいないのはわかっているが、それでもドルモアは視線を左右に送ってしまう。
「実はな、エクベス殿が病を患った」
多少のことでは動じない心づもりでいたが、わずかに眉を持ち上げてしまう。
「余がこんなことを言うのもなんだが、あのお方もかなりのお歳。病が癒えても、職務への復帰というのは難しいだろう」
確かにランブレットの師でもあるエクベスは、かなりの高齢。もちろん口になどできないが、いつお迎えが来たとしても不思議ではない。考えながらドルモアには、おおよその筋書きが見えたのだった。
王宮には武官と文官と、さらには魔法関連の助言役として魔法執務官が存在する。現在は三人の魔法執務官が従事していて、それぞれに一人ないし二人の執務補佐官がいる。
エクベスは三人の魔法執務官の一人で、そのエクベスが退くとなれば後を引き継ぐ最有力となるのが、一番弟子であるランブレットということになる。
「余はエクベス殿を支えるべく、執務補佐官ではなく宮廷魔術師総務官をしていた。それももちろんエクベス殿の指示によってだが」
魔法執務官は、武官や文官よりも派閥による争いが大きい。それは魔力を得るに当たり、四大元素の神への崇拝意識が強いからでもあった。そんな執務官の中で最も影響力を持っていたのがエクベスだった。それはたった一人しかいない宮廷魔法総務官であるランブレットとの深いつながりがあったから。
「余はエクベス殿の後を継ぎ、魔法執務官の座につくつもりでおる。だが、そのためには手土産が必要になる。一つ大きな結果がな」
「無論、心得ております」
鏡の中でにたりと笑うランブレットは、続けてドルモアの欲していた台詞を口にする。
「当然、余の座っていた席には、きみを推薦する。手土産はそのための実績にもなるわけだ。そういえば、今日は入学試験の日だったな」
「お任せください、ランブレット様。満足のいく手土産をご用意いたしますよ」
大きくうなずいて見せるランブレットの姿が、水面の波紋のように揺れると、静かに消えた。
魔法執務官の規定にはそこまで詳しくはないが、執務官の交代の際には執務補佐官と推薦者一名が、10日間ずつ執務を体験することになっていたはずだと、ドルモアはおぼろげな記憶を漁る。
ランブレットと執務補佐官をしていた男は、もちろん同じ派閥であることは間違いないが、互いにその座を譲るつもりなどさらさらないはず。
その期間中に土産を用意しろということなのだろう。
「そろそろあれが終わる頃合いか。ちょうどいい。あれを使うか」
予定にはいくぶん早いものの、時期が重なるというのは幸運以外のなにものでもない。独りごちると自然と笑みがこぼれる。
不意にノックの音が部屋に響く。一瞥をくれるとドルモアは「入れ」と短く促した。
「失礼します。副校長」
入ってきたのは緑色をベースにした教官服の男。濃い青をした長髪に華奢な身体つきは、ともすると女性のようにも思える。教官の男は軽く頭を下げると簡潔に報告する。
「今期の受験者一覧が届きましたので、お持ちいたしました」
「そうか」
ドルモアは立場こそ副校長という位置付けではあるが、この魔法学校を支えているのは己だという自負があった。
人材を育成するには、多額の資金が必要である。もちろん優秀な教育者がいることが前提ではあるが、それさえも金で集めることが可能だ。
魔法学校の教育方針は、生徒の個性を伸ばすことが重視されている。個性を突き詰めることで、一系統に秀でた魔法士を育てることが出来る。そうして魔術師になった者は、確かに各分野においてカリスマ的な存在になることができた。
その最たる例が、膨大な魔法力で稀代の魔術師と称され、その人望で君臨する学校長だった。学校長はこの長く続く方針を変えることなく今も続けているが、いかんせん潜在能力の有無に大きく左右される。突出した能力を持つ魔法士を排出できたのは、数えるほどでしかなかった。
国の機関である以上、国益となりうる結果を提示しなくてはならないが、個性優先の教育という従来のやり方では、満足のいく人材を多数育成するのは難しいというのは揺るぎない事実。
となれば当然、予算というものも厳しくなってくる。予算が回らなくなってきてもカリスマ性を持つ学校長を変えることができないのが、さらなる悪化を生んできた。
なので低予算の中で博打とも言える教育方針では、人材確保という教育機関として本来あるべき責務からすれば好ましい状況にあるとはとてもいえない。ドルモアは常々考えてきたのだった。
魔法士はどこでも引く手あまただ。だから一系統に秀でた魔術師にこだわることはなく、平均以下の生徒でもいかにして実用性にたえうるレベルの魔法士を育てることが出来るか。そんな人材をどれだけ育成することができるかが必要なのだと考えてきた。
現在はあらゆる魔法を万能にこなすことのできる人材を育成できるようになった。平均値よりややできるというレベルの魔法士でしかないため、人材不足の解消とまではいかないが、何より華やかな魔術師とは違った方面で、多くの者が力を発揮していた。
それが実績となり能力を持った新たな生徒を呼ぶと、新たな金の流れを生むという構図。もう何十年と、ドルモアはその考えの元で密かに学校を動かし、教育を行ってきたのだった。
稀代の魔術師という絶対的存在に隠れ、長年二番手の地位に甘んじてきた。
しかしその立場が一変するのも時間の問題。長い間待ち望んだ立場の逆転も、もうすぐ実現しようとしていたのだった。
「これこそが、求められている形なのだ」
誰に聞かせるでもない言葉を強く漏らす。
「いかがなされました? 副校長」
「ああ、何でもない。気にするな」
思いがけず反応を示した教官の男に吐き捨てると、悪辣めいた笑みを浮かべて生徒たちを傍観する。学校内にもドルモアの力が及ぶ割合は高くなってきたが、油断はできない。いつ、どこで足元を掬われるか知れないのだから。
「それで?」
短く吐かれた問いかけに対して、教官の男はその意図をくみ取ると、急いで手にしている資料に目を落とした。そのやり方に賛同した者の一人でもある教官の男が情報を伝える。
「今回の受験者数は113名です。そのうちつながりのある者は48名となっております」
その報告に対して黙ってうなづき返す。魔法学校に対して何らかのつながりを持つ、例えば貴族のような者の数。しかしそれは大きな問題ではない。無論ある程度はそのような人材というのも必要だが、それは多すぎてもいけない。
幼少期から魔法の英才教育を受けてきている子供たちは、入学時にはそこそこの能力を有してはいるが、万能な人材として育成することはできない。望むような魔術師として育成することが求められるから。
当然ながら魔法には得手不得手というものもあり、それらの子供たちが突出し
た力を持つ魔術師になることなどは稀である。なのでそれは、学校の評価を上げるということにはなかなかつながらない。それでも学校長の元で学んだという看板がつけば、貴族たちは満足していた。
評価と資金と研究材料。そのどれも欠かすことはできないが、表だった評価は学校長に委ねればいい。
「それで? 使えそうな駒はいかほどか?」
本当に重要なのはそこだった。言葉が示す通りドルモアの戦術では、生徒はもはや駒でしかない。教官の男はすぐにリストから該当する人物を拾い上げた。
「そうですね…… 多くて20名といったところでしょうか」
「そうか。特別枠に入りそうなのは?」
わずかに視線を向けたドルモアの声は幾分軽やかになったが、鋭い目はその限りではなかった。
「そちらは、応じるだけの余裕があるのは2割弱といったものになるでしょう」
「そうか…… 払える者はすべて入学させろ。たとえ能力がなくても適正に育成し、いずれ金に変えればいい。能力がある者はとにかく入学させていい。こちらは高値で取引できるし、何より学校の盛名を上げることにつながるからな」
喉をクックと鳴らした笑いを漏らすドルモアに対し、教官の男はこうべを垂れると、こちらもわずかに表情をほころばせる。
「もちろん心得ております」
報告を済ませ、出ていこうとする教官の男を引き留める。
「待て、例の計画がそろそろ次の段階に移るだろう。事情が変わってな。それを急ぐように伝えろ」
「かしこまりました」
重要な言伝てを言い付けられた教官の男は、一礼すると急いで部屋を後にした。
ようやく動き出した事態に、ドルモアはいつもの冷静さを失っていることを、己の心臓の高鳴りで気づいた。
机の上の水差しから注いだ水を飲み干すと天井を見上げ、声を出して笑いたい衝動をどうにか抑えるのだった。
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