黒魔女さんからお手紙ついた【14話】
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
魔法学校入学のために金貨3億枚の借金を背負ったヴェロア
本文
【十四】
魔法学校では特定の信仰を支持していない。なので学校敷地内の一番奥まった場所にある礼拝堂は、信仰のある者が時々使うくらいで、その頻度も決して高いというほどではなかった。
ごく稀に四大元素のいずれかに苦手を持つ者が祈りを捧げたり、女子生徒が恋愛の悩みを祈りに来たりすることもあるらしいが、今は授業中ということもあってこの日も礼拝堂はしんと静まり返っていた。
ヴェロアは柱の影に身を潜めて、遥か視線の先にいる副校長の一挙手一投足に注意を向けていた。
副校長を監視しろというアリエスの指示があってすぐに、新たな従者を召喚してその任務に当たらせたところ、思いがけず早い段階で動きがあった。普段使われることのない辺鄙な礼拝堂に向かう姿を確認して、ヴェロア自身がその目で確認するべくこうしておもむいたのだった。
「こんな隅っこの礼拝堂なんかに、副校長がどうして……」
知らないうちに口をついてでた疑念。もちろん副校長自身が特定の信仰を持っているということも考えられるし、それ自体は何ら咎められることではない。ただ、職務中に祈りを捧げに来るほどの信仰心を持ち合わせているとしたら、こんな何もない礼拝堂でというのには、どうも腑に落ちないのだった。
カツカツと大理石にその足音を響かせながら、しかし副校長は礼拝室には入らずに、その脇の通路をどこかに向かっていく。
ヴェロアも何度か来たことはあるので知ってはいるが、礼拝室には高い天井があるためステンドグラスの窓からふんだんに光が注ぎ、規模のわりにはなかなかに厳かな雰囲気を演出していた。方や、今副校長のゆく通路は、その礼拝室をコの字に取り囲むように造られていて、中へと繋がる扉が数ヵ所あるだけ。別段飾り気もない場所のため、よほど何かの目的でもなければわざわざ足を運ぶ必要などありはしない。
「祈りに来たというわけじゃないっぽいな…… 礼拝室そのものに用があるわけじゃないのかな?」
副校長の行動には到底理解が及ばず、それがえも言われぬ胸騒ぎをヴェロアにもたらしていた。漏れ出しているのではないかと不安になるほどの心音を、どうにか圧しとどめようと試みる。
やがて何もない通路の一番奥まで進みきると、副校長の足が止まり静寂が辺りを包む。
「行き止まりのこんな場所で、一体何をするつもりなんだろ?」
ヴェロアはあれこれと逡巡するも、もちろんそのどれに対しても納得のいくな答えなど出るはずもなかった。
壁に向かったままじっと動かない副校長のわずかな動きさえも見逃すまいと、食い入るように視線を飛ばすヴェロアの眼前で、それは突然起こった。
視界のなかで副校長は、何もないはずの壁に手をかけてなにかを呟く。すると壁は音もなく動いた。ただ石壁の動く際の振動だけがわずかに足元にも届いてくる。
「……な!」
勢い余って声が出そうになるのを、寸でのところでこらえることができた。柱の影に身を隠しながらのためにじっくりと観察することは叶わないが、目の前で起こっている出来事をできるだけ脳裏に焼き付けようと集中する。
壁の奥に隠されていたのは、一人がやっと動ける程度のスペース。建物の大きさから考えればそれは当然のことで、もしも隠し部屋などがあるとするならば、恐らくは地下。副校長が開いたのは、そこへと通じる階段なのではないかと、ヴェロアは予想をつけた。
アリエスがどうして、自身の探し物に副校長が関与していると睨んだのかは教えてはくれなかったが、その見立ては正しかったのだと、たった今目の前で証明されたのだった。
副校長が奥へと姿を消すと、ゆっくりと壁は何事もなかったかのように元の位置に収まり、時間だけが流れる静寂が戻ってきた。
一部始終に呆気にとられるヴェロアは調査の対象物をまんまと見失うも、すぐに飛び出していって何が起きたのかを探らなくてはという衝動をどうにか抑える。すぐに副校長が戻ってこないとも限らないので、しばらくそのままで様子をうかがい、壁が再び動きだす気配がないのを確認しなくてはならないから。
流れる時間の感覚がわからなくなるほど集中して壁を見つめる。やがてその様子もないと判断すると、ヴェロアはそれでも忍び足で壁へと近づいた。
「さっきのアレはなんだったんだろう…… やっぱりなにか重大な秘密があるってことなんだな」
壁を下から上へ、そして上から下へと舐めるようにして見るが、今はもう見た目は何の変鉄もない壁でしかない。
ごくりと唾を飲み込むと、恐る恐る触れてみる。手に伝わる感触は、当然ながらごく普通の壁そのもの。軽く叩くも反応はなく、押してもみるがやはり結果は変わらない。先程の光景を目の当たりにしていなければ、そこに隠し通路があるなどとは夢にも思わないだろう。
「もう、ただの壁でしかなくなってる……」
結局そこからは有力な情報を何一つ得ることはできず、ヴェロアは壁に両手をついてこうべを垂れる。
それによって足元向けられた視線が、そこ従者が居ないことを気づかせた。
「あれ? あれ? まさか、副校長を追って行っちゃった?」
うかつにも指示を変更していなかったことを、今さらながら後悔する。従者が見つかれば警戒をされてしまう。そんなことが可能なのかわからないが、もしかしたら従者から術者を特定されてしまうかも知れない。
ヴェロアは舌打ちして己の配慮の足りなさを悔いた。
「しまった、しくじった…… どうしよう、ああ…… どうしよう」
どうするべきかとおもんみるが、そもそも突入する手だてすらないこの現状に加え、今の実力では出来ることはさほど多くはない。
ただ、目の前の壁の問題に関してだけは一つだけ可能性があった。
先刻副校長は、壁に向かってなにかを呟いていた。それはつまり、この壁は魔法の力によって動いていると考えて間違いない。
それがどんな魔法によって成り立っているのかまではわからないが、上手くすれば同じように壁を動かすことは出来るかもしれない。
「いずれにせよ、その前にアリエスには報告を入れておいた方がいいかな。そもそも僕の実力じゃ手に余りすぎる」
悲しいかなその結論が出るのは一瞬だった。
しかしそれとて簡単なことではなかった。近くにアイリーシェはおらず、またヴェロアには彼女を呼ぶ手だてもないので、ヴェロアは唸りながらできることを考える。
現時点でヴェロアがとれる手段は、このままきびすを返しアリエスの元に報告に向かうか、アイリーシェを探して伝言を頼むか。あとは自らの従者を伝令としてアリエスに送るかの三つ。
初めの二つの選択肢は最善とは思えない。この場を離れるということは、それは副校長からも目を離すことでもあるから。そしてアイリーシェを探そうにも、彼女が近くにいるとは限らないわけで、下手をするとそれで相当な時間を無駄にしてしまうことも否めない。
従者の存在に気づかれてしまったかどうかがわからない状況では、このまま副校長が別の場所に向かえば見失ってしまうだろうし、何よりアリエスが探している何かの手がかりをも消されてしまうかもしれない。
「残った案は一つだけか……」
それは従者を伝令として送り、自らは潜入調査。駆けつけてきたアリエスと共に問題解決、めでたしめでたしというもの。
「でもなぁ……」
ヴェロアは二の足を踏む。己の実力が痛いほどわかっているからこそ、その案が一番不安要素が高いのも理解していた。
二頭身でちょこちょこ動くだけのヴェロアの従者には、それは地の果てまで行って魔王を倒してこい。というほどの無理難題のようにも思える。かと言ってそれに適した依り代を今すぐ作ることは、時間的にも技術的にも不可能だった。
今すぐ作ることのできる依り代で、アリエスまで届くのにどれくらいかかるかは未知数すぎるが、それでもいずれかの決断を下さねばならない。そうしている間にも、いつ副校長が戻ってくるやも知れないから。
「自信は全くないけど、やるしかない。僕しかいないんだから」
ヴェロアはポケットから折り畳まれた紙を取りだすと、そこに何かを描き始めた。
まずは最初にイメージしたものを描き、それを基に紙から依り代を切りだす。イメージする回数を増やすことと、先にそれを描いてイメージがぶれないようにすることで完成度を高めるという、ヴェロアが考案した手法だった。
筆を走らせて描くそのイメージはアイリーシェ。自由に空を羽ばたいて行ける鳥ならば、地上を行く従者よりも、ずっとずっと短時間で、簡単にアリエスの店まで行けると考えたからだった。
その判断とは裏腹に鳥の姿を紙人形で作るのは、まったくもって簡単なものではなかった。
「あれ? なんだろう難しいな。アイリーシェのこう…… もっと躍動感のある感じがでない……」
ぶつぶつと独りごちながら、紙一枚との格闘を続ける。時間がないという焦りからなのか、妙な胸騒ぎのせいなのか。はたまたそれが実力だからなのか、とりあえず完成したそれにはアイリーシェを彷彿させる要素は微塵もなかった。
「出来た! 出来たけど、うーん…… なんでだろう? なんかこう、少しイメージと違うかな」
その出来には大きな不満を覚えるが、今はそれを手直ししている暇などない。
ヴェロアは早速それに魂を憑依させるべく精霊エナジーを集めるために、目を閉じて集中する。
「数多の精霊よ。少しだけでいい。力を貸して欲しい」
ここしばらくの自主鍛練の成果なのか、いつもよりも早くてのひらに暖かなエナジーが集まって来るのを感じることが出来た。そうはいっても、あくまでそれは以前と比べればという話。続いて作り上げた魂を今度は依り代に憑依させるのだが、実力不足は否めない。それには若干の時間を要してしまう。
アイリーシェ言うところの、魂がそれを拒んでいるということなのだろうか。そんな雑念に邪魔されながらも、ヴェロアは魔法を続ける。
「僕が下手くそなのはわかってる。申し訳ないと思うけど、今は一刻一秒を争う事態なんだ…… お願いだから」
無意識にそんな言葉を口にしながらも、かざした両手から発せられる光を強めていく。その光が依り代を包むと、徐々にそれが動き出す。
「やった、上手く行った…… のかな?」
突然アイリスの教えが頭をよぎる。魂が憑依した依り代は、精霊エナジーを全身に送りながら実体化する。出来がよければその流れがスムーズになるのだという。
なので今の依り代の出来では、変化の途中である不気味な鳥として紙のままバサバサと低空飛行で出口へと向かっていく。
「うわぁ、大丈夫かな……」
そのシュールな光景を見つめていると、ヴェロアの心を何とも言いようのない不安に埋め尽くされる。無論不安要素はいくらでもあるので、ゆっくりと深呼吸してそのすべてを追い出そうと試みる。
なにより本題はここから。ヴェロアは心づもりを決めると、再び壁と向き合う。
「やるしかない。やるしかないんだ」
呟くと、今度は壁をどうにかするべく今一度、精霊エナジーを集め始める。見ると指先が微かに震えていて、今からやろうとしている事の重大さを改めて考えてしまう。
なにかを隠しているのだとしたら、そもそもがそう簡単に事が運ぶわけがない。下位クラス中でも一番の落ちこぼれにどうにかできてしまうようでは、隠し事もへったくれもないではないか。
そう開き直ることで、ヴェロアはどうにかこうにか心を保つのだった。
「壁を動かすんだから、やはり土の魔法かな?」
安易な発想だが、何事もまずは試してみるしかない。最初から上手くいかないのが当たり前。それは日々の授業で嫌というほど学んでいた。
「土の精霊たちよ、我が行く手を阻みしものをなくしたまえ」
出来るまで幾度でもチャレンジすればいいと、適当な文言で魔法を投射する。どうせ魔法を構築しやすくする手助けとして口にしているだけであって、それは落ちこぼれの自分も、遥か高みに存在する魔術師とて同じだから。
足の裏にわずかな振動を感じとると、ゆっくりと開かれて行く壁にヴェロアはただただ呆然としていた。よもやいきなり成功するとは夢にも思わなかったから。
「あ、開い…… た?」
声になっているのか、脳内だけなのか、もはや自分でもわからない。わかるのは落ち着かせたはずの心拍数が、一気に臨界点に達したことだけだった。
ごくりと喉を鳴らす音も非常に大きく感じてしまう。
そこにあったのはやはり通路。壁にそって右に目を向けると、マジックランプの頼りない灯りに照らされた下り階段が待っていた。
極度の緊張感からか、口のなかが異常なほどに渇いてしまっている。心拍数が上がっているのに、かといって体内に取り込む酸素は一向に追い付かないようで、口呼吸していたためだ。
それでも意を決すると、自分のものとは思えないほど重くなった足でようやく一歩を踏み出した。
自分の作り出した従者に、すぐにアリエスの元へとたどり着けるだけの性能は期待できない。なので副校長の動向を探りつつも、アリエスが来てくれるまでの時間をできる限り稼ぐこと。
もしも副校長がどこか別のところへ移動するのであれば、この場に従者を残しておく必要があると考え、ポケットにあった紙人形のストックを確認するヴェロア。依り代となる紙人形は残り一枚。
「もっと作っておけばよかった」
出来もしない後悔がこぼれる。確かに心もとなくはあるが、それでも貧乏性ゆえ、なるべく出来の良い物を後へと残しておいた。なので二頭身のちんちくりんよりは少しはましな従者を作ることはできるだろうが、それがどこまで役に立つかに関しては全く自信は持てなかった。
それでも頼れる能力は召喚憑依魔法以外にはないので、いつでも精霊エナジーを集められるよう心の準備を整えると階段を一歩一歩慎重に降ってゆく。
ランプがあるとはいえ、足元は不鮮明なので、踏み外して転げ落ちでもしたら、こちらの所在は一発でバレてしまう。足音すら気づかれるのではと、細心の注意を払う。
湿り気のある空気が、ねっとりとまとわりつくような感じを漂わせる。そのせいか、額にじっとりと汗がにじむと、それを拭おうとしたてのひらにも汗をかいていることに気づいた。
緊張だけではない、階上にある礼拝堂の雰囲気とはうって変わって、まったくの無機質な岩壁がやたらと圧迫感をもたらしているからだと考える。
階段を降りきったヴェロアは、震える足に今一度勇気を込めると通路を少し進む。すでに突き当たりの右手側からは、通路とは比較にならない明かりがが漏れている。
「あれだけの明かりが漏れてるってことは、あの先は部屋になっているのかな」
一本道の通路の先。位置的にはそれが礼拝室の真下になると頭に位置関係を浮かべる。人の気配に細心の注意を払いながらゆっくりと歩を進めると、通路の角で立ち止まり小さく一息ついた。
ずっと早鐘のように鳴り続ける鼓動を、いくらかでも抑えようと試みながら中を覗き込んで、ヴェロアの胸がざわついた。
地下室にも関わらず高い天井は、とても部屋とは言いがたい。壁一面に備え付けられた何十ともわからない数のマジックランプ。赤い布を敷いた床に、整然と並べられた人形や水晶と、こちらも数多くの燭台があった。
「やたらと明るいのは、ランプだけじゃなくロウソクのせいでもあったのか」
さらに目を向けると、階段状の祭壇とおぼしきものがあることに気づいた。
「あれは? なんだろう……」
礼拝堂の地下にもう一つの礼拝堂ともいえる奇妙な組み合わせに、ヴェロアは何やら不穏な空気を感じるのだった。奥に引かれた白い布を通り越して祭壇の向かい視線が進むと、そ真っ赤な布を敷かれた台の上に横たわる人影を見ることができた。
「あ…… え?」
慌てて首を引っ込めるヴェロア。
バレてしまったかも知れないと思うと、これ以上早くなることはないと思っていた鼓動が、簡単に予想を裏切り爆発寸前なまでになっていた。
「ビックリした……」
正直な感想だったがそれは声にはならず、口だけを動かすにとどまった。
学校一の落ちこぼれである自分には、出きることはほとんど無い。なので見つかったわかったら、一目散に逃げ出すだけ。極めてシンプルな答えに、その準備も万端でじっと反応を待つ。
しかし、待てど暮らせど一向に何も起こる気配すらないことに、ヴェロアは息を殺すといぶかりながらもゆっくりと部屋の中に視線を戻した。
祭壇に続いて仕切りのための白い布がある。しかし残念なことにそこに何が隠されているのかまではうかがい知ることは叶わない。
「何かを隠しているっぽいけど、あの奥にも何があるんだろ……」
そこからさらに視線を這わせると、先ほど台が視界に入る。今度こそちゃんとその人物を確認すると、見覚えがあるとわかり思わず声を挙げそうになった。
慌てて両手で口を塞ぐヴェロアは、声と同時に心臓も飛び出さんほどの衝撃だったのだ。
横たわっていたのは、他でもないないミエリだった。ヴェロアはその姿を注視するが、身じろぎ一つしないことに、次第に悪い想像が広がってゆく。
数日前から行方不明になっていたミエリが、一体どんな理由でこんな場所で意識もなく横たわっているのかが、頭の中にぐるぐると渦巻いては様々な疑問も混ぜられてゆくのだった。
副校長はなぜこんな場所に?
なぜ行方不明のミエリが?
ここは一体何のための場所?
祭壇の意味するところは?
しかしそのどれにも、明確な答えは見出だせなかった。そして今までヴェロアが忘れていたさらなる疑問が湧いてでた。
副校長の姿は? どこに行った?
皮肉なことにその疑問にだけには、答えが提示されたのだった。ヴェロアの背後から突如かけられた声によって。
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