黒魔女さんからお手紙ついた【15話】
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
魔法学校入学のために金貨3億枚の借金を背負ったヴェロア
本文
【十五】
「待っていたよ。遅かったではないか」
「!」
またしても一気に跳ね上がる心拍数。ヴェロアは危機感を覚え、咄嗟に振り返りながらも素早く距離を取った。部屋に足を踏み入れてしまったことを後悔するが、それよりも視線を注ぐ入り口から姿を現した人物を目の当たりにすると、二度目の驚きが襲ってくるのだった。
「え? 嘘…… どうして副校長が」
一瞬にしてヴェロアの頭を「なぜ?」「どうして?」「どうやって?」と、そんな思いが占める。間違いなく副校長は、眼前で地下室への隠し扉に消えた。そしてここまでの通路は短い一本道で、どこにも隠れる場所などなかった。
だが今はその答えを探るよりも、早急に見つかってしまったことの方が遥かに問題だった。せめてアリエスに連絡が届くくらいまでは、見つからずにいる目論見があっさりと崩壊してしまったから。
「まずいなぁ、どうしよう……」
これで逃げることも叶わなくなった。悔しさ混じりにぼそりとこぼす。
「そうだ、キミにこれを返しておかねばならないな」
そんなヴェロアの足元に、ボロボロになった紙切れを投げてよこされる。ちらりと視線を送って確認すると、それが何なのかはすぐに理解がいった。
自身が六時間かけて作った紙人形の変わり果てた姿。目を一杯に見開いて動揺を隠せないでいると、副校長は口角を押し上げるようにして言葉を吐いた。
「それは学校では教えていない技術だと思うが…… 誰に教わったのかな?」
アリエスが魔法学校で探しているなにかに、副校長が関与しているのだとすれば、その名前を出すことは悪手だと考える。かといって機転の利いた一言が出てくるわけもなく、ヴェロアはただじっと副校長に視線を向けたまま黙っていた。
「まあ、独学でやったんだとしたら、まずまずなんじゃないかな?」
ヴェロアは自分がまんまと出し抜かれたことに気づかされる。
「よもやこの場所を探り当てる者がいるとは思っても見なかったよ。まあ、半分は探らせたと言った方が正しいのだけれども」
「まさか……」
そしてさらにこの地下室への入り口さえも、副校長の手によって開かれたのだと悟った。
「そうか、そういうことだったんだ…… 迂闊だった。僕みたいなのが、そんな簡単に入り口を開けられるはずがないって、ちょっと考えればわかることなのに」
己の浅はかさがほとほと嫌になった。そんなことにさえ頭が回らなかった愚かさが。
「しっかりとした魔法を使えるまでには、まだまだ大分かかりそうではあるが、伸びしろは十二分にありそうだ。高値がつくんじゃないか? 君はどう思うかね?」
副校長が顔を左に向けて視線を送ると、そこに現れたのは緑の教官服に身を包んだ、赤い髪の女性教官だった。
直接授業で指導されたことはないが、なんどか目にしたことはあった。
「どうでしょうか。その生徒は基礎魔法の能力に関しては、未だ赤ん坊に毛が生えたほど度だと聞いておりますから……」
情け容赦なく侮辱されたヴェロアだが、残念なことにそれは間違いでなく、揺るぎのない事実。
そんな気概をそもそも持ち合わせてはいないが、ぐうの音もでなかった。
「ここに何をしに来たか…… なんて聞くのは野暮だろうな」
「そうでしょう。全く腹立たしいことですが、我々の計画も知っていると考えてよいでしょう」
「うむ。でなければ、探りを入れようなどとは思うまい」
落ち着きを払った副校長とは違い、女性教官の突き刺さるような鋭い視線が向けられる。何となく良からぬ企みをしているとは感じていたが、どうやら『相当に』という言葉が頭につきそうだと、ヴェロアは感じていた。
もちろん思考の半分以上は、どうしようという思いと、アリエスが早く助けに来てくれないだろうかというなんとも情けないものだった。
この状況を自力で脱出することはできない。できるのは、アリエスが間に合うまでどうにか持ちこたえること。一瞬「生きて持ちこたえる」と浮かんだが、死んだ瞬間に持ちこたえたことにはならないのだと気づき、考え直した。
「入学したてで、しかも一番の落ちこぼれであるあなたが、この場所にも計画にも気づくはずがない。誰の差し金なのか話なさい!」
「計画って、なんのことですか?」
探りを入れていたのはアリエスの指示によるもので、この場所に関しても計画とやらについても、正直知るところではなかった。なのでそれが素直な反応だったが、どうにも女性教官にはしらを切ったと感じたようだった。
「口を割らせることなんか簡単なのよ。痛い思いをしたくなければ、素直に白状した方が身のためなのよ!」
「どの道ここを知られたからには、ただで返すわけにはいかないがね。だが安心したまえ。君には価値があるから、殺したりはしない」
副校長が言い終えるのを待って、自分の出番だと言わんばかりに女性教官が歩み出る。冗談ではなく、やる気なのだと警戒すると、対してヴェロアは数歩下がる。
「ここはわたくしにお任せください。ドルモア様」
ヴェロアは女性教官のその一言に、違和感を覚えていた。学校内では、副校長は副校長であり、当然誰もがそう呼んでいた。しかしながら今しがた、女性教官は名前で呼んでいた。よく分からないが、学校の垣根を越えた別の力関係があるのだろうと考えた。
もちろんそんなものは、自分が今の状況を乗り切るためにはなんの役にもたたないだろう。
今はとにもかくにも、ピンチをどうにかすることが先決だった。
二人の様子から、どのみち無事でここから出ることはできないと悟ったヴェロアは、とりあえず一つだけ吹くことにした。
せめて何かを引き出して、少しでも時間稼ぎができればと考えたのだった。
それによって恐らくは戦闘にはなるだろうが、それでも魔法による精霊エナジーの動きを、アリエスかアイリーシェのどちらかが感じ取る可能性があればと。破裂しそうなほどに激しく打たれる鼓動を悟られぬようにしながら、ヴェロアは一斉一代の大芝居をうつ。
「僕はもっと枢要なところまで掴んでいます。あなたたちのしようとしていることを色々と」
「何をふざけたことを! 出来損ないの分際で、きっちり口を割らせてやるわ。存分に痛めつけた後にね!」
女性教官は右手を差しだすと、魔法を放つべく精霊エナジーを素早く集約する。ヴェロアも台詞を口にしながらも準備を整えてはいたが、力の差は歴然としたものだった。
「早い……」
それはさすが教官ともいうべき速度。魔法構築を完成させると、すぐさまそれをヴェロアに向け浴びせるように叫ぶ。
「集え水の精霊たちよ。その姿を氷に変えて、彼の者に襲いかかれ! 戒めの氷弾!」
赤い髪という容姿から、ヴェロアは勝手に火を操る魔法を得意としているのだと思い込んでいた。
女性教官によって放たれた魔法はすぐに大気中の水分と結合すると辺りの気温が一気に下がるが、それを感じるまもなく、無数の氷のつぶてがヴェロアを襲った。
「くっ」
飛びすさってそれをかわすと、床を直撃した魔法がビキビキと音をたてその周辺を凍りつかせた。だがそこに目標物が無いとわかると、それはすぐに蒸発していく。その一連の流れが、まるで生き物のように意思を持っているみたいな感覚にさせられる。
「あらあら、魔法を放つのはダメでも、逃げるの『だけ』は一人前じゃないの」
「わざわざ『だけ』を強調しなくても……」
対抗して魔法で防ぐことなど端からできはしない。とっさの判断で逃げて正解だったと思う。氷に捕らえられてしまっては、成す術なく的になっていたことだろう。
しかし女性教官は、すでに次の魔法を放っており、休む間もなくそれを避け続けなくてはならなかった。ヴェロアが辛うじてかわすと、その度に氷の礫が床や壁を瞬間的に凍りつかせるのだった。
「さすがに教官だけのことはある…… 魔法を形成するスピードが、僕なんかとは比べ物にならない」
魔法を避け続けるヴェロアにいらだちを見せる女性教官は、突如攻撃の手を止めた。何やら考える素振りを見せると、非常に合点がいった様子で口にする。
「なるほど、この距離の魔法を避けることが出来るとは…… 落ちこぼれのわりに、精霊エナジーの流れを見ることがは出来るようね」
「流れ…… ?」
「たしかに、いくら基礎授業を繰り返しても、それはわからないものよね」
勝手に納得されたところで、どういうことなのかヴェロアには皆目見当がつかなかった。できれば詳しく教えて欲しいところだが、そんな状況にはない。
魔法攻撃を食らわずにいられることに何かしらの理由があるということらしいが、残念ながら意識したうえでなにかを行っているわけではないのだった。
女性教官はさらに何事かを逡巡するような仕草を見せる。それはあからさまな隙なのだが、悲しいかなその時を逃さず魔法攻撃を仕掛ける技術を持ち合わせてはいなかった。
もちろん女性教官もそれを把握したうえで見せた余裕なのだろう。それがはっきりとわかると、改めて自分の力のなさに歯噛みするしかできなかった。
「精霊エナジーの流れが見える人も、決して少なくはないけど……」
しきりに流れが見えると口にするが、それがどんな現象を指しているのかまるで理解がつかない。強いていうならば、自分はただの勘で動いているにすぎないのだった。
「で・す・が」
忌々しいほどに言葉を区切る女性教官に、少しばかり腹が立つ。
「それが出来てあの成績とはいただけないわね。まあ、だから落ちこぼれの下位クラスにいるんだけどね」
「ほっといてくださいよ」
「あら、それは無理ってものね。出来の悪い生徒には、必要でしょう? 教育的指導ってやつがね!」
すると今度は別のモーションから、右手を地面に叩きつけるようにして魔法を繰り出した。
「我がいらだちに賛同せし水の精霊たち。怒りを冷たき刃に変えたまえ。憤激の氷刃!」
途端ヴェロアを中心とした半径一メートルほど度の範囲で地面が凍り付く。すると突如地面から鋭い刃と化した氷がいくつも突き立てられる。
「え、なっ。今度は下?」
瞬間的に身をよじり、その範囲から逃れようと試みるが、凍った床に足をとられてヴェロアは転倒してしまう。それを待っていたかのように氷の刃が次々と形成される。
「うぐぅ……」
転がり、這いずってかわし、どうにか致命傷になるのを防ぐ。しかし身体に無数のに切り傷が出来ると、遅れて血が滲む。痛みと怖さとなにもできない不甲斐なさに自然と顔が歪むのだった。
「い痛ぅ…… 悔しいけど、今の僕じゃ速くて全てを避けることなんてできない。でも、アリエスがくるまで……」
「いいですか? 落ちこぼれさんのために、特別授業です。こう狭い空間であっても、魔法力を抑えれば適度な魔法を使うことが可能なのです。その際威力は多少落ちるけれど、その分発生までの速度を上げることが出来る利点があります。また、集めた精霊エナジーを使い尽くすまでに使える魔法の回数も増やすことができるってわけですね。はい! 重要です。ここテストに出ますよ?」
「くそぅ……」
歯噛みするヴェロア。今の攻撃が当たったのも、そういう理由で速度が上がったからなのだと理解する。それでもこうしてバカにしてくれてるうちは、時間を稼ぐことができる。本気で来られたなら、きっと勝負はあっという間についてしまうに違いない。
今はできる限りバカにされるのも手だと考える。
「まだまだ、己の未熟さを痛感するのはこれからよ? 大気に集いし水の精霊たちよ。全てを飲み込む絶望の白となれ。悪夢の雪景色!」
指差す仕草でそう宣すると、ヴェロアは攻撃に備える。どんな魔法なのか五感を研ぎ澄ませると、真っ先に変化を感じ取ったのは耳だった。
ヒュオッっという風切り音を聞いた次の瞬間。雪がヴェロアの周囲を覆った。白一色で視界がきかなくなると、急いで顔の前で両腕を交差させてやり過ごす。
吹雪ならばそう大きなダメージを負うこともない。次の魔法へ繋げるための目隠し。ヴェロアはそう考えて、来るべき攻撃に注意を払おうと考えていた。
しかしその考えは突然走る痛みによって、間違いだったと気づかされたのだった。
「ぐぅっ! 痛ぅ…… なんで?」
腕の隙間からわずかに状況に目を凝らすと、先程まで細かい雪だったはずが、徐々に結合して鋭く尖った氷の塊へと姿を変えていたのだった。
その氷塊が高速で吹きまわることによって、ヴェロアの身体に激しい痛みを伴った傷を作っていた。それは右腕と左脛が最も重症で、パックリと開いた傷からは血が滲んだ。それもすぐに凍りつくと、割れ、細かくなって飛ばされると次の出血がまた凍る。
「ダメだ…… このままじゃ、長くはもたない。やっぱり無理だった。助けを待つべきだった……」
力なくそうこぼす。
十を越す氷塊に見舞われて、大きな傷が二ヶ所の傷ですんだのは、むしろ喜ぶべきかも知れない。しかし能力の差は歴然で、とてもではないが状況は真っ暗ならぬ真っ白だとさえ思うのだった。
「これなら逃げることできないでしょう? いつまで耐えられるかしら。反撃してもいいわよ? これは授業の一貫ですもの。良くできたら、評価点がグッと上がるわよ?」
ケタケタとした笑い飛ばす、そんな忌々しい声だけが届いてくる。通常魔法の基礎段階で四苦八苦しているヴェロアが反撃をするなど容易ではないことは、もちろん理解したうえでの発言なのは明らか。
「出来ませんわよね。今のあなたの実力では。あはは」
悔しいが、まさにその通りだった。魔法を放つために足を止めれば、発生速度に劣るヴェロアなどただの的でしかない。こちらが魔法を放つより先に落とされるのは想像に容易い。
「さあ、生意気な口をきいたことを、後悔するといいわ。怒りを冷たき刃に変えたまえ。憤激の氷刃!」
「魔法の合わせ攻撃?」
再び足元から襲い出る鋭い氷刃。魔法の同時攻撃など頭になかったヴェロアに、それを避けるだけの余裕など微塵もなかった。
「うぐぅぁぁぁ!」
氷の刃に右の太股をいかれる。痛みに仰け反ると、狙っていたかのように今度は背中をざっくりと斬られ、たまらず苦悶の声を漏らす。
「ふふふ、そうよ。存分に苦しみなさい。出来の悪い者が痛みを伴わずして、人一倍の成長をすることなどありえないのよ。その痛みこそが愛の鞭なの。あはは」
吹雪が収まり、しだいに赤が鮮明になってくる。高笑いの女性教官だが、攻撃が全て終わったとも考えにくい。痛みで足に力が入らず、出血も増え、ただ立っていることすら困難なほどに身体がいうことをきいてくれないが、まだ意識だけははっきりとあったから。
恐らく最終的には、完膚なきまでにボロボロにするに違いない。
「まだ…… まだ倒れるわけにはいかない」
今倒れてしまえば、決着は一瞬にしてつく。立っている限りは、魔法を避けたときのように、なにかがあると感じさせることができるかもしれない。たとえわずかでも時間を稼ぐことが必要だと考えていた。
だが想いと身体は一致せず、よろめいたヴェロアは咄嗟に手近にあった仕切りの白布をつかむ。当然ながらそれで身体を支えられるはずもなく、方膝をつくと白布を引き落としてしまった。
白布が仕切っていた奥にはさらにスペースがあり、視線は無意識にそちらへと向けられる。
倒れて無防備な状態では、次なる攻撃を警戒しなくてはいけないはずだったが、そこに存在したものにヴェロアの目は奪われてしまっていた。あまりにも常軌をいっした光景が、そこには存在していたからだった。
「え? な、なに? これはいったい、どういうこと?」
天井から垂れ下がる鉄の鎖に、両手を拘束されている少女の姿。
およそ一四〇センチにも満たない少女の、幼くか細い四肢。拘束錠の鈍い光が目に映ると、まるで自分でも冷たさを感じるような感覚に陥った。
手入れもされずに伸びきった赤み要素の強い茶髪は、少女の身長とほぼ同じだけの長さがあり、それが拘束期間の長さを如実に物語っていた。しかしながら想像される長期間の割に、身体の方はそこまで衰弱しきった様子は見受けられなかった。
顔色そのものは不健康さを感じさせる青白いものの、過剰なほど痩せこけた風ではない。身体の線が、そして四肢が細いのは元からのようにも思える。その矛盾した違和感が、ヴェロアの心に奇妙な引っ掛かかりをもたらしていた。
髪の赤よりもさらに赤い瞳がやけに鮮やか。しかもその目は、ヴェロアを視界にとらえて限界まで見開かれていて、ことさら胸が締め付けられる思いがするのだった。
「おまえ! 見たわね、それを! ただじゃおかないわ。覚悟しなさい!」
先ほどまでとは明らかに変わって、女性教官の口調に敵意が乗る。
「あなたたちはいったい何をしようとしているんだよ。この少女をどうするつもりなんですか!」
だが怒りを感じていたのは女性教官だけではなかった。ヴェロアもまた、言い様のない怒りを沸き立たせていたのだった。
「何を痴れ言を!」
怒りあらわな女性教官は、ワナワナと手を震わせていた。その言葉には、明らかにヴェロアが事情を知っているといったニュアンスが含まれていることに気づく。
『ドルモア・リッチェ・アルバンヌ!』
それは何の前触れもなしに突然訪れた。誰かが副校長の名を叫んだのだと理解するが、その恨み辛みに満ちた怒号が、よもや拘束されたあの華奢な少女から発せられたということには、すぐに結び付かなかった。
少女の叫びに対し、意味深な笑みを作った女性教官が口を開いた。
「いいでしょう、教えてあげるわ。それはあなたの先輩よ。もっとも、十年前のだけどね」
「な?」
それはもちろん、目の前の少女が十年間も拘束されていたことを決定付けた一言に他ならない。まったく悪びれる様子も見せないことに、同じ血が通っているのかさえ疑いたくなる。
「なに言ってんのさ、おかしいよ。どうかしてるでしょ…… こんなの異常だよ」
「黙りなさい! これは報いなのよ! 我々に歯向かった、その報いなのよ!」
副校長たちが何らかの企てをしていたことは、この場の状況からも間違いない。そして少女が拘束されているのが報いだというのなら、それはその少女がその悪事を暴こうとした、邪魔をしたからというこという結論には容易に辿り着くことができる。
それだけの理由で十年間も少女を拘束していたことに、そしてそれをいっさい悪びれるようすもない女性教官に、ヴェロアの怒りはすでに頂点に達していた。
「報いってなんなのさ。そんなものがこんなことをした免罪符になるとでも思ってるわけ?」
「ふんっ、落ちこぼれの出来損ないが、小生意気な口を利くんじゃないわ! お前も報いを受けるがいい! 我に力を貸さん水の精霊。彼の者を捕らえし檻となれ。震撼する氷塊!」
「くっ」
魔法に備えようとするも、身体がいうことをきいてくれない。
女性教官が右手をヴェロアに向けて付きだすと、一瞬にしてヴェロアの身体は氷塊に閉じ込められたのだった。
「がぁっ!」
全身が圧迫されると、急激な冷えに意識が飛びそうになる。少女と同じように自分も拘束されてしまうのかと、薄らぐ意識で考えるも、それは取り越し苦労に終わった。次の瞬間氷塊が砕け散ると、無数の細かな裂傷が全身に刻まれる。
遅れて傷口から血が吹きだすと、ヴェロアは頭から崩れ落ちた。
「あははは…… さっきの威勢はどこへいったの?」
悦にいった表情で言葉を吐く女性教官を睨み付ける。やはり圧倒的な差は否めない。全くといって手も足もでないが、まだ心が折れていないことを見せつけるのが、今できる唯一のことだと考える。
「あなたたちのしている悪さの前に、落ちこぼれとか、そんなの関係ない」
「ヴェロア!」
思いがけず呼ばれたことで、ヴェロアは驚きのあまり一瞬頭の中が白で埋め尽くされた。だがそれはヴェロアだけでなく女性教官や副校長までもが一様に驚きの表情を浮かべるのだった。
「なぜその落ちこぼれの名を……」
同じように驚き固まる女性教官に、副校長は下知を飛ばした。
「何をしている。さっさとケリを付けないか」
「は…… はい、ドルモア様。承知しました」
そう言うと今までとは違った敵意を視線にのせた女性教官。それを目の当たりにしたヴェロアは、もう時間を稼ぐことが難しいことを悟ったのだった。
「あれと関係があったとなると、容赦はしないわ。お遊びはここまで。覚悟しなさい!」
「遊びって。さっきこれは授業だって言ったじゃないですか」
しかし、可能性が全くなくなってしまったわけではない。解決を急ぐ女性教官が魔法の出力を上げれば、周囲の精霊エナジーも大きく乱れるとになる。アリエスやアイリーシェならば、それを見逃すはずはない。
となれば今の自分にできるのは、挑発することでいかにそれを大きくできるかだ。
「いつからお遊びになったんですか」
ありったけの虚勢を張るべく皮肉めいた笑いを浮かべながら、そう吐き捨てて煽る。ダメージは大きく、上体を辛うじて起こしているだけではあったが、それがゆえの態度が女性教官の逆鱗に触れたのは確かなようだった。
「言ってくれるじゃないの、落ちこぼれ風情が! それだけの覚悟は出来てるんでしょうね!」
憎々しげな視線を注ぐ女性教官。
全身を荒れ狂う痛みと格闘しながらヴェロアは、意識も精神力も、残念ながらそう長くは持ちそうにはなかった。
「落ちこぼれだとか、報いだとか、もうそんなものは関係ありませんよ! 自分たちのしてきたきたことを棚に上げて、それが教育者ですか!」
さらに駄目を押すように言葉を続ける。もちろん余裕なんてものは存在しない。煽る狙いも去ることながら、なによりただその怒りを言葉にしてぶつけずにはいられないのだった。
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