黒魔女さんからお手紙ついた【22話】
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
魔法学校入学のために金貨3億枚の借金を背負ったヴェロア
本文
【二十二】
「なにか方法は無いかな……」
辛うじて漏れる呼吸に乗せてそうこぼす。痙攣を起こす身体をどうにか起こしながらも、副校長の挙動から目を切らさず睨み付ける。
脳内では手紙にしたためてあったアリエスの教えを反駁する。
アリエスし動物の骨を従者に変えたように、なにか出来ることはあるのではないか。アリエスが僕の能力に期待したというのなら、どこかに勝つための手段を見いだせるかもしれない。ヴェロアはそれにすがる以外になかった。
●大気中から集めた精霊エナジーを使って、魂を生成することが出来る。それを依り代に憑依させることで、従者として使役することが出来る。
●依り代は自らが作り出したものか、長い間身に付けていて、魔力の流れがスムーズに行えるものが好ましい。
●依り代の出来によって、憑依が完成するまでの時間と、形作られるまでの時間が変わる。
●また、魔力を調整することでも従者の大きさを自由に変えることが出来る。
(その際の最大値は個々の能力によって異なり、それは成長することで上げることが出来る)
「あ……」
ドクンと、唐突に心臓が跳ねた。それは怒りでも、ましてや痛みによるものでもなく、なにかとても細く光る道筋が見えた気がしたからだった。逃したら見つけることなどほぼ不可能な、森の中で目当ての葉っぱ一枚を探しだすような。
それをたぐりよせるべく、ヴェロアは脳内でアリエスの手紙文をもう一度復唱させる。
「愚者に正しき道を示さん。導く光の教戒!」
精霊エナジーを集める……
副校長の手がにわかに光に包まれると、それが徐々に大きさを増す。
長い間身に付けた……
光る手のひらをバッと頭上に掲げると、その光が手を離れた。
形作られる時間が……
同じ魔法のはずなのに、まっすぐヴェロアを襲った先程のものとはまったく違っていた。一本の光の筋が突如その向きを変えて上昇すると、ヴェロアの頭上に達し、途端弾け飛ぶ。
魔力を調整することで……
光が細かい雨粒のように降り注ぐと、ヴェロアは両手で頭を守りうずくまるしかできない。
だが光の雨粒は直撃することなく、軌跡を描きながら等間隔で地面におちた。さながらそれは光の鳥籠のように。
それを憑依させる……
ヴェロアを捕らえた鳥籠のなかが強烈な輝きによって満たされる。全身を覆った光に、意識を吸いとられていくようなめまいと脱力感に見舞われるが、それでもヴェロアは唇を激しく噛んでどうにか意識を保つっていた。それと同時に考えることと、精霊エナジーを集めることはやめないでいた。
魔力の流れをスムーズに行える……
「あ! え?」
その瞬間、光る道筋は大きなものに変わったのだった。ヴェロアの顔ににやりとした笑みが浮かぶと、その考えを整理する。
根拠はない。だが「計算上はいける」というだけの自信だけが漠然とあった。どうしてかと訊ねられれば、自分の身体のことだから。そして、強いて言うならばアリエスがくれたヒントだからと、そう答える他はない。
「ははは…… そっか」
わずかながら掴むことのできた希望に、たまらず笑いが込み上げてくる。
「ヴェロア?」
「あんた、まさか悪いものでも拾って食べちゃったのかい?」
怪訝な表情を浮かべる二人。アイリーシェは相変わらず肝の据わった発言だが、その言葉は弾んで聞こえた。方やアリエスは眉根を寄せて、今にも泣き出しそうにも見える。少しずつ血色が戻ったその少女の顔は、改めて見るとそれは息を飲むくらいに綺麗だった。
対する副校長たちが、絶望的な状況を前に遂に頭がおかしくなったとでも思ってくれているならありがたい。むしろそうしむけるように、煽るような笑みを浮かべて見せた。
思惑通りヴェロアの笑いが癪にさわった副校長の声に、わずかに怒りが乗るのだった。
「その不愉快な笑いはやめたまえ。泣こうが喚こうが笑おうが、状況に変わりはない。風の精霊たちよ、我に力を貸さん。罪深き者共を飲み込め。悔恨の旋風!」
ようやく膝立ちまで身体を起こすことのできたヴェロア。その周囲の空気が揺れる。ヴェロアを中心に動く風が、渦を巻いて全身を飲み込んむ。鋭い風が身体のあちこちに切り傷を刻んでゆく。
「ぐぅっ、づぅぁ!」
グッと奥歯を噛み締めると、持っていかれそうになる意識をどうにか繋ぎ止める。ギリギリではあるが辛うじて生きていられるのは、この期に及んでまだ、副校長が決着を急がずに、あくまで嬲りつけることに執着していることにあると考える。
顔を隠すように両腕をクロスさせて魔法に耐える間も、精霊エナジーを集めることを怠らない。
じっとこらえることは、基礎魔法工程が苦手ですこぶるじかんのかかるヴェロアが集中するのには都合がよく、また、決意を含んだ表情を悟られないようにするためとみっともない姿を晒すことで、油断と嗜虐心を煽る意図もあった。
まさにその期待通りに、反撃に移れないでいるのだと確信したように副校長は、せせら笑いを浮かべ饒舌になった。
「どうしたのかね? 打つ手もないままもう勝負ありということかな?」
ようやく精霊エナジーを収集し終えたヴェロア。続けてそれを魂へと錬成するのだが、瞬時に行える技量の無い以上、もうしばらくはそれを悟られるわけにはいかない。冷静な判断をさせないために、あえて馴れない挑発で返す。
「勝負所を見誤るなんて、教育者としては、やっぱり失格だと思います。副校長ともあろう人がそんなことで、この学校は大丈夫なんですか?」
だが、その挑発に誰よりも先に反応したのは、赤い髪の女性教官だった。
「ドルモア様に向かってなんて口のきき方。無能な落ちこぼれの分際で!」
怒りをあらわにしながらも、女性教官はすでに魔法攻撃の準備に入っていた。
「ここはやはり私めに、愚行に対する戒めを……」
「そんなこと、させるわけが無いじゃないの」
言うが早いか、大きな翼を翻したアイリーシェ。女性教官の周りを飛びながら、邪魔をしてそれをさせない。
「な、このフクロウめ」
「ふん、ただの猛禽類だと思わないことね。精霊に好かれた猛禽類なんだからさ!」
思いがけず助太刀してくれたアイリーシェのおかげで、時間を稼ぐことができた。手のひらに集まった精霊エナジーが温かく変わるのを感じると、魂の錬成に成功したことを確信する。あとはそれを憑依させるのみ。
「そんな無様な格好で、できることがあると思っているのかね」
勝利を確信しているからなのか、それともこの状況をひっくり返せるだけの実力が無いことを知っているからなのか。シニカルにそう口にする副校長に対し「あるんですよ、それが……」とヴェロアは小さくこぼしたのだった。
そして攻撃が続く旋風の中で左の袖をまくりあげる。そこにある二匹のドラゴンが作るハート形をした黒魔女の契約印に目をおとすと、あれほど厄介だと思っていたものが、今はとてもいとおしく思えてきて笑みをこぼす。
「何だ、遂に気でもふれたかね?」
あくまで口調は変えずに言い放つ副校長。
ヴェロアは生成したその魂を自らの左腕にむけて、そこにあるドラゴンの模様に向けて憑依を実行させたのだった。
『長い間身に付けていて、魔力の流れがスムーズに行えるもの……』
頭の中をそのフレーズが流れる。長い期間というのがどれだけの時間を指して、契約印がそれに該当するのかどうかはわからない。わからないが、それはずっとヴェロアの身体にあって、身体の一部なのだから、こしらえた憑依物よりは当然魔力の流れもスムーズであるはずだ。
「ヴェロア? まさか……」
ヴェロアの意図を真っ先に理解したのは、アリエスだった。
その声を耳にすると、さすが黒魔女と呼ばれるだけのことはあるな。などとちょっと格好いい風に思ってもみたが、そこに契約印あることを知っているのは、アリエスだけなのだと気づく。
「頼むよ!」
近づけた右手には錬成した魂が仄かな緑色の光を放っている。しかし肝心の模様の方は、いっさいの反応を示さない。ヴェロア諦めることなく魂を送り続ける。
「そう上手く行かないことくらいわかってたよ。僕にとっては、一度や二度の失敗なんか慣れっ子だよ」
そうはいっても、ただ失敗を重ねても意味がない。上手くいかない原因を探らないことには、成功はないのだということも、偉大な先輩から学んだ。
いつもの力不足によるものなのか、それとも模様に憑依させること自体がそもそも無理な話なのか。前者であるならまだいいが、後者であるならば、それはすなわち根本的な失敗。敗北を決定付けることになる。なにせ他の手段など見いだせる気が全くしないのだから。
「何が悪いっていうのさ。何か根本的なミスでも犯しているっていうの?」
精霊エナジーが足りてない? 魂の錬成精度が足りてない? それとも全体的な実力不足? 悲しいかなヴェロアには、様々な原因に心当たりがありすぎた。
「ダメだ、弱気になってる場合じゃないんだ。助けるんだ、目の前の少女を。助けるんだ自分を信じて頼ってくれた黒魔女を、アリエスを……」
ボソリとそんな呟きを漏らす。それは声をあげるほどの体力が残っていなかったことと、わずかに気恥ずかしさがあったから。
「何があっても諦めちゃダメ!」
アリエスの声に、はっとヴェロアの目が見開かれる。
その一言は、なによりヴェロアの心の励みとなる。なぜならばそれは、決して不可能なことではないという裏付けでもあったから。
ヴェロアのしようとしていることをただ一人理解し、そして召喚憑依魔法について教えてくれたアリエスが止めないということは、できるという意味だから。
諦めず、みたび魂を送る。が、無反応の模様がヴェロアの努力を全否定しているかのようだった。
「何かをしたかったようだが、どうやら想いに技術が伴っていなかったようだな。良い機会だから教えてあげるとしよう。君がどうして落ちこぼれと呼ばれるのかを」
ヴェロアの画策が成功する気配すら感じられないことに、副校長にも余裕が生まれたようで、頼みもしない講釈を始めるのだった。
「君たちは高度な魔法を扱える者を魔術師と称するのだと思っているようだが、それは違う。どの系統であろうと一定水準以上の魔法力のある者をというのだよ。魔法のレベルが高くなるほど、より多様な精霊エナジーを必要とするのだから当然だ。つまり、苦手分野がある君は、それだけですでに魔術師としての資格が無いということなのだよ。何かをしたかったようだが、どうやら失敗のようではないか。つくづく救いがたい落ちこぼれだ」
侮蔑した笑いを伴った言葉が、副校長から吐かれる。
「だが安心したまえ。そんな君でも、我々ならば必要とされる魔法士になることができるのだよ」
「自我を失くした、都合の良い商品としてでしょ。聞いて呆れるわ」
発見がもう少し遅くなっていたならば、そのための洗脳を受けていたアリエスは、拘束された状態で怒りをあらわ副校長をけなす。
その怒りは最もだ。魔法を学びたくてやって来た者の、全てを踏みにじる行為でしかない。自分はただ漠然とした気持ちでしかなかったが、ミエリのような、誰かの為になりたい、役に立ちと心底願う想いをも無にしてしまうなど許されるはずがない。ここで諦めてしまったら、アリエスもミエリも、そして自分も洗脳の餌食となる。そう思うとヴェロアは、腹の底から精一杯の想いをぶちまけた。
「どうして…… どうして受け入れてくれないのさ。僕の実力が足りないから、こんな下手くそな魂なんか受け入れられない。そういうこと? もっとちゃんとした魂が必要だとでもいうの?」
「ヴェロア……」
錬成した魂を送り続け、憑依を試みるが、それでも契約印にはなんの変化も見られない。
「そうか…… そういうことならば、仕方がないよね」
「え? ヴェロア、どうしたの?」
アリエスの驚いた様子が伝わってくる。諦めてしまった、心が折れてしまったとでも感じているのだろう。できればそんな心配を、「大丈夫。まだ諦めていない。きっと助けるから」と言って、今すぐ吹き飛ばしてあげたい。逆立ちしても出来やしない妄想を浮かべて、身悶えしそうになる。
代わりにヴェロアは、覚悟をもって最後の手をうった。
「いいよ。それだったら、僕の魂をくれてやる」
「え?」
「ヴェロア! あんた、なに言って……」
驚きを隠せない二人。だがヴェロアには、もう他に出来ることはなかった。
「それでアリエスもアイリーシェもミエリも、みんな助かるんだったら…… そんなものはちっとも惜しくないよ! さあ、僕の魂だ。思う存分持っていけ!」
「ダメ! ヴェロア!」
ヴェロアの覚悟に呼応したからなのか、ドラゴンの模様は血よりも鮮やかに赤く発光する。今まで召喚憑依魔法を行ってきたなかで、そんな反応を目にするのは初めてだったが、自分の作った依り代ではないとか違いを挙げればきりがない。問題はそれが成功するか否かだ。
ヴェロアの心配をよそに生成した魂を飲み込むと、次の瞬間辺りに目映い光を放った。その場にいる誰もが、光に耐えることができずに目を閉じた。
――ドクン。
胸が跳ねた。細いけれど確かな“道筋”が視界のどこかに走った気がした。
副校長の掌が光を孕む。掲げられた手から放たれた光条は途中で反転し、天井へと走ってから弾け、無数の光雨となって降りそそいだ。直撃はせず、床に等間隔で刺さって円環を描く――光の鳥籠。
眩さと脱力感に意識を攫われそうになりながらも、ヴェロアは精霊エナジーの収集をやめない。アリエスの手紙を頭の中で繰り返す。
● 大気中のエナジーで魂を錬る。
● 憑依させる依り代は、作るか――長く身につけ、魔力の流れが通るもの。
● 依り代の出来で“形”の速度が変わる。
● 魔力量の調整で従者のサイズは可変。
「……いける」
笑みが漏れる。副校長の眉が苛立ちで歪む。
「その不愉快な笑いはやめたまえ。――悔恨の旋風!」
渦巻く風刃が全身を刻む。歯を食いしばり、腕で顔を庇いながら、ヴェロアはエナジーを魂へと錬成。時間を稼ぐように、アイリーシェが赤髪の教官の両目の前を掠め、羽音で詠唱を乱す。
「ただの猛禽類だと思わないことね。精霊に好かれた猛禽類なんだから!」
掌に宿った魂は仄かな緑の光。ヴェロアは左袖を捲る。二匹の竜がハートを形作る、黒魔女の契約印が露わになった。
(“長く身につけ、魔力が通うもの”――自分の身体、その一部なら)
右手の魂を印へ押し当てる。……反応、なし。もう一度。――沈黙。三度目も、無。
「何があっても諦めちゃダメ!」
拘束台の上から、アリエスの声が飛ぶ。それだけで、まだ行けると思えた。
「……じゃあ、こうしよう。受け取れよ、僕の魂ごと!」
「だめ、ヴェロア!」
決意に呼応するように、契約印が鮮赤に脈打つ。緑の魂が吸い込まれ――爆ぜる閃光。誰もが瞼を閉ざしたその一瞬を縫って、地下室に咆哮が轟く。
グゴォォォ――。
赤黒い鱗、丸太のような後肢、鋭い鉤爪。三メートル級のドラゴンが、そこに“在った”。
「ば、馬鹿な…… ドラゴンだと? 召喚魔術師でも契約困難な聖獣を――」
副校長の動揺が初めて露骨になる。女教官は竦み、アイリーシェでさえ目を丸くする。アリエスだけが、ほんの少し微笑んだ。
「――灼熱の地獄!」
副校長の足元が熔け、噴き上がる炎がドラゴンを包む。だが巨体は一歩も退かない。溶岩を踏みしめ、唾棄するように前へ。
「効かん、だと……!」
地を爆ぜて跳躍。巨腕が薙ぎ、二人まとめて壁へ叩きつける。亀裂が走り、女教官は崩折れた。副校長はなおも詠唱を継ぐ。
「――光の格子、光の鉄槌!」
雨あられのような光条が、ドラゴンの鱗に砕け散る。吼え。前脚で副校長の胸を地に縫い付ける。
「ハ、ハハ…… 面白い……!」
血を吐くと、そのまま意識が落ちた。
静寂。巨躯はゆっくりと振り向き、ヴェロアの背後から前肢を伸ばすと、アリエスの両手の枷を――容易く捩じ切った。
十年の拘束が終わる。脚に力が戻らぬアリエスは前のめりに倒れ、ヴェロアが慌てて受け止める。二人とも満身創痍で支えきれない――その瞬間、ドラゴンの爪がそっと背を支えた。
役目は終わりだと言わんばかりに、巨体は微笑むように目を細め、緑の粒子となって、天へと還っていく。二人は座り込んだまま、それが消えるまで見送った。
「アリエス。……僕、勝てたよ」
振り返れば、鼻先に彼女の顔。潤んだ紅玉の瞳が震え、堰を切ったように頬を伝う。
「う、えっ…… ひっく……」
ヴェロアはその目を直視しないよう、そっと頭を抱き寄せる。アリエスは十年分の恐怖と痛みと悔しさを、彼の胸の中で、子どものように泣ききった。
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