風狼戦記-Bullet of Queen-
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
経済が崩壊した近未来日本。 国家は形骸化し、企業が「株=デジタルポイント」を銃で奪い合う“合法戦場”が社会を支配していた。 弱小企業・繋士商事に入社した新人リオ・カザギは、亡き父の死の真相を追うため、 孤高の先輩・ナツ・オウガミとバディを組む。 風のように柔らかく、狼のように鋭く——正反対の二人が衝突しながらも、 次第に信頼と絆を築いていく。 だが、世界の裏を操る「元締」カムラギの陰謀が、二人を戦いの渦へと引きずり込む。 奪うか、守るか。 株と銃弾が飛び交う経済戦争の果てに、少女たちは“真の女王(クイーン)”となる。 現実と理想が撃ち合う近未来バディ戦記——『風狼戦記 -バレット・オブ・クィーン-』
本文
第10話 数の暴力
砂時計の砂が落ちきる前みたいな、じりじりした空気が事務所に漂っていた。
決算期が近い――株賭博の世界では、季節の変わり目よりよほど気圧変動が激しい時期だ。
ヤクモがホロ画面を開いたまま、椅子に浅く腰掛けて腕を組む。視線は真っ直ぐでぶれない。
ナツはいつも通り無表情……に見えるが、耳の後ろの小さく光る端末がかすかに脈打っていた。緊張の表れだ。
サナエはおっとり笑みを浮かべながら、温かいお茶をリオに差し出した。
「リオさん、喉を潤してからの方が頭が回りますから」
「ありがとうございます、サナエさん」
リオはカップを両手で包んだ。ほんのり温かい。緊張をほぐしてくれる。
ヤクモが、ようやく画面からこちらに目を移した。
「さて。決算期と株賭博の仕組みだ。ここからが実戦の前提になる」
リオは背筋を伸ばし、ナツは無言のまま横目でヤクモを見る。
ヤクモは指先でホログラムの円グラフを弾いた。
淡い青の光が空中に散る。
「まず、“決算期”ってのは企業の収益と損失がまとめて公になる時期だ。普通の会社もそうだが、俺たちが相手にしてるのは“戦闘企業”だ。戦闘株・サイバー株・物流株……全部、実戦結果が価値に直結してる」
ナツが静かに補足を入れた。
「戦闘株は、戦闘班の勝率と作戦達成率を基準に変動する。サイバー株は、侵入成功率やセキュリティ強度……つまり、ハッキングでどれだけ“獲れるか”で値が動く」
声は淡々。けれどその目は、データの流れを飲み込む鋭さを帯びていた。
リオはその横顔を見ながら、小さく息を呑んだ。
ナツの世界は数字でできている。
そこに踏み込むのは、簡単じゃない。
「リオさん、ここまでは大丈夫ですか?」
サナエが柔らかく尋ねる。
「はい……ええと、戦闘株は“戦いの結果”、サイバー株は“侵入の成否”。それが企業の利益に直結するので、決算期には値動きが激しくなる……という理解で合っていますか?」
「合ってるよ」
ヤクモがうなずく。
「ただ、もうひとつ重要なのが“保有株”だ。お前がこれから持つ株は資産だけじゃなく、作戦の優先権にも絡む」
リオは思わず瞬きをした。
「作戦……の優先権?」
ナツが手元の端末に指を滑らせる。
新しいホログラムが開き、戦場の地図が浮かび上がった。
「株主は企業の戦力を“どこに投入するか”を左右します。だから保有株が多いほど、自分の得意分野の作戦を回しやすくなる」
「つまり、株を持つということは……責任も持つ、ということなんですね」
「責任だけじゃない。リスクもだ」
ヤクモの声音がわずかに低くなる。
「決算期は情報の価値が跳ね上がる。だから“情報戦”が増える。ヒロミツみたいなのが得意な分野だな」
リオは苦笑した。
ヒロミツの軽妙な声が脳裏をよぎる。
――情報はな、空気みたいなもんや。吸い込み方次第で毒にも薬にもなる。
ヤクモが続ける。
「情報戦ってのは、データの裏を読むだけじゃない。“意図”を読む。嘘のリークで値を揺らしたり、敵企業の戦績をわざと遅延させる連中もいる」
「そんな……」
「戦場を使った株賭博だろうが、やってることは古い“相場”と変わらんさ」
サナエがそっと苦笑した。
「でも、価値を見抜ける人には強力な武器になります」
ナツは無表情のままだが、ひとつだけ視線が変わった。
リオに、ほんの少しだけ注意を向けたような――静かな観察の気配。
「……リオ、決算期の数字は“生き物”だ。予測だけで判断すると飲み込まれる」
「はい。気を付けます」
たどたどしい返答だったが、ナツはわずかに瞬きをした。
拒絶ではなく、観察から少し距離が縮んだような温度。
ヤクモが立ち上がって、場の空気を締める。
「今日覚えてほしいのはひとつだけ。“株は戦力”。それを動かす以上、俺たちはただの作戦要員じゃない」
サナエが優しく付け足した。
「リオさんが持つ株は、きっと意味を持ちますよ。少しずつ慣れていきましょう」
リオは喉の奥で小さく息を整えた。
胸の奥に、緊張と――少しの高揚が混じる。
戦場の“数字”に触れるということは、自分が隊の一部として本当に組み込まれていくということだ。
ナツの視線が、またすっと横から刺さる。
その冷静さが、不思議と指針に思えた。
決算期はすぐそこ。
株も戦場も、生き物みたいに騒ぎ出す時期だ。
リオはカップを置いて、静かに息を吸った。
新しい戦いがまたひとつ、始まろうとしている。
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。