第17話 背中を預ける夜、包まれる者
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あらすじ
神環ノ縁~和風ソシャゲのモブ神主に転生したので巫女たちと縁を繋いで穢れを祓います~ - 第17話 背中を預ける夜、包まれる者
本文
正円状の陣地が、風のなかで静かに発光していた。
北方・霞那郷外縁部。霊災封域とされていた濁岩渓谷へ突入したのは、八雲率いる小隊。だが、そこに並ぶのはたった五人。
それでも、崩れる気配はなかった。
「接敵。正面、霊喰い型。数は……十四。全部、寄せて」
響の声は小さく囁くようでいて、全員の鼓膜に確かに届く。霊環の共鳴音を通じた神技伝達。それを可能とする響の音霊視が、全方位の情報を瞬時に共有していた。
「十四、か……多いね。でも、やるよ」
レンが軽やかに指先を構えた。背に巻いた霊布がほどけ、両腕に絡みつく。これは、彼女の複合神技【多重式・絃環共振】の展開初動。
「玲、左面に誘導お願い。私は縦割りに封じて削る」
「合点承った! おい、虫ケラ共、こっちだよぉっ!」
玲が戦斧を担ぎながら霊喰い型に突撃する。が、彼女の動きは荒く見えて、計算されていた。真正面に突撃することで、敵を散らさず一方向に集束させる密集誘導の起点。
「神技、封奏・絃環、起動!」
レンが両手を交差させ、音が爆ぜた。
ギィィン!
刹那、霊布の端から張り巡らされた霊の弦が複層的に共振する。敵を包み込むように弧を描いた結界が、十四の異形をその場に固定した。
「……うふふ、絶好の解体日和ですね」
綾音が滑るように前へ出る。袂から符が舞い、空気に焼き付くように光条を描く。
「式札・八方封殺、刻印・螺旋律、御開帳」
バァンッ!
十四の霊喰い型の脚が、全て同時に断たれた。
「ふぅ、あとは、まとめて灰に」
「終わりにゃしねぇって顔してるな。トドメは、やっぱこうじゃなきゃな!」
玲が突っ込み、回転斬。その後を追うように、音が後方からぶつかる。
「響、お願い。閉じて!」
「……終響、余白封鎖」
静かな音が空気を削る。霊喰いたちの霊核が、一拍遅れて沈黙のように崩壊した。
終わった。
「掃討完了。反応、ゼロ」
響が呟き、戦場に風が戻ってくる。
◇ ◇ ◇
「……見事なものですね」
八雲は、後方の岩陰から呟くように言った。
手には六枚の霊符。三重結界と術流干渉による後方支援陣を張り続けながら、ただ守るために彼はそこにいた。
かつてなら、自ら剣を手に戦場に立っていた。
だが、今は違う。
「前に立つ理由も、必要も、もはやないのかもしれないな」
巫女たちは成長していた。
綾音は陣構成と制圧術の精度で神環系統と直接会話する域に達していたし、響の音霊操作は、すでに八雲の指示なしで対応可能な自律感応系統となっている。
玲は本能の一撃から仲間の意図に沿った殲滅軌道に技を切り替え、そして、レンは、複数神技のスイッチングを即応でこなす存在になった。
彼女たちはもう、俺が支える存在じゃない。
……俺が、追いついてない。
自分の役割が変わったこと。中心ではない場所にいることに、八雲は違和感ではなく、安堵と、わずかな寂しさを覚えていた。
……けれど、それでいい。いや、そうあるべきだった。
そう思いながら、疲労の混じった深い息を吐いた。
◇ ◇ ◇
夜。
風の抜ける音が、帳の奥でやけに静かだった。
簡素な仮設庵。八雲はひとり、机に向かっていた。
帳面には、今日対応した霊災の記録。レンと綾音による封印速度、玲の斬撃角度と接触時間、響の共鳴周波の偏移率。どれも良い結果だった。文句のつけようがない戦果。理想的な連携。
にもかかわらず、筆が止まる。
……問題は、ない。むしろ完璧に近い。
……けれど、それでも……この胸に滞るこの渇きは。
体の奥に、じんわりと沈殿している疲労。それは単なる肉体的なものではなかった。
……俺は、もう彼女たちを抱えない。
彼女たちが俺の前を歩き出した今、もはや俺は、ただ後ろにいるだけでいいのだ。
そう言い聞かせたはずだった。
しかし。
「……八雲さん、まだ起きてる?」
その声は、帳の向こうから静かに届いた。
八雲が振り向く前に、障子が少しだけ開かれ、そこから現れたのは、見慣れた長い髪の少女だった。
「……レン」
「もう、書き物はやめよ。……疲れてるの、わかってるよ」
レンの微笑は、明るく優しく、どこまでも女のそれだった。
「……いや、大丈夫だ。まだ、報告を」
「八雲様」
その言葉を遮ったのは、帳の向こうから歩み出てきた綾音の姿だった。
「本日は、戦闘・指揮・結界・調整……あらゆる負担を、すべて貴方がお一人で受けてくださいました」
そして。
「今夜は、我々がお返しする番ですわ」
帳が完全に開かれた。
そこに現れたのは。
綾音と並ぶ玲。その隣に、響が静かに佇んでいた。
「癒しの神技ってのはさ、別に戦場で使うもんだけじゃねぇんだぜ?」
玲はニヤッと笑いながら、八雲の目の前に屈み込む。
「夜の戦場にも、そろそろ対応しねぇとな?」
「……みんな、そろって……」
「うん。今夜は、四人で囲みに来たの」
レンがそう言ったとき、彼女たちの表情には、遠慮も、照れもなかった。
「あなたは、抱く人じゃない。今夜だけは、抱かれる人になってください」
綾音の言葉が、夜の帳を閉じる合図になった。
◇ ◇ ◇
布団の上。
八雲はそっと寝間着を脱がされながら、かつてない奇妙な感覚に包まれていた。
女たちが揃って自分のために奉仕する。
決して誇りではなかった。優越でもなかった。
ただ、愛されているという事実が、今の彼にとっては眩しすぎる現実だった。
「ふふ……なんか、八雲さんって感じがするね。頑張ってるくせに、甘えるのが下手なとことか」
レンがそっと手を握る。
「でも、今夜はもう、頑張らなくていいんだよ?」
八雲は、その手をきゅっと握り返した。
それが、唯一できた返事だった。
◇ ◇ ◇
その夜、男は抱かれるために横たわるということを、初めて理解した。
八雲の身体は、布団の上に仰向けにされていた。肩口まで脱がされ、掛け布は剥がされ、巫女たちの手によって、全身が包み込まれていた。
「……不思議ね、裸にされてるのに、怖くないなんて」
レンが小さく呟きながら、彼の手を優しく握る。
「大丈夫。今夜の八雲さんは、愛される側なんだから」
綾音が右脇に座し、そっと肩に手を添えながら、耳元に囁く。
「貴方の疲れ……全て、私たちが受け止めますわ。……今夜は、どうぞ全部、私たちに預けてくださいね」
吐息が耳殻をくすぐるたび、八雲の全身がわずかに震える。
「ほーら、あんたの弱いとこ丸出しじゃん。こっちは遠慮しねぇで、いっぱい可愛がってやるからよ」
玲は左側から身を乗り出し、八雲の胸元にそっと手を添えた。
「……わかってんだ。ここ……ちょっと触ると、すぐ反応するよな?」
「ん……っ」
声が漏れた瞬間、背後から、かすかな響きが届いた。
「……今の、いい音。もっと聞きたい……」
八雲の頭を膝に抱いたのは、響だった。両耳の間に、彼女の掌が添えられ、その指先から伝わる微振動が、脳の奥に伝わってくる。
「八雲さんの気持ちいい音、私、ぜんぶ録ってるから……」
響の囁きが、両耳から交互に注ぎ込まれる。
右耳:「ん……震えてる、でも拒んでない」
左耳:「もっと、奥まで啼いて……?」
聴覚と胸元、太腿と全身。全方位から与えられる愛撫が、八雲の理性を少しずつ溶かしていく。
◇ ◇ ◇
やがて、四人は静かに八雲を愛した。
それは、快楽だけでなく、癒しであり、信頼の証だった。
彼女たちは皆、最初は抱かれに来た。
だが今、与えに来てくれた。
「くっ……ああ……」
自分がどれだけ、守ることに拘ってきたか。与える側でなければならないと、思い込んでいたか。
けれど今、彼の身体の中には、確かに愛される快楽が染み込んでいた。
玲の手が、優しく髪を撫でる。
「いいぞ……その顔、悪くねぇ……」
綾音が、そっと頬に触れながら、低い声で囁く。
「貴方の全て、私たちが受け止めますわ」
響が、甘く名を呼ぶ。
「……八雲さん……力、抜いていいよ……」
そして。
四人の愛が、一斉に彼を包み込んだ。
八雲は。
ただ、愛されていた。
◇ ◇ ◇
静寂が、降りた。
それは、終わりではなかった。それは、ようやく始まったという実感に満ちていた。
「……はぁ……ん……ふ……」
レンが、ゆっくりと八雲の手を握りしめる。
「……すごかった……いっぱい、癒せたかな……」
その声は、誇らしげで、愛されていることを確信している女の響きを帯びていた。
「……八雲様、まだ……震えていらっしゃるのですね」
綾音がそう言いながら、そっと肩に手を添え、その余韻を優しく撫でる。
「恥じることはありませんわ。男として、巫女たちの全身に愛された証、ですもの」
玲が、八雲の胸元に顎を乗せ、軽く笑う。
「な? たまには甘えさせてやるのも悪くなかったろ」
「……っ……」
八雲は、返事ができなかった。できるはずがなかった。
満たされすぎた幸福に、口から言葉が出てこない。
そんな彼の顔を、頭上から見下ろすように、響が囁く。
「……八雲さんの、今の息、小さくて、あったかくて……とても綺麗な音だった」
耳元にかかった吐息が、鼓膜に優しく触れる。
「私、ずっと聞いてた。八雲さんが言葉を超えて気持ちよくなってく音、ね……?」
レンが笑いながら、八雲の手を取って頬にすり寄せる。
「ねえ……今夜だけは、私たちに言って。愛されて、嬉しかったって、言葉にして、ちゃんと受け取って?」
八雲の喉が、ごくん、と鳴った。やっと、少しだけ息を吸い、乾いた声で、ぽつりと呟く。
「……ああ……嬉しかった」
言い終わった瞬間、胸元の玲が、くい、と眉を上げた。
「じゃあ、明日からも頑張れそうだな?」
「……ああ」
「でも、顔がもう少し甘えてもいい顔だよ?」
レンがそう囁いて、頬に手を添える。八雲は思わずびくりと跳ねた。
「や、やめてくれ……今は……」
「ふふっ、抱かれすぎて弱くなった男の顔……いいよね」
「見た目は相変わらず冷静ぶってるのに、心の中は一番素直、ってやつですね」
綾音が意地悪く笑い、響が少しだけ息を吐きながら、ぽつり。
「……たぶん、私たちの誰よりも、感じやすいと思う」
「や、めろ……本当に……」
頬が熱を持つ。目の奥が霞む。けれど、なぜだか涙の代わりに、笑いが、溢れた。
「……まいったな……」
そう呟いた声は、ほんの少しだけ震えていたが、どこまでも、穏やかだった。
◇ ◇ ◇
こうして、抱く者と抱かれる者の立場が反転した夜は、快楽だけでなく、信頼のやり取りとして彼らの心に刻まれていた。
八雲は知った。
彼女たちを守ってきた日々が、守られ返される関係として実ったことを。
それが、中心でなくとも愛される資格を証明していた。
そして、その全身に残された愛の余韻は、ひと晩かけて、彼を静かに包み込みつづけた。
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