第27話 特別の価値と普遍の価値
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
神環ノ縁~和風ソシャゲのモブ神主に転生したので巫女たちと縁を繋いで穢れを祓います~ - 第27話 特別の価値と普遍の価値
本文
報せは、陽が傾きはじめた神環神社の奥、書院の間に届けられた。
政庁の伝令は息を切らし、床几の上に置かれた文書を、八雲の前へと差し出した。
「……綾小路家、動き始めたか」
八雲は巻き紙を開き、そこに記された偵察報告を一読する。綾小路壮馬の名は明記されていなかったが、霊装と結界印の配備、そして兵の再招集。その全てが、挙兵の意図を隠しきれていない。
「想定より三日早いな」
ぽつりと呟く。
綾音は隣で静かに息を吐いた。
「やはり……止められなかったのですね。あの方は」
「壮馬くん自身が原因ではないよ。……彼を取り巻く構造が、彼を止まらせないように設計されてしまっていた」
八雲の声は静かだった。
都の貴族たちにとっては、驚く報せであったかもしれない。しかし、八雲にとっては予定通りだった。一ヶ月以内に綾小路家は再び兵を挙げる──そう貴族会議で進言し、既に議場で共有済みだったのだ。
だが、そこからの彼の行動が、すべての者の想定を裏切ることになる。
八雲は立ち上がると、障子の外へ声をかけた。
「壱香、双葉、散華──入ってくれ」
三人の巫女が控えていた。彼女たちは神環の巫女であり、そして今、壮馬と共に戦い、神技を高め合った者たち。
彼女たちが室内に並んだところで、八雲は告げた。
「……君たち三人には、綾小路家に向かってもらう」
一瞬、空気が止まった。
「えっ……?」
壱香の声がかすれた。双葉は戸惑いの表情を隠せず、散華の眉がぴくりと動いた。
「君たちは、壮馬くんと共に、都と戦う先陣として立ってもらう」
はっきりと告げたその言葉に、今度は明確な動揺が広がった。
「ま、待ってくださいお兄ちゃんっ、それって──うちらが都と……お兄ちゃんと、戦えってこと……?」
「ちゃうやろそれ……!?」
「……何考えてる」
散華が低く呟いた。だが、八雲は微笑すら浮かべるようにして、三人を見渡した。
「戦ってほしいんじゃない。……支えてほしいんだ、壮馬くんを。……もし、彼が止められなかった責任を感じて、自分の命で償おうとしたら、君たちに、それを止めてほしい」
三人は息を呑む。壱香が、言葉を失ったように口を開けかけ──そのまま膝をついた。
けれど、すぐに拳を握り締めて立ち上がった。
「……お兄ちゃん。……わかったよ」
八雲の目をまっすぐに見つめて。
「お兄ちゃんが信じろって言って、裏切られたことなんて、一度もない。……だから、あたし、信じる」
双葉が小さく震える声で続いた。
「壮馬ちゃんが……誰かを殺さないように……殺されへんように……うちは、うちの手で守る」
散華は少しだけ顔を背けた。
「……気に入らないが。命令なら、従うよ。……止めに行く。アイツも、自分自身も」
八雲は静かに頷いた。
「ありがとう。君たちにしかできない役割だ。……君たちが共にいることで、彼の進む道が、少しでも変わってくれることを願う」
その声は、どこまでも静かで、穏やかだった。
だが、その穏やかさの底にあるものを、誰よりも綾音は知っていた。
そしてこの後、レンたちが問い詰めに来ることも、すでに分かっていた。
◇ ◇ ◇
神環神社・渡り廊下の奥、霊流が交差する一角。八雲が壱香たち三人を送り出した直後、予想通りに三人の巫女が現れた。
レン、玲、響。
綾音を含む、四人は誰も言葉を発さなかった。だが、その眼差しが何を問うているかは明白だった。
最初に動いたのは玲だった。
「……あいつらを戦に出すとか、どういう了見だよ、八雲」
噛み殺すような声音。八雲はその怒気を受け止めるように、目を伏せ、そして微笑んだ。
「彼女たちでなければ、できないことがある」
「それが壮馬くんを先頭に立たせて進軍させるっていうの?」
レンの声は、玲とは違う種の震えを含んでいた。悲しみとも怒りともつかない、混じり合った感情。
「都と戦わせるなんて……やり方が違うよ、八雲くん」
綾音は沈黙を守っていた。だが、彼女の目だけは、まるで一振りの刃のように、八雲の言葉の真意を切り取ろうとしていた。
その静けさの中で、ぽつりと響が呟いた。
「……何か考えがあるんだよね? そういう音が聞こえる」
問われた八雲は、ようやく口を開いた。
「俺自身も長い間、軽く見過ぎていた。普通の世界において世界に一人だけの特別なんて、確かにこうなるのは必然だ。まして、何も考えずに無邪気に力を発揮してしまえば、壮馬くんが善良であればあるほど、周囲は放っておくことはない」
八雲はこの世界に生れ落ちてから、誰よりも特別な存在を渇望し、レンと出会った。その特別な存在を助けることに希望を見出していた。元の世界の自分が、特別とは程遠い存在であったからこそ、神環ノ縁というゲームの中の特別に傾倒した。
しかし、今やるべきことは唯一つ。
「……壮馬くんが特別な存在じゃないことを、知らしめる」
その言葉に、四人は動きを止めた。八雲がそう考えるであろうことは、想像は出来ていた。
そして誰が相手であろうと──
例え、壱香たちが悲しむことになろうとも──
八雲の為に壮馬を対処する覚悟も四人は持っていたのだ。
だが、続く八雲の言葉は彼女たちの想像だにしないものだった。
「でもそれを示す側が、特別であっては意味がない」
「……何を言ってるの?」
レンの声がわずかに震えた。
「それって矛盾してる……特別じゃないことを証明するためには、特別な存在を超える力が必要でしょう?……」
玲も眉をひそめる。
「おまえは常々、自分は特別じゃないって言ってるけど、どうみても、誰よりも特別だよ。レンなのかもしれないが、お前が繋いでいるからこそ、いまのあたしたちの力となっている。誰にも負ける気なんかしねえ」
響はただ八雲を見つめていた。問いはない。けれど、その理解できなさが、視線から伝わっていた。
その全てを受け止めて、八雲はふっと笑った。
「──確かに誰よりも、この世界の主人公が特別であることを信じ、そのために生きてきた俺が、その特別を潰す側に回るというのは、皮肉だよな」
誰も言葉を返せなかった。
「でも、ようやく思い出せたんだ。……俺が何者だったかを」
その言葉には、確かな重さがあった。
「俺は、生産技術者だった。作っていたのは、誰でも扱える仕組みだ。属人性を嫌い、奇跡を排し、再現性を保証する工程を追い求めてた」
「特別じゃなくても、使える技術。誰か一人の英雄がいなくても、世界が回るようにする仕組み。……それが、俺が元いた場所でやってきた。そして二十年の間、この世界でも準備に費やした価値観だったんだ」
レンが、小さく息をのんだ。
「……それって……」
八雲は微笑んだ。
「特別だと信じていなければ、難しい話ではなかったんだ」
そのまま続けた八雲の説明に四人は息を呑む。
「そんなことが……」
綾音でさえも、八雲の話を聞いて驚きを隠せなかった。
いったいこの人は何者なんだろうか、と。話を聞いていてすら、そういう思いが心に浮かんでくる。
「本当に皮肉ですわね。……正直、馬鹿にされているのでないかと穿ってしまうほど貴方自身が特別としか感じられませんわ」
そんな綾音にすまない、と苦笑する八雲だった。
◇ ◇ ◇
神環都・南門。その先に広がる丘陵地帯を覆うように、朝霧がたなびいていた。
鳥の声すら遠ざかったその静寂の中を、ひとつの軍勢が進んでいた。
先頭に立つは、綾小路壮馬。その横に並ぶのは──神環壱香、風積散華、黒岩双葉。
綾小路家の私兵たちは、彼らを中心に半円を組むように展開していた。人数は精鋭三十名足らず。それでも、各人が神技付与を受けた異能の戦術兵であり、彼らを動かすのはただの命令ではない──信仰だった。
壮馬の姿は、明らかに以前と違っていた。
痩せていた。目の下には深い隈。だが、その瞳の奥には、それでも進まなければならないという強い意志が宿っていた。
そして、彼の傍らに立つ三人の巫女は、その姿を支えるように歩いていた。壱香の瞳は一点を見据え、散華の口はいつになく硬く閉じ、双葉の背筋も凛と伸びていた。
彼女たちは同行者ではなかった。この戦いにおける、止めの楔として、そこにいた。
都門の上、白き標旗が静かに揺れている。
やがて、門が開く。
そこに姿を現したのは、黒衣の神職装束をまとう男──神環八雲。
そしてその背後に、軍列はなかった。
──ただ、八雲一人のみ。
門の左右には防衛兵が控えていたが、八雲自身が率いている都軍は姿を見せていなかった。そこに、レンも、綾音も、玲も、響もいなかった。
壮馬の目がわずかに揺れた。
そして、張り詰めた声が都門前に響き渡った。
「八雲さん──!」
声が割れ、やや枯れていた。それでも、叫ばずにはいられなかった。
「どうして……! どうして僕をここへ連れてきた!? どうして、終わらせてくれなかった!?」
拳を握り、歯を食いしばりながら、壮馬は続ける。
「あなたは……! 僕が止められないって、分かってたんでしょう!? このままじゃ、また争いになるって……分かってたのに……!」
八雲は静かに彼を見つめていた。
目に怒りも、拒絶もなかった。ただ、深い静けさ。
そして、静かに口を開く。
「そうだ。君たちが止まらないことも、君が自責に駆られることも、全部分かっていた」
壮馬は言葉を失い、震えたまま沈黙する。
八雲は歩みを一歩、前に出た。
「……でも、壮馬くん。そんなことをしても、意味がないってことは──」
彼は言葉を区切った。
その視線は、まっすぐ壮馬の瞳を射抜いていた。
「──この一ヶ月で、君自身が一番よく思い知ったはずだ」
朝霧の中、すべてが静かになった。
都の門の前で、世界が言葉を失ったような一瞬。
そして、壮馬の背に立つ三人の巫女の視線が、ふと彼の背を見つめる。──問いかけるように。──あるいは、届かない何かを、祈るように。
それは、特別にされた者が、それでも普通を選ぼうとする時。その痛みと覚悟を、静かに照らす場面であった。
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。