第26話 旗印は熱狂を好む
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あらすじ
神環ノ縁~和風ソシャゲのモブ神主に転生したので巫女たちと縁を繋いで穢れを祓います~ - 第26話 旗印は熱狂を好む
本文
都・政庁第二会議室。白漆の壁に囲まれ、結界水晶が淡く光を放つ密閉空間。
ここは、霊災発生時や重大政変の際に限り開かれる非常会合の場だった。会議卓を囲むのは、都貴族連の中でも発言権を持つ一握りの高官たち。その中央に、神環八雲の姿があった。
「──綾小路家の武装展開は、もはや偶発の域を超えております」
口火を切ったのは、左衛門尉家の当主・北白川篤政。都法制定委員としても知られる老獪な官僚貴族である。
「すでに五十騎を超える騎兵が南関門へ集結し、第一周辺区の封鎖が始まっております。これは明確な挙兵。口実がどうであれ、都へ牙を向けた時点で討滅の対象となる」
別の男が口を挟む。
「……その口実を与えたのは、我々だということを、お忘れなく。綾小路壮馬の拘束が、彼らの主張を正当化させた」
重く沈んだ空気が卓を包む。
「とはいえ、今さら手を引けば、都の威信に関わる。討たねば示しがつかぬ……それが、我々の共通認識でよろしいか?」
全員が頷く。その光景は冷静というより、冷淡だった。
八雲はそのやり取りを黙って見ていた。彼の前に置かれた一枚の文書──それが都軍特別編成討滅部隊・指揮任命の通達だった。
「……皆様のお気持ちは理解致しました。その上で私を選んだ理由を聞いても?」
八雲の静かな問いに、老貴族たちは目を逸らすことなく、正面から向き合った。
「まず第一に、神環様──あなたの立場は、貴族でも軍属でもない。それゆえに、どの家にも中立として信頼されやすい」
「第二に、あなたがこの二十年、都へ果たしてきた功績を我々は重く見ております。神環構造の安定、霊災対策の整備、巫女制度の再興。あなたが都に与えたものは、計り知れません」
八雲は聞いていた。まるで感情のない、帳簿の収支報告のような賛辞を。
「そのあなたであれば、此度の苦難も必ずや解決して頂けると信じています」
つまり、これまでの献身から綾小路家を討滅したとしても手柄を誇るような真似はしない、ということを言いたいわけだ。
──それは、あまりにも合理的で、あまりにも打算的な選択だった。
八雲は、文書を一度だけ見下ろし、そっと指でなぞり、告げる。
「……御期待に添えるように努力致しますが」
八雲は続ける。
「お願いがあります」
八雲は顔を上げた。声は低く、しかし明瞭だった。
「綾小路壮馬との対面を許可してほしい。最低でも、出陣前に直接話をさせていただきたい」
「……理由を聞いても?」
「綾小路家を一族郎党皆殺しにするというならいざ知らず、そうでなければ彼を捕えたまま戦をしたところで禍根を残すだけです。それは皆さまの本意ではないでしょう」
会議室の空気が、わずかに揺らいだ。
それは、壮馬の神技にこそ希望を見出して綾小路家は、戦端を開こうとしている。その此度の戦の前提を覆す話であったからだ。
「……つまり、壮馬殿があちらで力を振るっても神環様は勝てる、と?」
北白川篤政が口を開く。
「僭越ながらそういう話をしております」
どよめきが走る。八雲の知恵と無欲は誰もが認める一方で長き修練を終えた実力者であれど、その能力そのものは卓越したものではなかったからだ。だからこそ、全権を渡しても問題ないという判断に繋がっている。
だが、ここは八雲の長年の信頼が勝った。
「直ちに整えさせます。拘束中の綾小路壮馬殿と、あなたの対面は、明日未明。神環都拘禁区・第二法結界室にて」
その声には、八雲の正義を試すような冷笑が混ざっていた。
それすら、八雲は飲み込んだ。
「……感謝します」
頭を下げる。
◇ ◇ ◇
神環都拘禁区・第二法結界室。
高位霊障対策のために造られたこの部屋は、外部との霊圧接続がすべて遮断される特殊結界で構成されていた。重く閉ざされた結界門が開かれ、八雲はゆっくりと足を踏み入れる。
部屋の中央には一人の男が座っていた。
綾小路壮馬。
結界符の刻まれた拘束具を両手に付けられたまま、それでも姿勢を崩さず、静かに八雲を見ていた。
「……八雲さんですね」
壮馬は立ち上がり、深く頭を下げる。その動きには、威圧も卑屈もなかった。ただ静かな礼節があった。
「壮馬くん。……こんな形ですまない」
八雲も応じるように歩み寄り、一定の距離を保って対面に腰を下ろす。霊障対策の霧壁が、両者の間にうっすらと立ち込めていたが、視線は正面で交差していた。
「壮馬くん。君は、いまこの状況を……どう受け止めている?」
八雲の問いに、壮馬は一拍置いて、口を開いた。
「正直に申し上げて、理解はしています。……ただ、僕はそんなことにこの力を使う気はありません」
理知的で、冷静な返答だった。
「都が僕を神技を使える男として危険視していたこと。綾小路家が僕を旗印にしようとしていたこと。そして、都が先手を打って僕を拘束したことで、家が挙兵したこと……」
壮馬は目を伏せた。
「……それも全て僕がそんなことはしない、と誓えば済む話です。誤解は解かれるべきです」
八雲は、彼の言葉の一つ一つを噛み締めるように受け取っていた。
「だから、どうか……僕に時間をください」
それは、ひどくまっすぐな言葉だった。
まるで、己がどれほど周囲に影響を与える存在であるかを自覚しきれていないかのように。
「……君は、純粋だね」
八雲の声には、ほんのわずかな苦味があった。
「君が説得できると言ってくれるのは、きっと本心なんだろう。……でもな、壮馬くん」
八雲は、少しだけ前に身を乗り出す。
「君が特別だからこそ、そうはならないんだ。君は特別な存在だ。それは恐らく誰よりも俺がそう思っている。物語の主人公がどう振舞おうが、物語は進んでいくんだ」
壮馬の目が、静かに見開かれた。
「……そんなつもりは……」
「つもりじゃないんだ」
八雲の声は、鋭くも、優しかった。
「君は存在そのものが、火種になってしまってる。君が神技を写し取ったあの日から、世界の一部は君を聖人として扱い始めた。いや、すでに君はこうなることを予見させしていたはずだ」
壮馬の胸に子供の頃から父母、一族より言われた言葉が思い返された。
「君自身が、君ありきだと思い込んで、自分が動かなければ何も問題はない、そう思っているのはわかる。だが君が何もしなくても、彼らは勝手に熱狂して、勝手に動く」
沈黙。壮馬は、そのまま口をつぐんだ。
「君の言葉に嘘はない。……だが、君が自分の存在の影響を知らないまま動けば、それはどう転んでも熱狂を生むことになる」
八雲は立ち上がる。
「だから、君を解放する。君の一言は、神託として扱われることを意識してほしい。いまの綾小路家にとっては、特にね」
壮馬は立ち上がり、深く頭を下げる。
「肝に銘じます。……ありがとうございます」
その背に、八雲は目を細めた。
……だが、それだけじゃ足りないんだ。君は、止められない。それを、俺はもう分かっている。
八雲のまなざしは、壮馬ではなく、その先をすでに見据えていた。
◇ ◇ ◇
拘禁を解かれた壮馬は、八雲の要請により、神環の特使扱いで一時的な釈放となった。その護衛と引き渡しを担ったのは、八雲自身と綾音であった。
都外縁の中等結界線を越えたあたりで、綾小路家からの迎えがあった。黒衣に身を包んだ私兵たちは、壮馬の姿を目にした瞬間、無言で膝を突いた。
「……壱公子様、お戻りを──」
そして、誰からともなく、声が上がる。
「神に選ばれし、継承の御方!」
「綾小路の血にして、神技を写す者──霊の声を継ぐ導き手!」
最初の一声は控えめだった。だが、それは次第に拡がり、やがて地を揺らすような歓声に変わっていく。
壮馬は戸惑いながらも、それに丁寧に頭を下げた。
私兵たちが囲む中、彼はその中心に祈りの像のように立たされた。まるで、本人の意志など関係なく、存在そのものが信仰の核にされているような錯覚すらあった。
八雲は少し離れた地点から、その光景を見ていた。綾音も隣に立ち、その様子に眉をひそめていた。
「……まるで、神の依代ですわね。本人がどう在るかなど、彼らには関係がない」
「うん。彼はもう、人ではなくなっている。……求められているのは、彼の言葉でも、力でもなく、象徴としての存在だけだ」
八雲は視線を逸らさず、静かに言葉を続ける。
「……だから、止められない。彼には。彼がやめようと口にすれば、それは試練だと解釈される。戦を止めろと言えば、敵を赦す慈悲として讃えられ、結果的に逆効果になる。それほどまでに、彼は既に崇拝される器にされてしまっている」
「では……」
綾音が息を呑む。
「また、戦が始まると?」
「……遅かれ早かれ、必ず」
八雲は、確信とともにそう告げた。
その目に、迷いはなかった。ただ一つ、重く静かな未来を見据えていた。
「綾音。……俺は、これを放ってはおけない。止めなきゃならない。次の戦を、起こさせないように」
綾音は頷いた。その目に、彼と並び立つ意志を宿して。
彼らの視線の先では、壮馬が私兵たちに囲まれながら、緩やかに綾小路邸へと戻っていく。その後ろ姿は、あまりにも静かで──だが、確実に熱狂の中心にいた。
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