第29話 その血、ひとつの継ぎ手
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あらすじ
神環ノ縁~和風ソシャゲのモブ神主に転生したので巫女たちと縁を繋いで穢れを祓います~ - 第29話 その血、ひとつの継ぎ手
本文
午後の光が斜めに差し込む神環神社の奥書院。八雲は正座したまま、盆に置かれた湯呑に手を添えていた。
障子越しに風の音がする。その向かいに座る綾音は、手元の文書を丁寧に畳みながら、いつものように一息を置いてから話し始めた。
「……綾小路家への処分について、正式に決まりました。都からの勅命文がこれです」
八雲は受け取った巻紙を開くことなく、ただ頷いた。
「重罪ではなかったんだな」
「表向きは、ですわね。実際には都貴族の多くが、あなたの功に免じて、重い断を避けたのだと見ていいでしょう」
綾音の声には皮肉も同情もなかった。事実を事実として語る女の声音。
「壮馬さんは、都の預かりとして正式に登用されます。名目は、穢れ処理部隊隊長代理──要するに、都のために尽くせということですわ」
「……まあ、彼の力を良きものとして認めさせるには妥当な判断だ」
「ええ。ただ、彼の強さが現実に求められているのも事実。最近、周辺の穢れの出現頻度も、強さも増していますから」
その言葉に、八雲はふと目を伏せた。
「壱香たちも神環神社預かりとなっているので壮馬くんの元へ向かわせよう。実際に彼らは四人揃えば現状において最高戦力に近い」
それに、と言葉を八雲は続ける。
「……地脈の流量が増えている」
「……?」
綾音がわずかに眉を動かす。
「結界網を巡回して確認した。都への霊脈還流量は、一年前に比べて約三割増してる。霊的濃度が上がった分、巫女たちの神技出力も上昇してる。だが……穢れの質も上がっている。明らかに」
八雲は言葉を区切りながら、厳しい表情を浮かべた。
「都の結界では、霊力を流し込む方向を制御することで神技の封印は実現できた。ならば、穢れの発生そのものを抑える構造は作れないか……」
「構造制御による穢れの封殺、ですか……」
綾音は、その無謀さを指摘しない。ただ、一つ頷き、言葉を継いだ。
「それと、少し相里家のことでお話がございます」
八雲が顔を上げる。綾音は表情を変えぬまま、静かに続けた。
「ここ最近、都内の貴族の間で……相里家は神環八雲を婿として取り込み、都の権力を握ろうとしているという声が、広がっているようですわ」
「……それは、神職で神環神社を担う俺が婿入りは出来ないことなどわかっているだろうに、ずいぶんと飛躍した話だな」
八雲は呆れながら言うが、一方でそんな噂が出てしまうほど綾音との繋がりは事実、濃密なものとなっている。今回の行動のお膳立てもほぼ、相里家の全面協力があってこそだ。
「綾音には、面倒ばかりかけている。……少し、距離を置いた方がいいのかもしれない」
その言葉に、綾音は初めて、ふっと微笑んだ。
「むしろ、逆ですわ」
「……逆?」
「相里家には、長女の私しかおりません。名家とされながら、次代を担う者がいないというのは、致命的。いずれ、婿をとは言われていたのですが、私にはそんなつもりはありません。ですから、婿を取らずに相里家の次代を繋ぐ必要がございます」
八雲は眉をひそめた。
「……つまり?」
「子を、成しましょう。あなたと、わたくしの」
あまりに静かな声だった。
けれど、それは確かに告白でも甘えでもなかった。明確な、提案だった。
「……綾音」
「あなたに感謝しております。尊敬も、愛も、信頼も、すべてを捧げてきました。その証として──あなたの子を、授かりたいのです」
八雲は、返す言葉を失った。
綾音は立ち上がる。そして、たった一歩だけ八雲に歩み寄り──その手を、そっと取った。
「……都の貴族たちが、婿には取れないまでも、自家の娘を貴方様の元へ送り込むようになるのは時間の問題。しかし、相里家の娘がすでに真っ先に子を授かっていることが伝われば、そんなことはなくなるでしょう。そういう連中を牽制するには、明確な事実が必要なのです」
「つまり、成してしまえば……」
「ええ。それが、最も効果的な証ですわ」
八雲は綾音の手を握り返した。その手は、温かく、確かな意志を持っていた。
「……わかった。君の望むなら、俺は応えよう」
綾音の頬が、わずかに紅潮する。
「ありがとうございます、八雲さま」
その声音は、祈りのようであり、誓いのようであった。
◇ ◇ ◇
夕刻。
神環神社の奥座敷に、静けさが満ちていた。
八雲と綾音は、並んで座っていた。二人の間には、もう言葉はなかった。ただ、互いの存在を確かめ合うように、手を重ねている。
綾音の黒髪が、夕日に照らされて艶やかに輝いていた。その横顔は、いつもの凛とした姿とは少し違う、柔らかな表情をしていた。
「……本当に、よろしいのですか」
八雲が、静かに問う。
「ええ。これは、わたくしが選んだ道ですから」
綾音は微笑んだ。その微笑みには、迷いも後悔もなかった。
「あなたと共に歩む道。それが、わたくしの望みです」
八雲は、綾音の肩を抱き寄せた。そして、額を寄せ合うようにして、しばらく静かに寄り添っていた。
二人の間には、言葉以上の何かが通じ合っていた。信頼と、愛と、そして未来への誓い。
夕日が沈み、部屋が暗くなっていく。けれど、二人はそのまま寄り添い続けていた。
時が過ぎ、夜が深まる。
やがて、綾音が八雲の胸に顔を埋めるようにして、小さく呟いた。
「……ありがとうございます。八雲さま」
その声には、深い満足と安らぎが込められていた。
八雲は、綾音の背をそっと撫でた。
「……一人で背負わせて悪かったな」
「違いますわ。八雲さまが背負ってきたから、わたくしが選べたのです」
しん、と静けさが落ちる。
ふたりの呼吸だけが、室内を満たす──そんな静謐の中。
◇ ◇ ◇
翌朝。
八雲が目を覚ますと、隣には綾音の寝息が聞こえていた。
彼女の穏やかな寝顔を見て、八雲は静かに微笑んだ。そして、そっと起き上がり、身支度を整える。
障子を開けると、清々しい朝の空気が流れ込んできた。
──その時だった。
──ぴぃ、と。
結界の鈴が、わずかに揺れた。
そして、八雲の脳裏に直接、言葉が響いた。
『……八雲さま、至急ご報告を。神環南方、旧祭場跡地にて、霊脈断層に異常発光。穢れ反応、確認。規模……かつてない領域級です』
発信源は、神環都霊災観測部の上位巫術帯──正式な緊急報だった。
八雲は、ゆっくりと立ち上がる。
「……波はあると思っていたがこの規模か。結界逆流の副作用か、それとも地脈そのものの異常か……」
背後で気配がして、振り返ると綾音が目を覚ましていた。彼女は素早く身を起こし、髪を整えながら問う。
「……何かありましたか?」
「大規模な穢れ発生の報告だ。すぐに対応しなければならない」
「準備を進めましょう。レンさん、玲たちにも伝えます」
「頼む、俺も結界構築用の準備をする」
二人は視線を交わし、小さく頷き合った。その目には、昨夜の余韻と共に、新たな決意が宿っていた。
八雲は身支度を整えながら、窓の外を見た。
この時はまだ、この大規模な穢れ発生の企図するものが何かは、八雲も思い至っていなかった。
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