エピローグ「袖すり合うも他生の縁」
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
神環ノ縁~和風ソシャゲのモブ神主に転生したので巫女たちと縁を繋いで穢れを祓います~ - エピローグ「袖すり合うも他生の縁」
本文
目が覚めたとき、部屋はまだ薄暗かった。窓の外にはほとんど色のない世界。
山本祐一は、床に崩れたままの姿勢で目を開いた。
作業着のまま、布団にも入らず。仕事帰り、アパートのドアを閉めた瞬間に意識が落ちていたらしい。
ああ、と小さく呻きながら、首を回す。
「……やべ、またそのまま寝落ちかよ……」
昨日、夜勤明けそのまま不具合対策の報告書を作成しながら、会社のデスクに頭をこすりつけて寝入ってた自分。回りから頼むから帰ってくれ、死なれたら困ると気遣われ、帰った途端に寝落ちしたらしい。
スマホを開き時間を見る。午前四時前。空は夜と朝の狭間に沈黙していた。
だいたい寝落ちしたら9時前まで目が覚めず、起きて、慌てて、工場へ向かう祐一が、こんな時間に目が覚めるなんて珍しい。ぼんやりとした意識の奥に、夢の気配が残っていた。
しかも、妙にはっきりしていた。
……なんかすごい、美人な巫女たちとハーレム状態だったような……
額を掻きながら苦笑する。
「……三十八にもなって見る夢じゃねーよ……」
呆れ半分、照れ半分。けれど、夢の中の彼は妙にカッコよかった。自分とは思えないくらいに──
夢から引きずられたように、祐一はスマホを手に取った。布団に行く気も起きず、冷たい床の感触に少し身を縮める。
SNSを開いて、無意識のうちにフォローしているアカウントをチェックした。
成人向けR18ソーシャルゲーム『神環ノ縁』の公式広報アカウント。激務で荒んだ日々の中、彼にとってのささやかな癒しであり、サービス開始から一年、忙しすぎて使い道の無い金を注ぎ込んでいたゲームでもあった。
通知に埋もれていた新着ポストをようやく見つけて、タップする。
「……来たか……!」
小さく声が漏れた。
一周年記念ガチャの告知。キャラクター追加情報がようやく公開されていた。
一人目は、ナビゲーターとして最初から共にいた「神環壱香」。
「やっぱり、壱香ちゃんは来たか!」
このストーリーで伏線があり、戦えないナビゲーターキャラクターだった神環壱香の実装はゲームの攻略wikiの雑談板でも確実視されていた。
添えられていたサンプルボイスを再生する。ゲーム中ずっと付き添ってくれた、馴染み深い可愛らしい声でほっと安心する。
この手のゲームだとナビゲーターキャラは声優の都合でR18シーンをきっかけに声優が変わること珍しくないのだ。
そして、画面をスクロールしていくと──
二人目のキャラクター名に、祐一の指が止まった。
柊ユリ(CV:陽ノ宮レン)
「……柊ユリ……?」
初出の名前だった。だが、その説明文に目を滑らせた瞬間、祐一の眉が動く。
現在は滅びた柊家の伝説の巫女。
だが、その力と名前は、水鏡志乃に受け継がれた。
「志乃……って、あのショップの子か?」
神環商店のNPC。プレイヤーの拠点となるあの可愛いショップ店員。特にイベントがあったわけでも、声もついていなかった。けれど、見た目も雰囲気も良く、ファンが多いことは知っていた。
「まさかのモブが周年SSR昇格……マジかよ……展開が熱すぎんだろ……」
祐一の心が跳ねる。壱香はもちろん欲しい。でも、志乃も欲しい──
意気込んだその流れで、柊ユリのサンプルボイスを再生する。
数秒。
その声が、スピーカーから流れた瞬間──祐一の背筋に電流が走った。
「……え……?」
どこかで聞いた。確実に聞いた。ゲームでもない。ASMRでもない。もっと、ずっと前。
記憶の奥から、震えるような声が蘇ってくる。
「……まさか……この声は……?」
祐一は、SNSの自分の過去投稿を検索する。数年前のログが、すぐに見つかった。
『この朝比奈 美央さんって声優さんの演技すごくね? 恐怖を感じて上ずる声、めっちゃ心に来た』
祐一は、小さく息を呑む。
指先が自然と、画面を操作していた。陽ノ宮レンと検索バーに打ち込み、DL販売サイトへ飛ぶ。
表示されたのは、いくつかの成人向け音声作品。その中にあるシリーズもののひとつを、ためらいながら開く。
祐一は思わず、ひとりごちる。
「……マジで……?」
どれもタイトルはあざといほど甘ったるく、カバーイラストもあざとく、声優名に陽ノ宮レンの文字が踊っていた。
震える指でサンプルを再生する。
そして──
耳に触れた瞬間、身体が固まった。
「……あっ……これ……」
微細な吐息、繊細なトーン、息継ぎのタイミング。ふとした拍子に素へと落ちる音のゆらぎ。
祐一は、知っていた。
間違いなかった。数年前、名もない役でモンスターに殺される女の子を演じた、あの感情の震えと魂の軋みを声に乗せた演技──
まさにそれだった。
「……やっば……これ…やばいだろ……」
ため息まじりの言葉が、口から零れた。
次の瞬間、ダウンロードボタンを押していた。
一作品、二作品、三、四……気づけばカートにすべてを入れるを選んでいた。
「やっちまった……明け方から全部大人買いかよ……」
そう言いながら、頬が緩む。
けれど、不思議と後悔はなかった。
◇ ◇ ◇
カーテン越しに夜が明けかけた空が白んでいた。
祐一と同じころ、陽ノ宮レン──朝比奈美央は、ベッドの上で丸くなりながらスマホを握っていた。
昨日の夕方、待ちに待った新規実装の情報が出た。『神環ノ縁』一周年記念。自身が声を務めた柊ユリの公開ボイスがSNSにアップされたのだ。
リポストして、投稿を固定に設定して──
……見てくれたかな、あの人。
ブックマークのフォルダを開こうとした、その時──
スマホの通知が立て続けに鳴った。
”ブラック半導体マンさんが、あなたのポストをいいねしました。”
”ブラック半導体マンさんが、あなたのポストをリポストしました。”
ブラック半導体マンさんが──
「っ……」
スマホの画面にその名前が連なって表示されるたびに、美央の胸の奥がじんわりと温かくなっていく。
興奮冷めやらぬであろう、彼の自分への称賛のポストが誤字混じりでどんどん増えていく。
頬に指先が触れる。気づけば笑っていた。
「……もう、にやけるなってば……」
このアカウント──陽ノ宮レンとしての名義は、ASMR作品で知名度が少しずつ伸び始めていた。
誰にも褒められず、居場所のなかった頃からは想像もつかない反応。
けれど、その前から自分を見つけてくれた彼が、今──私を見つけてくれた。
あの頃、心から欲しかった言葉をくれた人が、ちゃんとここにいた。
……今なら、フォローしても……恥ずかしくないよね。
そっと、"ブラック半導体マン"のアカウントのフォローボタンを押す。
そして、誰にも届かない声で、小さく呟いた。
「あなたのおかげで、ここまでがんばれたんですよ……」
スマホの画面を閉じて、胸元にそっと当てる。
◇ ◇ ◇
それから四時間ほどの微睡がすぎた朝九時過ぎ、朝の陽が部屋の壁を照らし始めた頃。朝比奈美央のスマホが震えた。
事務所からの連絡だった。
『華都アニメーション制作の最新作、全国放送子供向け番組。新レギュラーキャラクターのオーディション枠に空きが出たため、御連絡しました』
最初、目を疑った。名前を聞けば誰でも知っている大作だった。
続くメッセージに、音響監督との懇親会も開催される予定と書かれていた。
……ああ。
以前なら、喉から手が出るほど欲しかった。何でもするから仕事が欲しい、と嘆いていた日々。そのすべてが、この文字列の中に詰まっていた。
けれど、美央は指を止める。
SNSのコメント欄には陽ノ宮レンを褒めてくれる言葉が並び、そしてフォロワーの中には、もう見慣れてしまった名前がある。
ブラック半導体マン。
今の自分を、ちゃんと見てくれる人がいる。そして、好きだと言ってくれる人がいる。
美央はスマホを持ち直し、事務所へ返事を送った。
「今回は仕事が入ったばかりなので、見送らせてください」
自分でも驚くほど、すぐに打てた。
焦りは──もうなかった。
たとえ子供向けアニメのレギュラーという夢が、自分の人生のどこかで叶わないとしても。
今の自分は、誰かの耳の中でちゃんと生きている。
それが、こんなにも温かいものだと知ってしまったから。
◇ ◇ ◇
陽が少し高くなった頃、美央はベッドの上に胡坐をかいたまま、自分のスマホを再び手に取った。
アカウントを切り替え、フォロー欄を確認する。
そこに、今朝がたに追加されたばかりの名前があった。
──ブラック半導体マン。
相変わらず、プロフィールもアイコンも無骨なままだった。少し前までゲームや仕事の愚痴が並ぶタイムラインに、陽ノ宮レン、彼女のポストが、ひたすらリツイートされ、並んでいる。
それを見た瞬間、美央の喉の奥が少し熱くなった。
ずっと、欲しかった言葉だった。ずっと、届かなかった言葉だった。
それが、ようやくここにある。
指先が、DMボタンに触れる。
震えながら、言葉を考える。
けれど──なかなか打てなかった。
「……ダイレクトメッセージ送ったら、流石に引かれちゃうかな」
ぽつりと漏らしたその言葉に、誰もいないはずの部屋で、風がそっとカーテンを揺らした。
美央は少しだけ目を細め、スマホの画面を伏せた。
世界は、まだ優しくなれる。縁は、たしかに繋がった。
あの人が届けてくれた言葉が、この胸の中で、ちゃんと響いていた。
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