第36話 神環ノ縁
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あらすじ
神環ノ縁~和風ソシャゲのモブ神主に転生したので巫女たちと縁を繋いで穢れを祓います~ - 第36話 神環ノ縁
本文
轟々と地を揺らす霊圧の奔流。破れた結界の切れ端が空を舞い、逆巻く穢れが全域に満ちようとする中で──
八雲の腕の中に、志乃がいた。
レンでも、ユリでもない。仮面を脱いだ水鏡 志乃として、ただ一人の少女として、八雲に抱かれていた。
力を抜けば崩れ落ちてしまいそうな身体を、八雲は丁寧に支えながら膝をつく。そこへ、風を裂いて仲間たちの姿が現れた。
「レン!」
一番に駆け寄ったのは玲だった。荒く息を吐きながら、声を荒げることなく、力強く志乃を抱きしめた。
「もう……遅いよ。何してんの。こんなとこで、ひとりで泣いて……馬鹿」
その背へ、もう一人の小柄な影が飛びついた。
「レンちゃんの馬鹿!!」
それは響だった。いつもの大人しい声音とは違い、怒鳴るような声で泣き叫ぶ。
「音が聞こえなくなって、本当に怖かったんだからっ……!!」
響の細い指が、志乃の着物を握りしめる。泣き声が、彼女の胸元を濡らす。
志乃は、嗚咽を交えながら二人を抱きしめ返した。
「……ごめんね……ごめんなさい……」
その言葉は、仲間としての許しを請う声ではなく。ようやく帰ってきた少女の、祈りだった。
志乃を玲と響に託した八雲は、立ち上がる。霊圧の渦巻く空を一瞥し、目を細めた。
振り返ると、少し離れた場所で綾音が立ち尽くしていた。表情は押し殺されていたが、泣いていたのは明らかだった。
八雲はそのもとへと歩み寄る。彼女の目の高さで足を止め、静かに告げる。
「……すまない。綾音」
彼女は何も言わず、ただ首を横に振った。
「今から、この布陣を全兵力に伝えてくれ。指揮は任せる。俺は中央の術点に留まり、術を起こす。時間を稼いでくれ」
手渡された陣図を見て、綾音の瞳が揺れる。
「……これは……壮馬くんを中央突破陣の中心に?」
それは、防御を捨てた突貫の構えだった。力を中央に集め、守りを一切考えない、正面から力で突破する布陣──
もっとも守りを得意とする八雲がこの状況になって伝えた布陣はそれだった。
「無理は承知だ。けれど、今の彼しかいない。この世界の抑止力として、最後まで立ってくれる男だと、信じてる」
綾音は目を伏せ、拳を握る。
「……了解しました。──八雲さん。貴方はどこまでも、無茶ばかりです」
その言葉に、八雲は小さく笑った。
「そうだな。でも、その無茶に応えてくれるのが……君たちだから」
◇ ◇ ◇
綾音の指揮は速やかだった。全軍が次々に新布陣へと配置され、ほどなくして八雲のもとに音話が届く。
『八雲さん、配置につきました!』
壮馬の力強い声。
『お兄ちゃん、こっちは大丈夫!』
壱香の明るい声が重なった。
続いて、双葉、散華の通信が開く。だが、八雲が次に告げた言葉に、三人の声が一瞬止まる。
「今からすべての地脈を逆流させ、霊圧を壮馬くんに集める。……頼んだぞ、綾小路壮馬この世界の主人公!」
『命に代えてもやり遂げます!』
壮馬の叫びに、間髪入れず三人の声が響いた。
『そこが壮馬の悪いところ! 命かけるんじゃない!』
『あんたまた勝手に覚悟決めてる!』
『ちゃんと戻ってこうへんかったら、絶対に許さへんからな!』
八雲は思わず苦笑した。それが、いつもの彼女たちらしくて。
「三人とも……頼む。神技連携の要領で、彼の力の飽和を抑えてくれ」
『了解っ!!』
鼓動が、戦場全体に打ち鳴らされた。
◇ ◇ ◇
八雲は、静かに目を閉じた。すべての地脈の流れが、耳の奥で脈動のように響いてくる。
まるでこの大地そのものが悲鳴を上げているようだった。穢れに犯された霊脈。歪められた意志。今、それを逆流させ、制御不能な力を一極へと集束させる。
──かつて、壮馬から神技を奪う為に編み出した普遍的な巫術。霊圧の供給を断ち、逆流させる仕組み。
今回はそれを前回とは全く逆に壮馬にすべての力を集めて神技を放たせる。
本来は、穢れと相対しているときにすべての者の神技を封印してしまうのは自殺行為に等しい。
だが、今回は志乃が穢れの奔流を中心へと誘導してくれている為、一時なら神技無しでも耐えられる。その為の突貫陣形なのだ。
八雲は静かに印を結び、詠唱した。
「──《逆還霊環・断脈式》」
空気が、裏返った。
天と地が逆転したかのような重圧。霊脈の流れが音を伴って反転し、すべての穢れが壮馬のもとへと集中していく。普遍的な術として開発したとはいえ、その霊脈を逆転させるだけではなく、指向性を持たせて唯一人に集める芸当は八雲にしか出来なかった。
◇ ◇ ◇
最先端──突貫陣の芯に立つ壮馬は、歯を食いしばった。
足元から全身を駆け巡る霊圧は、もはや肉体の限界を超えていた。だが、それでも叫ぶ。
「ぐ……うっ、みんな、支えてくれてありがとうございます! ……僕は、絶対にやり遂げてみせます……!!」
その両側で、壱香が、双葉が、散華が巫術による祈りを捧げ、爆発の方向性を一点に封じ込める。
『壮馬くん、今だっ!!』
八雲の音話が壮馬へ飛ぶ。
壮馬の全身に宿った奔流が、剣先に収束されていく──空が唸り、大地が共鳴し、視界が一瞬白く焼き付いた。
「──《破魂・霊嵐断斬》!!」
剣が振るわれた。
次の瞬間、志乃の導きによって一点に集められていた穢れの奔流が、壮馬の剣によってまっすぐに裂かれた。
光が奔り、音が砕け、天地が震えた。
放たれた霊圧は、旋回するように渦を巻き、中心地脈へと吸い込まれていく。
◇ ◇ ◇
剣閃がすべてを貫いた瞬間、音もなく、風が澄み渡った。
瞬間的に発生した光の風圧が穢れの残滓を吹き払い、あたり一帯に凪のような静寂が満ちる。
それは──勝利の兆しだった。
「やった……!」
誰かが呟いたその一言を皮切りに、兵士たちの間から歓声が上がる。綾音は剣を地面に突き立て、その場に座り込むようにして息をついた。玲と響もそれぞれの陣形を解き、志乃のもとへと急ぐ。
だが、志乃の表情だけは、勝利を祝うそれではなかった。
空を見上げ、吸い込まれていった霊圧の渦を見つめながら、その視線の先に、まだ何かを感じていた。
……これで、終わりじゃない。
頬に汗を垂らしながら、志乃は小さく唇を噛む。
「……いくら力を使っても……穢れはまた戻ってくる。だって、原因は消えてない……私が……朝比奈 美央の呪いが、この世界にある限り」
拳を握る。このままでは──また誰かが傷つく。
壮馬くんが、壱香が、綾音が、玲が、響が。何より、八雲が──
そのとき、志乃の脳裏にさっきの八雲の言葉が思い返される。
──後は、僕に任せるんだ。
それは、ただの優しさでも、責任感でもない。構造を読み、組み上げ、未来を変える者の意志だった。
志乃の目に、かすかに光が戻る。
……八雲ちゃんは、そういう人だった。何も考えずに希望なんて口にしない。でも一度言ったら、必ずやり遂げる人。
そして、八雲はすでに、次の行動に移っていた。
◇ ◇ ◇
八雲は霊圧が吸い込まれた地へ向かい、構えを取る。そこはちょうど、壮馬の剣が地脈の中枢を穿った場所だった。
穢れの奔流はすでに収まり、霊脈の震えも静まっている。
八雲は、袖から古びた布巻の術符を取り出す。この世界では見慣れぬ構成のそれに、彼は手早く結界陣を描いていく。
志乃からすべての話を聞いて、すべての因果が繋がった時に思い描いた術式。いや、それはきっかけになっただけで八雲の中では、長く研究してきた術式の形だった。
神社、神職、巫女。
このカグラという世界には、異世界である日本の概念が込められている。一方で存在していなかったのは《祝詞》だ。
これだけ近しい世界観ながら、《祝詞》の存在が無い。それはもともとフレーバーとしての世界観だったからと言ってしまえばそれまでだが、寺社があり、そして縁があるなら。
たとえ、祐一の断片的な知識から編んだものであっても、因果は必ず繋がっている以上、意味は大きいはず。
八雲の身体が巫術の力に包まれる。
綾音たち、巫術に覚えのある周囲の者は、八雲の構築する術式に目を見張る。それはなんと神々しく、そして心を感じられる術式だろうか。
そして八雲の謳うような声が場に響き渡る。
掛けまくもかけまくも畏きかしこき、
神楽の地をかぐらのちを領り坐ししろしめす、
遠つ御祖のとほつみおやの因果を紡ぎ給ふいんがをつむぎたまふ、
記憶の縁をおもひのえにしを辿りしたどりまします、
神環の大神のかんわのおほかみの大前におほまへに、
恐み恐みかしこみかしこみも白さくまをさく。
今し我いましわれ、定めを紡ぎさだめをつむぎ、業を断ちごふをたち、縁を繋ぎてえにしをつなぎて、
宿業の鎖しゅくごふのくさりより、解き放たれむときはなたれむことを、
謹み敬ひつつしみうやまひ願ひ奉るねぎまをす。
久しく拝領仕ひさしくはいりやうへ、奉りしつかまつりし記憶の力おもひのちから、
今はただ、深き感謝とふかきかんしゃと大いなる敬意をおほきみいつを込めたてまつり、
慎み敬ひつつしみうやまひ、謹み慎みてつつしみつつしみて──
此処にここに返し奉るかへしたてまつることの由よし、
恐み恐みかしこみかしこみも白すまをさく。
それは、神環に祈りを想いを捧げ、縁を繋ぎ、因果を結び、宿業を斬り、己の記憶と心を旅立たせる為の《祝詞》。
八雲は己の指先に血を走らせる。その血で、陣の中心を封じた瞬間──
術式が、脈動した。
まるで意志のように、それは動き始める。
「……現界の因果が、この《カグラ》に影響を与えたのなら──逆に、この世界の記憶を因果として戻すことも、きっと可能なはず」
それは理論としては破綻すれすれの仮説。確証もなく、成功率も低い。だが、それでも彼は動いた。
美央の呪いが、死の間際にこちらへ届いたのなら。この祈りだって、きっと届く。あの男になら──
壮馬によって地脈への経路が穿たれた今だからこそ、あちらへ願いは繋がるはず。
この世界の記憶として確立された、神環八雲という存在。そして、それに重なる山本祐一の記憶。
その融合を因果の道へ還元し、《神環ノ縁》という物語の構造に届かせる。
向こうの世界の山本祐一へ、気づいてもらうんだ。
気づきさえすれば、あの男はきっとやってくれる──構築し、修正し、繋げ直す。その確信だけが、今の八雲の原動力だった。
「……頼んだぞ、山本祐一」
八雲は静かに目を閉じ、術式の中心へと心を送り出した。
◇ ◇ ◇
光の糸が地面を走り、陣の中心から空へ向かって立ち上る。まるで天と地を結ぶ橋のように、祈りが世界を縫っていく。
八雲は陣の中心で、術式の脈動を身体で受け止めながら、目を閉じ続けていた。
その背に、足音が迫る。草を踏む音、駆ける鼓動、風を割って近づく気配──馴染み深い、懐かしい気配だった。
「……八雲さん!」
最初に駆け寄ってきたのは綾音だった。頬にはまだ乾ききらぬ涙の跡が残っている。
「八雲さん……無事……なんですね……」
「……ああ。ありがとう、綾音。君たちが信じてくれたから、ここまで来られた」
綾音は拳を握りしめ、小さく頷いた。
その後ろから、玲が肩を揺らしながらやってくる。
「……ったく、最後までカッコつけて……。でもまあ、そういうとこ、嫌いじゃないけど」
八雲は照れくさそうに笑った。
さらに、響が駆け寄ってくる。
「……レンちゃん、じゃない、志乃ちゃん……ほら、今日は八雲くんを貸してあげるから……」
響が少し離れた場所で微笑んでいた志乃を促す。玲と響の間で、初めて志乃として、笑った顔だった。
風が吹く。
その瞬間、鳴った。
誰にも聞こえない、霊脈の奥から響くような音だった。
まるで、何かが届いたという確信が、静かに心の奥を満たした。
「……届いた、かな」
誰にともなく、八雲が呟く。
その声音には、感傷も安堵もなかった。ただ、希望という言葉の本来の形が宿っていた。
◇ ◇ ◇
この世界カグラは、まだ混沌の渦中にある。穢れは消えたわけではない。
志乃の祈りも、壮馬の力も、まだこれからを支える重責の中にある。
けれど──それでも。
こうして繋いだ手の温もりだけは、決して揺るがなかった。
志乃、綾音、玲、響、壮馬、壱香、双葉、散華……
そして──俺の中の山本祐一。
八雲は静かに顔を上げ、吹き抜ける風の先に目を向けた。
──世界は、変えられる。縁を繋ぎ直し、祈りを渡せば、きっと。
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