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1節 豊洲、夜の水辺(続)

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/5 📚 シリーズ: 共感性知能アプリNestTalk(ネストーク) 📝 1,400文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

ある刑事の叙事詩 《夜の王国 ~選択と調整の病理~》

本文

## 【第1章 失われた日常】

### 【1節 豊洲、夜の水辺(続)】

 現場を離れる直前、小坂はもう一度、運河沿いの遊歩道を見回した。足跡はほとんど残っていない。清掃が行き届き、人工芝と舗装路が混在するこの一帯は、痕跡を拒むように整えられている。人の生活が削ぎ落とされ、事件が起きても“汚れ”が残りにくい場所だ。

 ――選ばれた、という感覚があった。

 被害者がここに呼び出されたのか、通りかかったのか。その違いは大きい。だが、どちらにせよ犯人は、時間と場所を正確に把握していた。偶然の匂いは薄い。

「小坂さん」

 朝霧が一歩近づいてきた。夜風に髪が揺れ、緊張のせいか、呼吸が浅い。

「無差別じゃない、ってことですか」

 問いは直球だった。

 小坂は少し考え、言葉を選ぶ。

「可能性の話だ。現時点では、断定できない」

「でも……」

 朝霧は唇を噛み、規制線の向こうに視線を走らせた。集まった野次馬は少なく、スマートフォンを構える者もまばらだ。深夜という時間帯が、まだ事件を“消費”させていない。

「もし、狙われたんだとしたら……理由がある、ってことですよね」

 小坂は否定も肯定もしなかった。

 理由――それは、刑事にとって最も厄介な言葉だ。理由がある犯罪は、感情を呼び込む。感情は判断を鈍らせ、組織を揺らす。

「朝霧」

「はい」

「被害者の経歴は?」

「五十代。中堅企業の役員。家族あり。トラブルは、今のところ報告なしです」

 “今のところ”。

 その言い回しに、二人の視線が一瞬だけ重なった。

 捜査本部は、霞が関の庁舎内に設けられた。無機質な蛍光灯の下、ホワイトボードには簡潔な事実だけが並ぶ。発見時刻、死因、凶器不明、犯行声明めいた紙片。上層部は早期解決を口にし、広報は無差別殺人の可能性を示唆する。

 小坂は椅子に腰を下ろし、資料に目を通しながら、あの言葉を頭の中で反芻していた。

――調整。

 それは、裁きではない。

 罰でもない。

 秩序を保つための、作業。

 そんな冷たい響きが、言葉の裏に潜んでいる。

「小坂」

 上司の声に顔を上げる。

「この線で行く。無差別だ。世論を刺激する言い方は避けろ」

「……了解しました」

 返事はしたが、胸の奥に小さな棘が刺さったままだ。

 無差別。便利な言葉だ。考える手間を省き、恐怖を一括りにできる。

 だが、現場の空気は、そんな単純さを拒んでいた。

 捜査本部を出ると、廊下の自販機前で朝霧が待っていた。紙コップのコーヒーを両手で包み、落ち着きなく視線を泳がせている。

「……納得、してないですよね」

 小坂は苦笑にもならない表情で肩をすくめた。

「刑事は、納得より先に動く仕事だ」

「でも、納得しないまま動くの、嫌じゃないですか」

 真っ直ぐな問いだった。

 小坂は、返す言葉を探しながら、彼女の横顔を見た。理想をまだ手放していない目だ。羨ましさと、危うさが同時に浮かぶ。

「嫌だよ」

 短く答える。

「だから、考え続ける」

 朝霧は、その言葉を噛みしめるように頷いた。

 その夜、小坂は帰宅せず、資料を洗い直した。被害者の会社。過去の訴訟。内部告発の噂。どれも決定打にはならない。だが、点は確実に増えていく。

 法で裁けない何か。

 記録に残らない傷。

 それらを、誰かが“数えている”としたら。

 時計は午前四時を回っていた。

 窓の外、東京の灯りは、まだ眠らない。

 小坂は資料を閉じ、静かに息を吐いた。

 この事件は、始まったばかりだ。

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冥界焔つむぎ

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