2節 連鎖の兆し(終)
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ある刑事の叙事詩 《夜の王国 ~選択と調整の病理~》
本文
## 【第1章 失われた日常】
### 【2節 連鎖の兆し(終)】
歌舞伎町の現場は、豊洲とはまるで別の顔をしていた。
ネオン、ゴミ、酒の匂い。夜の残骸が、朝になっても地面に貼り付いている。人の欲望が濃縮された街で、死は日常の延長線上に溶け込みやすい。
非常階段の踊り場。
遺体は壁にもたれるように座らされていた。胸元の紙片は、わざとらしいほど整った位置に置かれている。
「演出してますね……」
朝霧が小さく呟いた。
その声には、恐怖よりも怒りが混じっている。
「見せる気だ」
小坂は遺体の表情に目を凝らした。苦悶は少ない。抵抗の痕跡も、ほとんどない。
この男もまた、呼び出され、納得したまま殺された可能性が高い。
「被害者は?」
「四十代前半。派遣会社の管理職です」
部下からの評判は芳しくない。契約打ち切り、配置転換、曖昧な評価。だが、それらはすべて“合法”だった。
――まただ。
小坂は、二つの事件を頭の中で重ね合わせる。
共通点は、罪ではない。
**判断**だ。
誰かの人生を左右する立場にあり、法の枠内で、冷たい決断を下してきた者たち。
「……選ばれている」
朝霧が、唇を噛みしめる。
「殺される理由が、あるってことですか」
「理由がある、と思い込んでいる犯人がいる」
小坂はそう訂正した。
その違いは、決定的だ。
捜査本部に戻ると、空気は一変した。
二件目。しかも、犯行声明とも取れる紙片付き。
無差別という線は、もはや通らない。
「連続殺人として扱う」
上層部の判断は、ようやく切り替わった。
だが同時に、別の指示も出る。
「犯人の思想には触れるな。世論を刺激する」
小坂は、その言葉に強い違和感を覚えた。
触れなければ、理解できない。
理解できなければ、止められない。
夜。
捜査本部の片隅で、朝霧が資料を睨みつけていた。
「……全部、“正しい判断”なんですよ」
「何がだ」
「被害者たちの行動です。法的には、間違ってない。会社のルール、社会のルールに従ってる」
朝霧は顔を上げ、小坂を見る。
「それでも、誰かは切り捨てられてる。犯人は、そこを見てる」
小坂は、静かに頷いた。
「だから危険なんだ」
「え?」
「一部の人間には、共感される」
正義の皮を被った暴力。
それが、どれほど社会を蝕むか。小坂は、過去の事件で嫌というほど見てきた。
そのとき、捜査本部の電話が鳴った。
第三の被害者候補が浮上した、という連絡。
まだ、生きている。
だが、“選ばれている”。
「行くぞ、朝霧」
「はい」
二人は立ち上がる。
止められるかどうかは、分からない。だが、立ち止まる理由はなかった。
庁舎を出ると、夜風が二人を打った。
東京は、今日も平然と息をしている。
この街のどこかで、
“調整者”は、次の対象を見つめている。
そして――
小坂凌は、確信していた。
この事件は、
自分の正義そのものを、試しに来ているのだと。
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