4節 境界線のこちら側(続)
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ある刑事の叙事詩 《夜の王国 ~選択と調整の病理~》
本文
## 【第1章 失われた日常】
### 【4節 境界線のこちら側(続)】
内部調査課に関係する民間人――。
その情報だけで、捜査本部の空気は一段階張り詰めた。
警察官が標的になる。
それは、連続殺人事件において“越えてはならない線”だった。
小坂と朝霧は、すぐに資料室へ向かった。夜間でも稼働している内部調査課のデータベース端末が、低い電子音を立てている。
「民間人って言っても、内部調査に関わる人間は限られてますよね」
朝霧が、一覧をスクロールしながら言う。
「弁護士、コンサルタント、元警察官……」
「“外部”でありながら、“内側を知っている”人間だ」
小坂は、画面を覗き込みながら応じた。
「犯人にとっては、都合がいい」
「警察を裁く、ってことですか」
「可能性は高い」
小坂の声は、低く抑えられていた。
これまでの被害者は、表向きは“普通の市民”だった。だが、背景を掘り下げると、誰もが社会のどこかで歪みを生んでいた。
責任を果たさず、
しかし裁かれることもなく、
それでも社会の中で生き延びていた人間たち。
「……やっぱり、“選別”してますよね」
朝霧が呟く。
「しかも、独自の基準で」
小坂は、次のファイルを開いた。
そこに表示された名前を見て、ほんの一瞬、呼吸が止まる。
「……小坂さん?」
「いや……」
その名前は、過去の記憶を強く刺激した。
――七年前。
まだ、小坂が所轄にいた頃の事件だ。
◇
当時、小坂は若手刑事だった。
理想も、熱も、今よりずっと剥き出しだった。
ある連続自殺事件。
表向きは、社会的に追い詰められた人間たちが、立て続けに命を絶ったとされた。
だが、小坂は違和感を覚えていた。
遺書の文体。
死に場所の選び方。
そして、残された“メッセージ”。
『不要な部品を取り除く』
当時は、誰も深く追わなかった。
社会不安による連鎖自殺――それで片づけられた。
だが、小坂は忘れられなかった。
自分が踏み込めば、止められたかもしれない。
それでも、組織の判断に従った。
結果、五人が死んだ。
小坂が「正義」を語るとき、そこには必ず、この後悔があった。
◇
「小坂さん?」
朝霧の声で、現実に引き戻される。
「……すまない。少し考え事だ」
小坂は、画面を指さした。
「この民間人――三日前に、内部調査課の聞き取りを受けている」
「内容は?」
「警察官による不正告発。だが、証拠不十分で立件されていない」
朝霧は、はっとした。
「じゃあ、その人は……」
「犯人の基準では、“裁かれなかった歪み”だ」
警察内部に不正があった。
それを知っていた。
それでも、何も変わらなかった。
犯人にとって、それは“修正対象”になる。
「守らなきゃ……」
朝霧が、思わず口にする。
「警察のためじゃない。命のために」
小坂は、ゆっくりと頷いた。
「今回は、先回りする」
そのとき、端末に新しい通知が表示された。