1節 正義の輪郭
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ある刑事の叙事詩 《夜の王国 ~選択と調整の病理~》
本文
## 【第2章 捜査と疑念】
### 【1節 正義の輪郭】
朝の東京は、何事もなかったかのように動き出す。
神田で起きた未遂事件は、夜のうちに「連続殺人犯、再び動く」という見出しで速報として流れ、通勤電車の中では、その話題がひそひそと交わされていた。だが、誰もが画面を閉じれば、すぐに自分の生活へ戻っていく。
人は、事件を“消費”する。
警視庁捜査一課の会議室では、消費されなかった現実が積み重なっていた。
「――今回の件で、犯人は警察内部に明確な敵意を示したと考えられる」
ホワイトボードの前に立つ管理官が、淡々と述べる。
「よって、本日より捜査本部は体制を拡大。内部調査課と合同での情報共有を開始する」
ざわめきが走った。
内部調査課。
警察官にとって、最も距離を置きたい部署の一つだ。
小坂凌は、腕を組んだまま、その空気を肌で感じていた。
犯人は、ここまで計算している。
警察が疑心暗鬼になることも含めて。
「小坂」
会議後、管理官に呼び止められる。
「君と朝霧は、引き続き主担当だ。ただし――」
「内部への配慮、ですね」
小坂は先回りして言った。
「そうだ。独断は許されない。特に朝霧には、よく言っておけ」
小坂は、短く頷いた。
廊下に出ると、朝霧が待っていた。
「……やっぱり、雰囲気悪いですね」
「ああ。犯人の狙い通りだ」
「それでも、やることは変わりませんよね」
小坂は、一瞬だけ彼女を見た。
「変わらない。だが、“疑われる側”になる覚悟は必要だ」
朝霧は、言葉を失った。
◇
犯人の“正義”は、まだ見えない。
だが――
見えないからこそ、危険だ。
小坂は、静かに言った。
「調べる。徹底的に」
被害者の人生を。
犯人の視線を。
その先にしか、答えはない。
◇
会議室を出た後、朝霧は黙り込んでいた。
「……納得できません」
「もちろんだ」
小坂は即答した。
「だが、犯人は“理由”をそこに見出す」
「それが、許せないんです」
朝霧の声は、強くなった。
「だったら、警察がやるべきことは一つじゃないですか。ちゃんと、裁くことです」
小坂は、その言葉を否定しなかった。
だが、現実は単純ではない。
「裁けないこともある」
「それは、警察の都合です」
「組織の限界だ」
朝霧は、足を止めた。
「限界だからって、見逃していいんですか」
その視線は、真っ直ぐだった。
以前に見せていた“空回り”とは違う。これは、核心に触れる問いだ。
小坂は、ゆっくりと息を吐いた。
「……俺は、七年前にそれを見逃した」
朝霧が、はっとする。
「それで、人が死んだ」
事実だけを、淡々と告げる。
「だから、犯人のやり方は否定する。だが、問いそのものからは、逃げない」
朝霧は、しばらく黙っていた。
やがて、小さく言う。
「私、間違ってますか」
「いや」
小坂は、首を横に振った。
「正しい。ただし――正しさは、人を壊すことがある」
朝霧は、その言葉を噛みしめるように、目を伏せた。
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