2節 歪んだ共犯関係(続)
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ある刑事の叙事詩 《夜の王国 ~選択と調整の病理~》
本文
## 【第2章 捜査と疑念】
### 【2節 歪んだ共犯関係(続)】
小坂は、女性——被害者の妹・**杉本菜月**を、規制線の外れに設けられた簡易テントへ案内した。鑑識や制服警官の視線が背中に刺さる。彼女は終始、スマートフォンを胸に抱え、指先を白くするほど強く握りしめていた。
「落ち着いてください。順番に話を聞きます」
低く、抑えた声。刑事としての声音だ。だが内心では、あの文面が脳裏から離れなかった。
——裁かれなかった罪は、誰が償う?
「兄は……昔、問題を起こしたことがありました」
菜月はぽつりと切り出した。
「十年前です。大学のサークルで……一人、人生を壊した人がいた。兄は直接手を出したわけじゃない。でも、止めなかった。見て見ぬふりをした」
小坂は黙って頷いた。朝霧は少し離れた位置で立ち、メモを取っている。
「その件、警察沙汰には?」
「なってません。被害者の人、途中で大学を辞めて、地方に引っ越したって聞きました。兄は……ずっと後悔してました。でも、何もできなかった」
——後悔していたから、許されるのか?
犯人の声が、また重なる。小坂は眉間に力を込めた。
「そのメッセージは、いつ届きましたか」
「一週間前です。兄のスマホに。『あなたは、まだ間に合う』って……。兄、笑ってました。変な冗談だって。でも、その三日後——」
言葉が途切れ、嗚咽が漏れた。朝霧が一歩近づき、ハンカチを差し出す。
「……ありがとうございます。辛い中、協力していただいて」
朝霧の声は、感情が先走っていた。正義感が強いがゆえに、被害者側へ寄り添いすぎる。小坂はその背中を見ながら、危うさを感じていた。
テントを出ると、夜風が湿った空気を運んできた。小坂は深く息を吸い、吐いた。
「先輩……」
朝霧が小声で呼びかける。
「犯人の言ってること、少しだけ……分かる気がしました。何も裁かれずに、のうのうと生きてる人がいる。そういう人を、誰かが止めなきゃ——」
「それ以上、言うな」
小坂は即座に遮った。視線を鋭くする。
「それは、犯人の思考だ。理解しようとした瞬間、飲み込まれる」
朝霧は反論しかけて、唇を噛んだ。
「……でも先輩。もし、兄の件が明るみに出てたら、今回の事件は——」
「仮定の話をするな」
冷たく言い放った。だが、小坂自身も分かっていた。彼女の疑問は、決して的外れではない。
その時、ポケットの携帯が震えた。
嫌な予感が、背骨を伝って這い上がる。
「……“調整者”」
朝霧が言う前に、小坂は通話ボタンを押していた。
『こんばんは、小坂刑事』
あの声だ。落ち着き払った、確信に満ちた声。
『妹さん、優しい人ですね。兄のことを、最後まで信じていた』
小坂は無言で拳を握り締めた。
「どこで見ている」
『見ている? 違う。あなたが“見ようとし始めた”だけです』
一瞬の沈黙。
『彼は、裁かれなかった。でも、後悔はしていた。さて……それでも、償いは不要だと思いますか?』
通話は、そこで切れた。
夜の闇が、急に濃くなった気がした。
朝霧は、青ざめた顔で小坂を見つめている。
「……先輩。今の、犯人ですよね」
「ああ」
小坂は携帯を見下ろし、静かに言った。
「そして、俺たちは今——
**奴の“議論”のテーブルに、座らされた**」
歪んだ共犯関係は、さらに一歩、深く踏み込んでいた。
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