2節 歪んだ共犯関係(終)
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ある刑事の叙事詩 《夜の王国 ~選択と調整の病理~》
本文
## 【第2章 捜査と疑念】
### 【2節 歪んだ共犯関係(終)】
通話が切れた後も、小坂凌はしばらくスマートフォンを耳元に当てたまま立ち尽くしていた。夜気が冷たく、指先の感覚が鈍くなる。犯人は、こちらの反応を計算していた。言葉を投げ、考えさせ、答えを急がせない。追い詰めるのではなく、誘導するやり方だ。
「……現場、見られてたんでしょうか」
朝霧が周囲を警戒するように視線を巡らせた。街灯の下、規制線の外では野次馬がスマートフォンを構えている。誰が犯人でもおかしくない。だが、小坂は首を振った。
「直接じゃない。だが、情報は流れている」
「内部……ですか?」
小坂は答えなかった。肯定も否定もしない沈黙が、朝霧をさらに不安にさせる。
「犯人は、俺たちに“考えさせたい”だけだ」
自分に言い聞かせるように言葉を選ぶ。
「自分のやっていることが、正しいのかどうか。警察の正義が、本当に機能しているのか」
朝霧は俯き、拳を握り締めた。
「……だったら、どうするんですか。考えないふりをするんですか」
小坂は彼女を見た。その目は、真っ直ぐで、危うい。かつての自分と重なる。だからこそ、線を引かなければならない。
「考える。だが、**答えを出すのは俺たちじゃない**」
「でも——」
「法律だ。手続きだ。時間がかかっても、それを飛ばしたら、俺たちは“向こう側”に行く」
朝霧は唇を噛み、何も言わなかった。納得はしていない。それでも、理解しようとしている。その微妙な距離感が、二人の関係をかろうじて保っていた。
その夜、署に戻った小坂は、過去の未解決案件を洗い直していた。被害者たちに共通点はない。年齢も職業も、生活圏も違う。だが——一つだけ、微かな線が浮かび上がる。
**「裁かれなかった関与」**
直接の加害者ではない。だが、見過ごし、黙認し、結果として誰かを追い詰めた人間。犯人はそこを見ている。
「……選別、か」
呟きが、無人の捜査室に落ちた。
その時、机の端に置かれたファイルが目に入る。朝霧の名前。彼女が独自に集めていた資料だ。内部規定ではグレー。だが、内容は的確だった。
——君は、熱くなりすぎる。
そう言う資格が、自分にあるのか。小坂は一瞬、目を閉じた。
携帯が再び震えた。今度はメッセージ。“調整者”。
画面に表示された短文を読んだ瞬間、呼吸が止まる。
——次は、警察に近い人間だ。
小坂は立ち上がり、窓の外を見た。東京の夜景が、無数の光で瞬いている。その一つ一つに、人の生活と、罪と、見逃された過去がある。
「……来るぞ、朝霧」
低く、確信を込めて呟いた。
歪んだ共犯関係は、もはや拒めない段階に入っていた。
犯人は問いを投げ、警察は答えを迫られる。
そして小坂凌自身もまた、
**どこまでが“守るべき正義”なのかを、試され始めていた。**
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