3節 選別される正義(終)
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ある刑事の叙事詩 《夜の王国 ~選択と調整の病理~》
本文
## 【第2章 捜査と疑念】
### 【3節 選別される正義(終)】
深夜零時を回った捜査一課のフロアは、蛍光灯の白い光だけが静かに机を照らしていた。誰もいないはずの空間に、キーボードを叩く音だけが響く。
小坂凌は、過去十年分の内部資料を洗い直していた。
不祥事として公表されなかった案件。
被害届が受理されなかった相談。
内部で「指導」「注意」で終わった処分。
**裁かれなかったもの**が、そこには積み上がっている。
——犯人は、これを“正義の欠落”と呼んでいる。
「……歪んでる」
呟きながらも、小坂は目を逸らせなかった。
彼自身も知っている。組織の論理。
全てを明るみに出せば、守れなくなるものがあることも。
その時、背後で足音がした。
「先輩……まだ、やってたんですか」
朝霧だった。コートを手に、帰るところだったらしい。
だが、小坂の机に広げられた資料を見て、足を止めた。
「それ、内部案件……」
「見るな」
反射的に言ったが、もう遅い。
朝霧の視線は、紙の文字を追っている。
「……こんなの、知らなかった」
声が震えていた。
「これ、本当に全部……?」
「ああ」
短く答えた。
「だからといって、犯人のやってることが正当化されるわけじゃない」
朝霧は、小坂を見た。
「でも……だから生まれた怪物なんですよね」
否定できなかった。
携帯が震える。“調整者”。
小坂は、ためらわずに出た。
「何の用だ」
『あなたは、調べている』
犯人の声は、まるで確信しているようだった。
『それは、良い兆候だ。目を逸らさない人間は、嫌いじゃない』
「何が目的だ」
『目的? 修正だ』
淡々とした口調。
『あなたたちは、線を引き間違えた。
私は、それを引き直しているだけ』
朝霧が息を呑む。
「修正なんて、誰にも頼んでない」
『頼まれなければ、やってはいけない?
救いは、いつも“勝手”にやってくるものだ』
小坂は、机に手をついた。
「……次は誰だ」
一瞬の沈黙。
『答えを急ぐのは、あなたの悪い癖だ』
微かな笑みを含んだ声。
『ヒントをあげよう。
“守る側”であることに、最も胡坐をかいている人間だ』
通話は切れた。
静寂が戻る。
朝霧が、かすれた声で言った。
「……上、ですか」
「分からない」
だが、否定もしなかった。
小坂は窓の外を見た。
東京の夜は、今日も何事もなかったかのように続いている。
「朝霧」
「はい」
「正義を信じるな」
彼女は目を見開いた。
「信じるのは、“人”だ」
朝霧は、ゆっくりと頷いた。
迷いは消えていない。だが、覚悟が芽生え始めていた。
この事件は、
犯人を捕まえれば終わるものではない。
**正義そのものを、問い直す物語**だ。
小坂凌は理解していた。
犯人は、自分を追い詰めているのではない。
——選んでいる。
次に、誰が裁かれるのか。
そして、**誰がそれを止めるのか**。
答えは、まだ闇の中だった。
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