4節 越えてはならない線(続)
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ある刑事の叙事詩 《夜の王国 ~選択と調整の病理~》
本文
## 【第2章 捜査と疑念】
### 【4節 越えてはならない線(続)】
警視庁本部を出た瞬間、朝霧は早足になった。
小坂が追いついたときには、すでに彼女の表情は“決めてしまった人間”のそれに変わっている。
「朝霧、待て」
「時間がないんです」
振り返らずに言い切る声。
彼女は、内部データベースにアクセスできる立場を、躊躇なく使おうとしていた。
「被害者候補、三人に絞れます」
「……どういう基準だ」
「内部処分止まりになった案件。
被害届があったのに、組織判断で握り潰されたもの。
その中で、“現在も現役で、表に出る可能性がある人”」
言葉を重ねるごとに、朝霧の呼吸が速くなる。
正義感ではなく、**焦燥**が彼女を動かしている。
「そのリストを、上は把握してるのか」
「してません。だから——」
「だから、独断で守る?」
小坂は足を止めた。
「それは、“警察官が誰を守るかを勝手に決める”行為だ」
朝霧も、立ち止まった。
振り返った目には、怒りと悲しみが混ざっている。
「じゃあ、見殺しにするのが正解なんですか」
「……正解なんて、ない」
「でも、私は選びます」
その言葉が、決定打だった。
その直後だった。
小坂の携帯が、連続して震える。
——緊急。
——捜査一課。
『小坂、至急だ』
上司の声が、明らかに切迫している。
『内部告発が出た。
匿名で、マスコミに資料が送られている』
小坂の背中を、冷たいものが走った。
「内容は」
『例の未処分案件の一部だ。
しかも……送信元のIPが』
言葉が、一瞬詰まる。
『——朝霧の端末だ』
空気が、凍りついた。
「……何を、送った」
小坂は、朝霧を見た。
彼女は、唇を噛みしめ、視線を逸らした。
「……全部じゃありません。
でも、隠されてた事実を、少しだけ」
「少し、だと?」
「公表しなきゃ、誰も止まらない!」
叫ぶような声。
「警察が守らないなら、世論に守らせるしかない!」
小坂は、何も言えなかった。
正論だ。
だが——
犯人の言葉が、脳裏をよぎる。
——“守る側”であることに、最も胡坐をかいている人間。
これは、**見せしめ**だ。
朝霧の行動は、正義ではある。
だが同時に、犯人にとっては——
「……朝霧」
小坂は、低く言った。
「今、君は
**犯人が一番望んでいる場所に立っている**」
彼女の瞳が揺れる。
その瞬間、庁内放送が鳴り響いた。
《緊急連絡。
千代田区内で、重傷者発生。
身元は——》
一瞬の間。
《——警察関係者。
氏名、**川瀬 正樹**》
朝霧の顔から、血の気が引いた。
「……私が、選んだ人だ」
声が、かすれる。
小坂は、即座に走り出した。
「行くぞ」
「でも……!」
「**まだ、死んでない**」
それだけを告げて。
犯人は、答え合わせを始めている。
**越えてはならない線を、誰が引き直すのか**。
それを、血で問うつもりだ。
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