第6話 まさか……
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あらすじ
あの子が野球選手のお嫁さんになりたいって言ったから - 第6話 まさか……
本文
「飛鳥ちゃぁん……」
「はいはい。残りは私が食べるよ」
華恋はいつもそうだ。
基本的に少食で、分厚いパンケーキを完食出来ない。
だから私はコーヒーだけを注文して、華恋の残したパンケーキを食べる。
森田さんもパンケーキを注文してたけど、蜂蜜やアイスは掛けてないからやっぱり甘い物は得意じゃなかったのかも。
そんな事おくびにも出さないけど。
※※※※※
「ん〜……! 楽しかったぁ!」
「良かったね、華恋」
あの後もあっちへ行ったりこっちへ行ったり。
私は華恋のペースには慣れてるけど、森田さんは大丈夫だったのかな。
そんなこんなで良い時間になって……
「あ、私用事があるから先に帰るね。バイバイ!」
「え? ちょ……!?」
華恋は私の制止も聞かず、トットコトットコと歩き去ってしまった。
本当に用事があった訳じゃない、と思うんだけど……
「気を使わせてしまいましたね……」
「森田さん?」
「少し、良いですか?」
森田さんは少し困った表情で聞いてきて。
華恋はきっとこの為に先に帰ったのだと察したから、私は同意を示すように頷いた。
それから少し歩いて、人通りが少ない路地に入って、森田さんは足を止めた。
「急にすみません、如月さん」
「いえ……何かお話でも?」
「出会ったその日にこんな事を言うのは厚かましいと分かっていますが……どうか、友達から始めてもらえませんか?」
「……え? あ、華恋と付き合ってるのでは……!?」
「え!? いえ、園崎さんは素敵なマネージャーですが、それだけですよ?」
「そう、ですか……」
薄々と、華恋と森田さんに交際関係は無いんじゃないかと希望的観測に縋ってはいたけど。
それでもこうして言質が取れてホッとした。
……華恋じゃなくて私を選んだのは不思議でしょうがないけど。
「今日の顔合わせもその為に?」
「いえ、最初は純粋にただ会うだけでした。
恐らく、園崎さんが如月さんの事を自慢したかったんだと思います」
「うーん、華恋のドヤ顔が目に浮かぶ……」
「僕も新しい野球選手と接して刺激が貰えたらな、と。
そして今日一緒に過ごして、如月さんは野球に真剣に向き合っていて、とてもストイックな方だと分かりました。
貴女となら、野球選手として共に高め合えると……そう思いました」
森田さんの目は真剣そのもので。
本当に誠実で、真摯に私と向き合いたいと……そう思ってくれている。
だけど……
「ごめんなさい」
「……はい」
「お気持ちは本当に嬉しいんです。ですが、私には好きに人が居るんです。
絶対に手が届かない存在ではあるんですが、それでも諦められなくて……」
「……そうですか、分かりました。如月さんの恋が成就する事を影ながら祈っています」
森田さんの顔は少し寂しそうではあったけど、それでも納得はしてくれたようだ。
「こんな所にまで連れ出してすみませんでした。大通りまでお送りします」
「いえ、お気遣いなく……本当に森田さんは素敵な人です。
無責任な事だと分かってはいますが……きっと良い人生が待っていると思います」
「あはは、ありがとうございます!」
「では……」
気まずくて、会釈してから来た道を足早で引き返す。
「如月さん!」
「はい?」
「図々しい事を承知で言わせてください。
それなら、僕は如月さんのライバルでありたい。
リーグは違えど、僕は必ずプロに……如月さんと同じステージに立ちます。
如月さんを越えるような選手になります!」
「……NPBでそれは厳しいと思いますよ?」
「如月さんの成績だって簡単に叩き出した物では無い筈です。
確かに難しいでしょうが、可能性は0ではありません。
プロ入り前から如月さんという目標が出来た僕は幸運でした」
「買い被りすぎですよ。……でも、ありがとうございます」
再び会釈して、だけど今度は照れくささで小走りで帰路についた。
※※※※※
『左中間割ったーーー! 如月、先制タイムリー2ベース!!』
「飛鳥ちゃん調子良いっすねー」
「昨日が例の日だった筈だが……まぁ、悲観するような関係じゃなかったってこったな」
チームメイトにはバッチリ見透かされてた。
……有頂天になってるのがバレて恥ずかしいな。
※※※※※
「生姜焼き完成!」
「おー!」
お皿に盛り付けてドヤ顔する華恋に拍手。
森田さんとの邂逅から暫く経ったある日の金曜日。
明日は試合は無いけど、私のデータを更新したいから朝から練習を見に行くと息巻いていた華恋が泊まりに来た。
相変わらず料理上手だしエプロン姿も可愛い。
「いただきます!」
「いただきます」
お肉で付け合わせの千切りキャベツを巻いて一口。
味が染みたお肉とキャベツのシャキシャキ感が最高。ご飯が進む進む。
「あちち……」
「ゆっくり食べなね?」
「うん」
華恋は小さい口で、おまけに猫舌で。
少食を自覚してるから量は調整してるけど、それでも私の方が早い。
華恋はそれに焦って急いで食べようとする癖があるから、その都度呼びかけて落ち着かせる。
「ごちそーさまでした!」
「お粗末様でした。作ったの華恋だけどね。洗うから食器頂戴」
「ありがとー」
「いや、作ってくれたんだから私が洗うのは当たり前でしょ。先お風呂入っちゃって」
「はーい」
食器を洗い終えてソファーで一休み。入浴直後に冷えすぎるのも良くないので冷房は付けていない。
9月でまだまだ暑いから私自身は汗ダラダラだけど、華恋は体弱いし念を押すに越した事はない。
9月……女子プロ野球の後期リーグも終盤戦。
前期リーグもブルーローズが優勝したから二連覇目前。
その事実を、そもそもこの女子プロ野球リーグを知っている人がどれ程居るのだろうか。
「皆頑張ってるのになぁ……」
「飛鳥ちゃん?」
ポツリと呟いた瞬間、ソファーの背後から華恋が覗き込んできた。
お風呂上がりだから髪がしっとりしてて、頬も上気していて。
普段の子供っぽくて可愛らしい華恋とは違う色っぽさ。
今まで何度も見てきた筈なのに、思わず生唾を飲み込んだ。
「あ、上がった?」
「うん。暑いよぉ〜……」
「体が馴染むまで我慢しなさい。私もお風呂入ってくるからちゃんと水分取るんだよ?」
「は〜い」
トタトタと冷蔵庫に向かう華恋を見送りながら私も浴室に向かう。
さっきの色っぽい華恋が頭に焼き付いて離れず、つい華恋の後ろ姿……正確には丸出しになっている脚を凝視してしまう。
「……私の馬鹿」
「うん? 何か言った?」
「いや……好きなの飲んで良いからね」
「ありがとー!」
上機嫌に鼻歌を歌う華恋。
……私の邪な視線には全く気付く様子が無い。
まぁ、気付かれても困るんだけど。
「ふぅー……」
冷水を浴びて頭を冷やす。
華恋があれ程無防備なのは私を信頼してくれているからだ。
いや、華恋には同性の前で薄着になったから何かが起きる……という前提が無いから当たり前なんだけど。
「……お風呂入ろう」
身体を温めれば気持ちも落ち着くと信じて。
※※※※※
「出たよ……」
「お帰り〜! お水飲む?」
「ありがと」
火照った身体に冷たい水が染み渡る。
喉を通る清涼感と私の煩悩を洗い流してくれる様な快感が堪らない。
「お布団敷いてあるよっ」
「お疲れ様」
リビングに戻ると、もうすっかり布団が敷いてあった。
万全な状態のデータが欲しいから明日に備えて早く寝よう、と華恋の表情が雄弁に語っている。
私としてもそれには同意。
「おいで」
「わーい!」
何時ものように電気を消して布団に入って。
掛け布団を持ち上げて、空いたスペースに華恋が潜り込む。
何時もと変わらない。暑い日も寒い日も、お泊まりする時はいつもそうだ。
流石に気温によって冷暖房は付けるけど。
「んふふ〜……」
華恋は既にうとうと。
私にぴったりくっついて、可愛い寝息が聞こえてきて、それも普段通りなのに。
さっき見た華恋の火照った顔と脚が頭から離れない。
「……煩悩退散煩悩退散」
「んむ……?」
危ない危ない。
私の独り言に反応した華恋を宥めるように頭を撫でて、抱き寄せる。
早まる心臓の鼓動を無視して、深呼吸して無理矢理落ち着かせて、私も寝よう。
「おやすみ、華恋」
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