第百三十七話:無口な騎士と小さなお姫様
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
🏆【交響詩】竜の姫と絆のユニゾン ~裏切られた天才軍師は愛の和音で成り上がる - 第百三十七話:無口な騎士と小さなお姫様
本文
「王立・竜の子学園」の昼休み。
中庭の大きな古木の下は、クロノス(闇/六歳)にとって数少ない安息の地だった。
「……静かだ」
彼は読みかけの魔道書(初級)を膝に置き、木漏れ日の中で目を閉じた。
母ヴァルキリアからは「闇の眷属は群れるな」と教えられているし、自分でも騒がしいのは苦手だ。
特に、あの台風のような……。
「くろのすお兄ちゃーん!」
頭上から降ってきた声に、クロノスの安息は粉々に砕け散った。
見上げれば、古木の枝の上に、小さな女の子がぶら下がっている。
リベル(風/二歳)。セフィラの娘だ。
「リ、リベル!? なんでそんな所に!」
「風さんがね、ここが良いって言ったの!」
リベルは無邪気に足をぶらつかせているが、高さは三メートル以上ある。二歳児が登れる場所ではない(風魔法で飛んだのだろうが)。
「降りておいで。危ないよ」
「やだー! ここ、眺めがいいもん!」
リベルは枝の上で立ち上がり、ふらふらとバランスを取る。
クロノスは肝を冷やした。
「おい、やめろ! 落ちたら……!」
ボキッ!
クロノスの懸念は、残酷なほど正確に的中した。
枯れ枝が折れ、リベルの小さな体が宙に放り出される。
「あ!」
「リベルッ!!」
クロノスは魔道書を投げ捨て、反射的に駆け出した。
思考するより早く、身体が動く。シェイドとの特訓の成果か、あるいは母譲りの瞬発力か。
彼は影を滑るように地面を蹴り、落下点へと滑り込んだ。
ドサッ!
リベルの柔らかい身体を、クロノスは両腕でしっかりと受け止めた。
勢いで尻餅をついたが、リベルに怪我はない。
「……っ、い、痛……」
クロノスが呻く。受け止めた時の衝撃で、腕が少し痺れている。
リベルはきょとんとしてクロノスの顔を見上げ、そしてパァアと笑顔を咲かせた。
「お兄ちゃん、キャッチ上手ー! かっこいいー!」
「か、かっこいいじゃない! 危ないだろ!」
クロノスは顔を赤くして怒鳴った。
「もし怪我でもしたら、セフィラ様が……いや、母上クイーンが……!」
親同士の揉め事に発展したら、世界が闇と暴風に包まれてしまう。
しかし、リベルは全く懲りていなかった。
彼女はクロノスの胸から降りると、彼の服についた土をパンパンと払った。
「ごめんね、お兄ちゃん。痛かった?」
「……別に。これくらい」
「痛いの痛いの、飛んでけー!」
リベルがフーフーと風魔法(そよ風レベル)をクロノスの腕に吹きかける。その風は、傷を治す魔力こそ弱いが、花の香りがする優しい風だった。
「……ありがとう」
クロノスは毒気を抜かれ、小さく礼を言った。
「ねえねえ、お礼にこれあげる!」
リベルはポケットから、何かを取り出した。
それは、ひしゃげた花冠だった。
「さっきね、これを作るために木に登ったの。お兄ちゃんにあげようと思って」
「僕に……?」
「うん! クロノスお兄ちゃん、いつも一人で寂しそうだから。お花の冠があれば、王様みたいでしょ?」
リベルは背伸びをして、クロノスの頭に花冠を乗せた。
シロツメクサと名もなき野花で編まれた、不格好な冠。
闇の王女の息子、未来の「影の王」には、およそ似つかわしくない代物だ。
だが、クロノスはそれを払いのけなかった。
「……似合う?」
「うん! すっごく可愛い!」
リベルが無邪気に笑う。
クロノスは、自分の顔が熱くなるのを感じた。母上やシェイド姉の「守るような愛」とは違う。この小さな「お姫様」が向けてくるのは、ただ純粋な「好意」だ。
「……リベルは、僕が怖くないのか? 目も赤いし、魔力も暗いのに」
クロノスが俯いて尋ねると、リベルは不思議そうに首を傾げた。
「なんで? お兄ちゃんの目は、夕焼けみたいで綺麗だよ? それに、影さんは涼しくて気持ちいいもん」
リベルはクロノスの影に入り込み、ぴょんぴょんと跳ねた。
「暗い顔してちゃ、メっよ! 笑った方が、もっとかっこいいんだよ!」
その言葉は、クロノスの心に深く刺さった。
「闇は孤独」という母の教え。「影に徹せよ」というシェイドの教え。
それらとは違う、「そのままでいい」という肯定。
「……分かったよ。リベル」
クロノスは花冠を乗せたまま、ぎこちなく微笑んだ。
「僕が笑っていられるように、君がまた……変なことをしでかさないか、見張っててやる」
「えー? 私、変なことしないもん!」
「さっき落ちてきたばかりだろ」
二人が笑い合っていると、校舎の方から騒がしい声が聞こえてきた。
「リベルー! どこ行ったのー!?」
「クロノス! まさか光の連中に絡まれていないだろうな!?」
セフィラとヴァルキリアだ。二人の母親は、中庭で並んで座っている我が子たちを見つけ、同時に駆け寄ってきた。
「リベル! 無事だった!? 誘拐されたのかと思ったよ!」
セフィラがリベルを抱き上げる。
「クロノス! その頭の……不名誉な物体は何だ!? 闇の王族としての威厳が!」
ヴァルキリアが花冠を見て絶句する。
「あ、ママ! クロノスお兄ちゃんが助けてくれたの!」
「母上。これは……リベルからの贈り物です。捨てるわけにはいきません」
子供たちの言葉に、母親同士は顔を見合わせた。
「へぇ……。ヴァルキリア姉さんの息子にしては、殊勝な心がけだね」
セフィラがニヤリと笑う。
「ふん……貴様の娘にしては、見る目があるようだな、セフィラ」
ヴァルキリアもフンと鼻を鳴らす。
親同士は相変わらず火花を散らしていたが、その足元で、クロノスとリベルはこっそりと手を振り合っていた。
「またね、お兄ちゃん!」
「ああ。……またな、お姫様」
去っていくリベルの背中を見送りながら、クロノスは頭上の花冠に手をやった。
それは、枯れるまで、彼の宝物箱の奥深くにしまわれることになる。
無口な騎士と、天真爛漫なお姫様。
属性も性格も正反対な二人の間に、小さな、しかし消えることのない「絆」が芽生えた瞬間だった。
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