第百四十四話:世界の広さと「壁」
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
🏆【交響詩】竜の姫と絆のユニゾン ~裏切られた天才軍師は愛の和音で成り上がる - 第百四十四話:世界の広さと「壁」
本文
「王立・竜の子学園」の校外学習2日目は、王都の賑わいを離れ、さらに遠くへと足を伸ばしていた。 魔導バスは舗装された街道を抜け、荒野へと続く国境付近の検問所へと到着した。
「さて、ここから先は『王国の外』だ」
ウィンドランナーがバスを停め、子供たちに告げた。
そこには、巨大な城壁と、厳重な警備に当たる兵士たちの姿があった。
「えっ、ここから出ちゃダメなの?」
リベル(風/二歳)が不思議そうに尋ねる。
「ああ。この先には、まだ争いを続けている国や、言葉の通じない種族もいる。パパ(ヒカル)が守っている『平和』は、この壁の内側だけなんだよ」
ウィンドランナーの言葉に、子供たちは息を呑んだ。
自分たちが当たり前だと思っていた平和が、実は「壁」によって守られた、限定的なものであるという事実。
それは、幼い彼らにとって初めて知る「世界の厳しさ」だった。
「でも、どうして仲良くできないの?」
ソイル(土/七歳)が悲しげに呟く。
「文化の違い、資源の奪い合い、過去の因縁……。理由は色々さ」
ゼファーが静かに答えた。
「団長(ヒカル様)は、その争いを無くそうと頑張っている。でも、世界は広すぎて、一度には変えられないんだ」
子供たちは、壁の向こうに広がる荒野を見つめた。
そこには、王都のような煌びやかさはなく、ただ乾いた風が吹いているだけだった。
「……俺たちが、もっと強くならなきゃいけないんだな」
ライオス(炎/八歳)が拳を握りしめる。
「そうね。論理的に考えて、対話と防衛力の両方が必要です」
シズク(水/六歳)も、真剣な眼差しで頷いた。
◇◆◇◆◇
「よし、少しだけ外の空気を吸ってみるか」
ウィンドランナーの提案で、子供たちは検問所の屋上へと上がった。
そこからは、はるか遠くまで続く荒野と、その先にそびえる山脈が見渡せた。
「うわぁ……! 何もなーい!」
リオ(風/四歳)が叫ぶ。
「そう、何もない。だからこそ、何が潜んでいるか分からない」
ウィンドランナーが双眼鏡を覗き込んだ時、彼の目が鋭く光った。
「……ん? なんだ、あれは?」
彼の視線の先に、異様な物体があった。
国境から数キロ離れた荒野に、巨大な何かが横たわっている。
魔獣のようだが、既存の生態系には存在しない、無機質な質感を持っていた。
「魔王軍の残党かもしれん。ゼファー! 斥候(偵察)を!」
「了解!」
ゼファーが即座に風となり、現地へ急行する。
数分後、戻ってきた彼女の顔色は蒼白だった。
「……ウィンドランナー。あれは、魔王軍の残党などではありません」
ゼファーが震える声で報告する。
「見たこともない素材で構成されています。生物というより……『機械』に近いです」
「機械……?」
ユリウス(人/八歳)が反応した。
「ドワーフ族のゴーレムみたいなものですか?」
「いいえ。もっと高度で、冷たい……。まるで、この世界の理(ことわり)とは違う論理で作られたような……」
ウィンドランナーは表情を硬くした。
「……回収するぞ。必要以上に、子供たちには見せるな」
「はい」
だが、子供たちの目は誤魔化せなかった。
特に、勘の鋭いライオスや、魔力に敏感なシズクは、その「死骸」から漂う異質な気配を感じ取っていた。
「……なんか、嫌な感じがする」
ソイルが身震いする。
「うん。あれは……『敵』だ」
クロノス(闇/六歳)が、影の中で静かに呟いた。
◇◆◇◆◇
その日の帰り道、バスの中は行きとは違う種類の沈黙に包まれていた。
「世界の広さ」を知った興奮よりも、「未知の脅威」への不安が勝っていたのだ。
「ねえ、ウィンドランナー先生」
シリウス(十歳)が尋ねた。
「あの『何か』は……父上たちが戦った魔王軍よりも、強いんですか?」
ウィンドランナーは、バックミラー越しにシリウスの目を見た。
「……分からん。だが、一つだけ言えることがある」
彼はハンドルを握りしめ、前を見据えた。
「俺たちの知っている『戦い』が、また変わろうとしているのかもしれない」
その言葉は、子供たちの心に重く響いた。
平和な日常の裏側で、何かが動き出している。
パパやママたちが守ってくれた世界に、新しい「壁」が立ちはだかろうとしている。
王都に帰り着いた時、空は不気味なほど赤く染まっていた。
ヒカルが出迎えてくれたが、ウィンドランナーの報告を聞いた彼の顔から、笑みが消えたのを子供たちは見逃さなかった。
「……そうか。ご苦労だった」
ヒカルは子供たちには悟らせまいと、すぐに優しいパパの顔に戻ったが、その瞳の奥には、かつて魔王と対峙した時と同じ、鋭い光が宿っていた。
「みんな、今日はよく学んだな。ゆっくり休みなさい」
子供たちが去った後、ヒカルはウィンドランナーとゼファーに低い声で命じた。
「アウラとソフス(オーディン)を呼んでくれ。……あの『残骸』を解析する。嫌な予感がするんだ」
「……ああ。これは、ただの魔獣じゃない。もっと古い、何かの気配だろう。他にも知識がありそうなメンバーには声をかけよう」
平和な学園生活の幕間に、次なる戦いの予兆が静かに、しかし確実に忍び寄っていた。
それは、魔王軍との戦いすら「序章」に過ぎなかったと思わせるほど、根源的で、絶望的な「神」の影だった。