第百四十三話:ウィンドランナーの社会科見学
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あらすじ
🏆【交響詩】竜の姫と絆のユニゾン ~裏切られた天才軍師は愛の和音で成り上がる - 第百四十三話:ウィンドランナーの社会科見学
本文
「王立・竜の子学園」の校門前に、一台の巨大な魔導バス(ドワーフ製)が停まっていた。
今日の授業は、教室を飛び出しての「社会科見学」である。
「はーい、みんな揃ったかい? 点呼は……ま、面倒だからいいか」
引率の先生として現れたのは、いつもの教師陣ではない。
茶色のコートを羽織り、ニヒルな笑みを浮かべた男――物流・貿易次長、ウィンドランナーだ。
彼はヒカルの古くからの協力者であり、この国の「血流」である物流を支える男だ。
「えー、点呼は必要です。論理的に見て、迷子のリスクを回避するためには……」
生徒会長のシリウス(十歳)が抗議しようとするが、ウィンドランナーは軽く手を振って遮った。
「固いこと言うなよ、生徒会長。今日は『教室じゃ学べないこと』を教えに来たんだ。教科書もノートもいらない。必要なのは、その目と耳、そして……財布くらいかな?」
「財布!?」
ライオス(八歳)が反応する。
「冗談だ。……さあ、乗りな。俺たちの国がどうやって回っているのか、裏側を見せてやるよ」
◇◆◇◆◇
バスが到着したのは、王都の中央に位置する巨大な「中央市場」だった。
そこは、人間、獣人、ドワーフ、エルフなど、多種多様な種族が行き交う熱気あふれる場所だ。
「うわぁ……! 人がいっぱい!」
「いい匂いがするー!」
リオ(風/四歳)とリベル(風/二歳)が窓に張り付く。ソイル(土/七歳)も、並んでいる野菜や果物に目を輝かせている。
「ここは王都の胃袋だ。世界中からあらゆる物が集まり、そして散っていく」
ウィンドランナーは子供たちを連れて、市場の雑踏へと歩き出した。
「おじちゃん! このお魚、どこから来たの?」
マリン(水/六歳)が魚屋の店頭で尋ねる。
魚屋の店主(獣人族)が豪快に笑った。
「おう! これは東の港町から、水竜便で今朝届いたばかりだぜ! 鮮度は抜群だ!」
「へえ……。東の港からここまで、普通なら馬車で三日はかかる距離です」
シズク(水/六歳)が頭の中で計算する。
「それを半日で……。水竜の遊泳速度と、保冷魔法のコストを考えると……」
「そう。だがな、ただ運べばいいってもんじゃない」
ウィンドランナーが補足する。
「鮮度を保つための氷は、北のドワーフ領から。運ぶための水路は、テラ様とガイアが整備した運河を使っている。そして、それを統括するのが、俺たち物流ギルドだ」
子供たちは、ただの魚一匹の背景に、膨大な「仕事」と「連携」があることを知った。
「見てみろ。あの果物は南の砂漠から。あの織物は西の山岳地帯からだ」
ウィンドランナーが指差す先には、色とりどりの商品が並んでいる。
「この国が平和になったから、こうして物が届く。道が安全でなければ、商人は旅ができない。関所が厳しすぎれば、物は腐る」
ユリウス(人/八歳)が、真剣な表情で頷いた。
「……ギルティア先生が言っていた『経済の循環』ですね。父上(ヒカル)が作った平和が、この市場を動かしている」
「ご名答。賢いな、坊主」
ウィンドランナーはユリウスの頭をポンと叩いた。
◇◆◇◆◇
次に向かったのは、市場の裏手にある「物流ギルド総本部」の巨大倉庫だった。
そこでは、山のような荷物が次々と運び込まれ、仕分けられ、再び運び出されていく。
「右翼、至急便! 風使い、順風を頼む!」
「重量物は土竜部隊へ! 足場を固めろ!」
倉庫内は、戦場のような忙しさだった。
飛び交う伝票、怒号、そして熱気。
「すっげぇ……。みんな、戦ってるみたいだ」
ライオスが圧倒されて呟く。
「ああ。ここは『止まらない戦場』だ」
ウィンドランナーが真顔で言った。
「物流が止まれば、街は飢える。薬が届かなくて死ぬ奴も出る。俺たちは、剣を持たずに国を守ってるんだ」
その時、倉庫の奥から風を纏った女性が現れた。
「あら? 可愛い見学者たちね」
物流総監ゼファーだ。彼女は山積みの書類を片手に、子供たちにウインクした。
「よく来たわね。……ウィンドランナー、サボってないでちゃんと説明してる?」
「人聞きが悪いな。未来の王族たちに、社会の仕組みを叩き込んでるところさ」
ゼファーは子供たちの前に屈み込んだ。
「みんな。毎日食べるご飯も、着ている服も、誰かが汗水流して運んでくれたものなの。魔法でポンと出てくるわけじゃないのよ」
「……うん」
子供たちが神妙に頷く。
特に、魔法で何でも解決できると思っていた子供たち(特にライオスや風の双子)には、衝撃的な事実だったようだ。
「父上や母上たちは、凄い魔法が使えるけど……」
ソイルが呟く。
「でも、ご飯を作ってくれる人や、運んでくれる人がいないと、王様でも生きていけないんだね」
「その通り。王様は偉いけど、王様一人じゃ国は回らない。……それを忘れないでね」
ゼファーは優しく微笑み、再び仕事の渦へと戻っていった。
その背中は、戦場の母たちとは違う、働く大人のカッコ良さに満ちていた。
◇◆◇◆◇
帰りのバスの中、子供たちは静かだった。
窓の外を流れる街の景色を、来る時とは違う目で見つめていた。
「……世界って、広いんだな」
ライオスがポツリと言った。
「俺、父上は城の中で偉そうにしてるだけかと思ってたけど……。こんなに広い国を、守ってるんだな」
「僕たちが学んでいる魔法や剣術も……」
シリウスが自分の手を見つめる。
「この平和な日常を守るために、使わなきゃいけないんですね」
「……あのお魚、残さず食べなきゃ」
マリンが小さな決意を口にすると、みんなが小さく笑った。
ウィンドランナーは、運転席でバックミラー越しに子供たちを見て、ニヤリと笑った。
(ヒカル。……お前の子供たち、なかなか見込みがあるぜ)
教室では教えられない「世界の重み」。
それを肌で感じた子供たちは、少しだけ大人びた顔つきで、夕暮れの王城へと帰還したのだった。
「ただいまー!」
「おかえり。どうだった、社会科見学は?」
出迎えたヒカルに、子供たちは競うように話し始めた。
市場の活気、働く人々の姿、そして自分たちが感じたこと。
その話を聞きながら、ヒカルはウィンドランナーと視線を合わせ、無言で感謝を伝えた。
「パパが守ってる国って、すごいね!」
リベルの無邪気な言葉が、何よりの報酬だった。