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第百九十二話:王の辞表と、継がれるべき背中

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あらすじ

🏆【交響詩】竜の姫と絆のユニゾン ~裏切られた天才軍師は愛の和音で成り上がる - 第百九十二話:王の辞表と、継がれるべき背中

本文

神との決戦から、一週間が過ぎた。

 世界は劇的に変わった――わけではない。

 空は相変わらず青く、太陽は東から昇る。ただ一つ、「魔法」という便利なツールが失われたことを除けば。

「うっ、ぐぐぐ……! お、重い……!」

 帝都郊外の復興現場。

 ヒカルは、崩れた石壁の撤去作業に追われていた。

 以前なら、指先一つで重力を操作して浮かせられた石材が、今は鉛のように重い。

 隣では、かつて怪力無双を誇った土竜のガイアが、鍬くわを持って額に汗している。

「王よ、腰を落とすのです! 腕だけで持ち上げようとすると痛めますぞ!」

「わかってるよ、ガイア! くそっ、不便になったなぁ!」

 二人は顔を見合わせて笑い、泥だらけになって働いた。

 街には活気が戻り始めていた。

 魔導ランプの代わりに油の松明が焚かれ、転移魔法の代わりに馬車が行き交う。

 不便だ。効率は最悪だ。

 けれど、人々は「自分たちの手で生活を作っている」という実感に、どこか生き生きとしていた。

 ◇◆◇◆◇

 その夜。

 王宮の会議室――といっても、半壊した屋根を帆布で補修した仮設の場所だが――に、主要メンバーが集められた。

 六龍妃たち、レオーネ、レオナルド皇帝、ガイアたち六天将。

 そして、特別枠として子供たちの代表数名。

 重苦しい沈黙の中、ヒカルは一枚の羊皮紙をテーブルに置いた。

「――単刀直入に言う。俺は、王を引退する」

 予想していた通り、部屋中がどよめいた。

 レヴィアがバンッ! と机を叩いて立ち上がる。

「ちょっと! どういうことよ、ヒカル! 神様を倒して、これからって時に!」

「落ち着け、レヴィア。これは論理的な帰結だ」

 ヒカルは静かに説明を続けた。

「俺が王になれたのは、竜の力を調律できる『共感能力』と、俺自身が竜化できる『武力』があったからだ。だが、今はもう両方ともない」

 ヒカルは自分の手を見つめた。

 今の自分は、ただの人間だ。しかも、長年の激戦でガタがきている三十路の男だ。

「魔力のない新しい世界に必要なのは、俺みたいなイレギュラーな存在じゃない。もっと実務的で、新しい時代に適応できる指導者だ。……例えば、レオーネやレオナルドのような」

 ヒカルは帝国側の二人を見た。

 だが、レオーネは首を横に振った。

「買いかぶりすぎだ、ヒカル。私は帝国の統治で手一杯だ。それに、異なる種族を一つにまとめ上げられるのは、貴様という『象徴』以外にあり得ん」

「そうです、兄上や国民は『竜の力』にひれ伏していたのではありません。『ヒカル』という人柄についてきたのです」

 レオナルドもレオーネも必死な目で訴える。

「しかしだな……」

 ヒカルが言い淀んでいると、部屋の扉が乱暴に開かれた。

「――異議あり!!」

 凛とした少年たちの声が響いた。

 入ってきたのは、子供たちだ。

 先頭に立つのは、銀髪の知的な少年。フレアとシエルの息子であり、学園の生徒会長も務めるシリウスだ。

 その横には、ヒカルとレヴィアの息子、ライオスが不満げな顔で立っている。

「シリウス? ライオス? ここは子供が……」

「子供扱いしないでください、おじ様……」

 シリウスは、いつもの「王よ」ではなく、親愛を込めた呼び名でヒカルを遮った。

 彼は魔力を失った今でも、背筋を伸ばし、堂々としていた。その姿は、かつてのシエルの優雅さと、フレアの熱さを併せ持っていた。

「おじ様が引退されるなら、誰が次の王になるおつもりですか? 血統順で言えば、レヴィア様との長男であるライオスか、年長者である僕になりますが」

 シリウスは冷静に問いかける。

 ヒカルはライオスを見た。

 赤髪の少年は、バツが悪そうに視線を逸らした。

「お、俺はまだ無理だぜ! 漢字も全部読めねーし、母さんみたいに怒ってばっかになっちまう!」

「……ライオス、後で説教よ」

 レヴィアがこめかみに青筋を立てる。

 シリウスはふっと笑い、ヒカルに向き直った。

「僕たち次世代も、それぞれの才能を持っています。魔力のない世界で、科学や技術、新しい政治を学ぶ覚悟もあります。……ですが」

 シリウスの瞳が、強くヒカルを射抜いた。

「まだ、早すぎます。僕たちは、貴方の背中を見て育ちました。圧倒的な力で敵をねじ伏せる背中ではなく、悩み、傷つき、それでも家族を守るために頭を下げる、泥臭い背中を」

「シリウス……」

「魔力がなくなった世界で、どうやって国を富ませるのか。どうやって種族間の争いを防ぐのか。……『力なき王』の戦い方を、一番特等席で見せてください。それが、僕たちへの最後の教育(帝王学)ではありませんか?」

 部屋中が静まり返った。

 正論だ。完璧な論破だった。

 カインが生きていたら、「生意気なガキだ」と笑っただろう。

「……ははっ。参ったな」

 ヒカルは天井を仰いだ。

 逃げようとしていたのかもしれない。「力がない」ことを言い訳にして、重責から解放されたいと。

「王よ。わらわからもお願いします」

 テラが静かに立ち上がり、ヒカルの手を握った。

「力など、最初からどうでもよかったのです。貴方が貴方である限り、わらわたちは貴方の剣であり盾です。……たとえ、フライパンとお玉しか持てなくとも」

「私もよ! ヒカルが引退するなら、私も引退して毎日イチャイチャするわよ! それでもいいの!?」

 レヴィアが極論を叫ぶ。それはそれで悪くない気がしたが、国が滅ぶので却下だ。

 ヒカルは息を吐き、辞表を破り捨てた。

「わかった。……前言撤回だ」

 ヒカルは玉座(パイプ椅子)に座り直した。

「俺は引退しない。これからは『竜の王』じゃなく、ただの『人間王ヒカル』として、この国を立て直す。……シリウス、ライオス、そしてみんな。俺が音を上げるまで、しっかりついてこいよ!」

「「はいっ!!」」

 子供たちが声を揃えて返事をする。

 ライオスがニカっと笑い、シリウスが恭しく一礼する。

 後継者は、確かに育っている。

 今はまだ、ヒカルが風よけになろう。

 彼らが、この新しい世界を自分たちの足で歩けるようになる、その日まで。

 こうして、第一次「王の引退騒動」は、次世代の若者たちの説得によって幕を閉じた。

 だが、これは新たな「多忙な日々」の始まりに過ぎなかったのである。

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ざつ

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