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第百九十一話:魔力なき帰還と失われた力

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あらすじ

🏆【交響詩】竜の姫と絆のユニゾン ~裏切られた天才軍師は愛の和音で成り上がる - 第百九十一話:魔力なき帰還と失われた力

本文

神の眼球が砕け散り、世界を覆っていた虚無の空間が晴れていく。

 だが、同時に俺たちを空中に留めていた「理(ことわり)」もまた、急速に失われつつあった。

「きゃああああああああッ!? 浮力が……落ちていくわ!」

 セフィラが叫ぶ。彼女の背中から、風の翼が光の粒子となって霧散していく。

「エンジンの魔力反応、急速に低下! 『風神の翼』も機能停止します!」

 艦橋でボルタが悲鳴を上げる。

 神というシステム中枢を破壊した代償。それは、この世界を構成していた「魔法」というシステムそのものの消失だった。

 おそらく消失は徐々に進んでおり、残余があるのだろう、かろうじて弱いながらに機能はしているが、急速に魔力の根源のマナと呼ばれるナノマシンが失われて行く……。

「墜ちるぞ! 全員、衝撃に備えろ!」

 俺の声と共に、超弩級戦艦『希望号』は、推進力を失ったただの鉄の塊となって、重力に従い地上へと落下を始めた。

 だが、それは絶望的な墜落ではない。

 眼下に広がるのは、緑豊かな帝都の森。俺たちが守り抜いた、故郷の大地だ。

「ガイア! 聞こえるか! 不時着する! 受け止めてくれ!」

『応ッ! 任せてください、王よ! ……ですが、落下速度が速すぎます! 今の土のクッションだけでは衝撃を殺しきれません!』

 通信機の向こうで、ガイアの焦燥した声が響く。

 魔力が消えつつある今、ガイアも全盛期の力は出せないのだ。

「くっ……! セフィラ、ゼファー! 風で減速を……! フレアも炎の逆噴射できるか!?」

 ヒカルが振り返るが、言葉を飲み込んだ。

 セフィラは既に床に崩れ落ち、ゼファーも操舵輪にしがみついたまま意識を失いかけている。

 風の加護を誰よりも強く受けていた彼らは、魔力の消失と同時にガクンと気力を奪われ、完全に力尽きていた。

 フレアも必死に炎を吐いているが、まるでガス欠のように持続も勢いもなくなっている。

 万事休すか。

 地面が迫る。

 その時だった。

 轟音を立てて落下する船体を、ふわりと「優しい風」が下から包み込んだ。

『王よ! 我ら天狗の風、最期のひと吹きをお使いください!』

『森の木々よ、風の精霊よ! 彼らを優しく抱きとめて!』

 通信機から、天狗族の長の凛とした声と、イリスやエルフたちの祈りの声が響く。

 見れば、東の山脈から逆巻く突風が、そして森からは柔らかな緑の風が吹き上がり、鉄塊となった『希望号』をエアバッグのように受け止めていた。

 かつては敵対し、あるいは距離を置いていた種族たちが、消えゆく魔法の残滓(残りカス)を全て振り絞り、俺たちを救おうとしてくれている。

『今です、ガイア殿!』

『うおおおおっ! 受け止めるぞぉぉぉッ!!』

 風が衝撃を和らげた絶妙なタイミングで、ガイアが裂帛の気合いと共に咆哮した。

『我が身を盾にしても守り抜く! 土竜顕現・完全竜化フル・ドラゴン・フォーム!!』

 土煙の中、ガイアの姿が巨大な岩山のような土竜《アース・ドラゴン)へと変貌する。消えゆく魔力を全て肉体強化に注ぎ込んだ、一世一代の変身だ。

 現れた巨大な竜の腕が、人類軍が展開した土砂やネットごと、落下する船体をガッシリと抱きとめる。

 自らの肉体をクッションに、王の帰還を支えるために。

 ズズズズズ……ドォォォォォンッ!!

 激しい振動と土煙。木々をなぎ倒しながら、『希望号』は帝都近郊の森に胴体着陸した。

 軋む金属音。舞い上がる砂塵。

 そして、訪れた静寂。

「……みんな、無事か?」

 俺は咳き込みながら、瓦礫を押しのけて立ち上がった。

 右腕を見る。

 そこにあったはずの深紅の竜鱗は、跡形もなく消え去っていた。爪も、牙も、溢れ出ていた力も。

 あるのは、傷だらけの、ただの人間の腕だけ。

「……消えたな」

 俺は「ヒカル・クレイヴ」に戻ったのだ。竜の王ではなく、ただの人間として。

「あいたたた……。もう、酷い着陸ね」

 瓦礫の陰から、レヴィアが姿を現した。彼女のドレスは煤け、自慢の炎の髪も今は普通の赤い髪に戻っている。

 彼女が指先を鳴らすが、いつもの火花は散らない。

「あら? 火が出ないわ。……本当に、魔法がなくなったのね」

「論理的に……世界のリセットが完了した証拠です」

 アクアが割れた眼鏡を外しながら呟く。彼女からも、冷気は消えていた。

 テラも、セフィラも、ヴァルキリアも。

 誰もが魔力を失い、ただの乙女のように立ち尽くしている。

『――ま、そういうことだ』

 脳裏に、懐かしい声が響いた。

 カインだ。だが、その声はノイズ混じりで、今にも消え入りそうだった。

「カイン……! お前、どうなるんだ」

『俺はシステムのバグそのものだ。システムが初期化されれば、当然俺も消える。……勘違いするなよ、ヒカル。俺は貴様のために消えるんじゃない。ただ、この退屈な世界に飽きただけだ』

 最後まで減らず口を叩く、最高の悪友。

『ヒカル。貴様が選んだ「力のない世界」……せいぜい、泥臭く生きてみせろ。……じゃあな』

 プツン、と。

 頭の中にあったノイズが消えた。

 カイン・グリムウッド。俺を絶望に突き落とし、そして最後は共に神を殺した天才は、新しい世界の夜明けと共に、静かに去っていった。

「……ああ。見ていろよ、カイン」

 俺は涙を拭い、ハッチを開けた。

 外には、大勢の仲間たちが待っていた。

 ガイア、レオナルド、レオーネ、そして王室メイド隊の面々。

 着陸の衝撃と魔力の消失で変身が解けたガイアは、人間の姿に戻り、肩で息をしながらも満面の笑みで立っていた。

「王よ!! ご無事で!!」

「ヒカル様!!」

 ガイアが俺を抱きしめ、その巨体で男泣きする。

 レオーネも、皇女の威厳を忘れて涙を流している。

 リヒターやアウラは、もういない。けれど、彼らが命を賭して守った世界は、ここにある。

「みんな……ただいま」

 俺の言葉に、妻たちも次々とタラップを降りてくる。

 魔力を失い、飛ぶこともできない彼女たちは、自分の足で、一歩ずつ大地を踏みしめていた。

「疲れたわ……。もう一歩も動けない」

 レヴィアがへたり込む。

 その時、ふと彼女が何かを思い出したように顔を上げた。

「……あ。そういえば」

「ん? どうした、レヴィア?」

 レヴィアは、キョロキョロと周囲を見渡し、そしてルーナの腕の中で安らかに眠っている小さな少女――アルテミスに視線を止めた。

 神との決戦で全ての力を使い果たし、今はただの女の子として眠る末娘。

「夫よ。大事なことを忘れていたわ」

 レヴィアは真剣な表情で、全員に向き直った。

 その場にいる全員が、「また正妃争いか?」と身構える。

 レヴィアの口から出たのは、いつもの言葉だった。

「で、今回のMVPは?」

 その言葉に、アクアが、テラが、セフィラが、ヴァルキリアが、きょとんとする。

 そして、次の瞬間、全員が吹き出した。

「ふふっ、そうですわね。それを決めないと、戦いは終わりませんわ」

「あはは! レヴィア姉さん、それ、まだやるの?」

「当ったり前じゃない、戦は総括までしなくちゃ!!」

 だが、レヴィアは、ニヤリと笑うと、いつものように「私よ!」とは言わなかった。

 彼女は優しく、ルーナの元へ歩み寄ると、眠るアルテミスの頬をそっと指でつついた。

「今回は……この子、アルテミスよね?」

 その一言に、場が静まり返る。

 あの激情家で、誰よりも一番を欲しがっていたレヴィアが。

 初めて、自分以外の誰かを――それも娘を、一番に推挙したのだ。

「文句ある? この子が繋いでくれなきゃ、私の炎も、貴女たちの力も、神様には届かなかった。……私たちの『愛の結晶』が、世界を救ったのよ」

 レヴィアの誇らしげな顔。それは、戦士の顔ではなく、完全に「母」の顔だった。

「……異論はありません。論理的に、最大貢献者です」

 アクアが微笑む。

「わらわも賛成です。……よく頑張りましたね、アルテミス」

 テラが頭を撫でる。

「うん! アルテミスちゃんが一番のヒーローだよ!」

 セフィラが跳ねる。

「……フン。今回ばかりは、譲ってやろう」

 ヴァルキリアも柔らかい声で腕を組んで頷く。

 ルーナは、力を使い果たして眠る娘を愛おしそうに抱きしめ、涙を浮かべて微笑んだ。

「ありがとうございます、皆様……。ふふ、起きたら教えてあげなくちゃ。『貴女がMVPよ』って」

 ヒカルは、そんな妻たちの様子を見て、胸がいっぱいになった。

 魔力は消えた。竜王の力も失った。

 だが、ここにはそれ以上に尊い、確かな「絆」が残っている。

「よし。じゃあ、全会一致で決定だ」

 ヒカルは宣言する。

「今回のMVPは、アルテミス! ……そして、それを支え抜いた、世界一の妻たち全員だ!」

「「「キャーーッ!! あなたーーッ!!」」」

 魔力を失ったはずの妻たちが、物理的な突進力でヒカルに飛びつく。

 その衝撃でヒカルは派手に転び、泥だらけになった。

 痛みも、重みも、すべてが愛おしい。

 帝都の広場では、魔力時代を生き抜いた全種族の兵士たちが、魔力のない世界での平和を誓い合っている。

 勝利の歓声と、家族の笑い声。

 こうして、長い長い神との戦いは幕を下ろし、魔法のない、けれど温かい「人の時代」が始まろうとしていた。

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ざつ

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