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第百九十七話:賢者の継承と次世代の恋

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あらすじ

🏆【交響詩】竜の姫と絆のユニゾン ~裏切られた天才軍師は愛の和音で成り上がる - 第百九十七話:賢者の継承と次世代の恋

本文

アルテミスの目覚めから数日後。

 王宮と帝都の機能が完全に回復し、安定期に入ったことを見届けたある日、帝国の執務室で一つの重要な決断が下された。

「――以上だ。来月をもって、私は宰相としての実務権限の大半を移譲する」

 書類の山が積まれた執務室で、レオーネは淡々と告げた。

 かつて辺境諸国連合の総帥であったリヒター亡き後、その遺志と帝国の屋台骨を支え続けてきた女傑。帝国から嫁いで十数年、激動の時代を駆け抜けてきた彼女は、30代半ばを迎え、女帝としての貫禄と艶やかな美しさを併せ持っていた。

 呼び出された二人の若者――シリウスとユリウスは、驚きに目を見開いた。

「母上……本気ですか? まだ早すぎます」

 ユリウスが眼鏡の位置を直しつつ、動揺を隠せない声で問う。

 彼はレオーネの一人息子であり、オーディーンの下で学び「若き賢者」と称される秀才だ。

「母上はまだ働き盛り。政治家として最も脂が乗っている時期ではありませんか。引退などと……」

「ふっ。誰が引退して隠居生活に入ると言った?」

 レオーネは不敵に笑い、窓の外の復興した帝都を見下ろした。

「私は『現場の激務』から退くだけ。魔力なき新時代に必要なのは、私の『剛腕』によるトップダウンではなく、お前たちの『柔軟性』によるボトムアップなのよ。私が元気なうちに、失敗をフォローできるうちにバトンを渡す。それが最強の組織論ですわ」

 彼女は振り返り、二人の前に歩み寄った。ヒールがコツンと鳴る。

「ユリウス。お前には帝国の『法と知恵』を任せる。新しい憲法の草案、そして科学技術の倫理規定……お前の理知的な頭脳で、この国のシステムを再構築しろ」

「……はい。その重責、謹んでお受けします」

「そして、シリウス」

 レオーネの視線が、もう一人の若者に向けられる。

 フレアとシエルの息子であり、次期国王ライオスの右腕と目される男。

「あなたには『統治の実権と軍権』の一部を移譲するわ。ライオスは将来の王としてのカリスマはあるが、実務はからっきし。お前が手綱を握り、彼を支えてあげて」

「……僕に、軍権まで? それは荷が重すぎます」

 シリウスが珍しく弱音を吐いた。

 彼は優秀すぎるがゆえに、責任の重さを誰よりも理解してしまう。父フレアの熱さと母シエルの冷徹さ、その両方を受け継ぐがゆえの葛藤。

「あら、情けない声」

 その時、執務室の扉が勢いよく開かれた。

 入ってきたのは、お盆にお茶セットを載せたノア(ヒカルとレヴィアの娘)だ。

「ノア? 盗み聞きかい?」

「聞こえちゃったんですーだ! もう、シリウス様ったら!」

 ノアはポットを置くと、シリウスの背中に回り込み、バシッ! と背中を叩いた。

「ぐふっ!?」

「痛いでしょう? でも、その痛みと一緒に、私たちがついています! ライオスお兄ちゃんだけじゃない、私も、みんなも! シリウス様が潰れそうになったら、私がもっと強く背中を叩いて励ましてあげますから!」

 ノアの強気な言葉と、真っ直ぐな瞳。

 シリウスは痛む背中をさすりながら、苦笑した。

「……手厳しいな、未来の宰相夫人様は」

「ふふん。私の背中を預ける相手なんですから、しっかりしてくださいね!」

 その光景を見て、レオーネは満足げに頷いた。

「……心配はいらいわね。お前たちには、最強の『支え』がついているみたいだし。私は一線から退くけど、楽隠居するつもりはないからね? これからは『大御所』として、後ろから目を光らせているからな」

 その日の夕暮れ。

 王宮の庭園で、ユリウスはベンチに座り、溜息をついていた。

「……法と知恵、か。母上の期待に応えられるだろうか」

 常に冷静な彼だが、その内面は繊細だ。リヒターという偉大な先達、レオーネという偉大な母。その背中の重圧。

「大丈夫ですよ、ユリウス様」

 隣に、そっと座る影があった。

 ソイル(ヒカルとテラの娘)だ。彼女は読みかけの本を閉じ、ユリウスの手を包み込んだ。

「ソイル様……」

「ユリウス様は、誰よりも優しくて、誰よりも深く物事を考えていらっしゃいます。もし迷った時は……わらわが、その足元を固めます。土のように、変わらず、ずっと」

 母テラ譲りの、絶対的な包容力と安定感。

 ユリウスの張り詰めた糸が、ふっと緩んだ。

「……ありがとう、ソイル。君の言葉にはいつも救われる」

「ふふ。……ところで、ユリウス様」

 ソイルの雰囲気が、ふわりと変わった。

 彼女は潤んだ瞳で、上目遣いにユリウスを見つめる。その瞳の奥には、キラキラとした、しかし逃げ場のない圧力が宿っていた。

「先日行われた、ライオス兄様とシズクお姉様の婚約発表……とても素敵でしたわねぇ。民衆の前で、堂々と愛を誓い合って……」

「あ、ああ。そうだね。ライオスの奴、意外と度胸があったな」

 ユリウスの頬が引きつる。

「わらわも、いつかあんな風に、愛する殿方と結ばれたいですわ。……ねえ、ユリウス様? わらわたちも幼馴染として、もう十分な時間を過ごしてきましたよね?」

 ソイルがにっこりと微笑む。その笑顔は慈愛に満ちているが、背後には不動の岩山のようなプレッシャーが見え隠れしていた。逃げられない。論理的にも、感情的にも、退路は断たれている。

「……はは。参ったな」

 ユリウスは観念したように苦笑した。

「ソイル。君、いつの間にか一人称が『わらわ』になっているけれど……最近、テラ様に似てきたね」

「あら? そうですか? ……どこがですの?」

 ソイルが小首をかしげる。

「その、有無を言わさず外堀を埋めるあたりだよ」

 ユリウスは溜息をつき、そして彼女の手を強く握り返した。

「わかったよ、ソイル。……僕の生涯をかけて、この国の法を、そして君を守ると誓う。……僕と、結婚してくれないか?」

 覚悟を決めたプロポーズ。

 ソイルはパァァッと花が咲いたような満面の笑みを浮かべた。

「はい! 喜んでお受けしますわ、ユリウス様!」

 そして、彼女は驚くべき怪力でユリウスの手を引いて立ち上がった。

「善は急げですわ! さあ、今すぐお母様たちにご報告に行きましょう!」

「えっ、今すぐ!? 心の準備が……!」

「母様(テラ)とレオーネ義母様は、あちらでお茶をしていらっしゃいます! 逃がしませんわよ!」

 ズルズルと引きずられていく若き賢者。

 夕日が、たくましい花嫁と、尻に敷かれる未来が確定した花婿を祝福していた。

 ◇◆◇◆◇

 翌朝。

 レオーネは一人、帝都を見下ろす丘の上にいた。

 そこには、簡素だが手入れの行き届いた墓石がある。

 かつての連合総帥、リヒターの墓だ。

「……リヒター閣下。報告に来ました」

 レオーネは墓前に、故人が好きだった強い酒を供えた。

 彼は血の繋がった父ではない。だが、帝国から嫁いできた若き日の自分を導き、共に国を支え、政治のいろはを叩き込んでくれた偉大な師であり、同志だった。

「肩の荷を少し、下ろさせてもらいますよ。……貴方の孫のような子供たちが、立派に世界を担ってくれますから」

 シリウスの聡明さ、ユリウスの知性。そして彼らを支えるノアやソイルの愛。

「貴方が命を賭して守ろうとしたこの国の未来は、もう大丈夫です。……これからは、少しは自分の時間を使わせてもらいますよ。なにせ、まだ人生の折り返し地点ですからね」

 風が吹き抜け、墓石の周りの花が揺れる。

 まるで、厳格だった総帥が、初めて同志に「よくやった」と微笑んだかのように。

 鉄血宰相の仮面を少しだけ外したレオーネの表情は、憑き物が落ちたように穏やかだった。

 ◇◆◇◆◇

 一方、そんな地上のしんみりした空気とは無縁の場所があった。

 遥か上空、雲の上だ。

「ヒャッハー!! 最高だぜぇぇぇ!」

「ちょっとリオ! スピード出しすぎよ!」

 風を切って飛ぶ二つの影。

 グライダーを操るリオ(セフィラの息子)と、天狗族の巨大な扇に乗ったフウガだ。

 二人は、天狗の里との技術交流を通じて意気投合していた。

 風の魔力を失ってもなお、風を愛し、空に焦がれる魂。

 種族は違えど、二人は「同じ風」を感じていた。

「へっ、これくらいでビビってんのかよ、天狗の姫様!」

「誰がビビってるって!? あんたこそ、気流の読みが甘いわよ! こっちの積乱雲の方が上昇気流が強いんだから!」

 フウガが扇を巧みに操り、急上昇する。リオも負けじとグライダーの翼を傾け、彼女の後を追う。

 それは競争であり、ダンスであり、求愛の舞のようでもあった。

「ははっ、面白い! 一生退屈しなさそうだ!」

 リオが叫ぶ。

「当たり前でしょ! 私についてこようなんて、百年早いわよ……でも!」

 フウガが振り返り、悪戯っぽく笑った。

「追いつけたら、またキスくらいしてあげてもいいわよ!」

「上等だ! 逃がすかよ!」

 青空に描かれる二つの飛行機雲。

 かつて竜と天狗が争った空は今、若者たちの自由なキャンバスになっていた。

 地上で見上げた人々が、「あんなに高く飛べるのか」と希望を抱くほどに。

 賢者たちの継承と、空を駆ける恋。

 それぞれが選んだ「新しい自由」が、世界中に満ち始めていた。

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ざつ

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