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第百九十八話:水と油、光と影の交差点

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あらすじ

🏆【交響詩】竜の姫と絆のユニゾン ~裏切られた天才軍師は愛の和音で成り上がる - 第百九十八話:水と油、光と影の交差点

本文

帝都の復興も一段落し、新しい時代の訪れを祝う「星見の祭り」が開催されていた。

 魔力による華やかな演出はない。だが、街路樹には無数のオイルランタンが吊るされ、人々が持ち寄った手料理や音楽が、温かく街を包み込んでいた。

「……おい、シズク。歩くのが速いぞ。ドレスなんだから気をつけろよ」

「あら、ライオス。貴方が遅いだけよ。次期国王がそんなダラダラ歩いていてどうするの?」

 祭りの人混みの中、変装(といっても、ライオスはサングラス、シズクは帽子を深く被っただけだが)をした二人が歩いていた。

 二人は先日、婚約を発表したばかりの公認カップルだ。

 だが、その会話には甘い雰囲気など微塵もない。いつもの「水と油」の口喧嘩だ。

「ったく……。婚約発表したからって、急に『王妃らしく』振る舞おうとしやがって。可愛げがねーんだよ」

 ライオスが小声で悪態をつき、屋台で買った串焼きを頬張る。

「なんですって? 誰かさんが頼りないから、私がしっかりするしかないのでしょう?」

 シズクも負けじと、射的の景品であるぬいぐるみを抱きながら言い返す。

 そんな二人だが、周囲の庶民たちにはとっくにバレていた。

 というか、バレバレだった。

「あら、あれライオス様じゃない?」

「シズク様もご一緒よ。ふふ、また喧嘩してる」

「仲がいいわねぇ」

 パン屋のおかみさんが、焼きたてのパンをそっとライオスのポケットにねじ込む。

「ライオス様、これおまけ! シズク様と仲良く食べてね!」

「お、おう! サンキュなおばちゃん!」

 さらに、若い街娘たちが黄色い声を上げる。

「キャーッ! ライオス様、私服もワイルドで素敵ぃ!」

「こっち向いてー! 婚約おめでとうございまーす!」

 ライオスが照れくさそうに手を振り返すと、その瞬間、彼の隣から冷ややかな殺気が放たれた。

「……ライオス? 随分とデレデレしていますわね」

「ひっ!? ち、ちげーよ! 愛想よくしてるだけだろ!」

「あらそう。……あとで母様(アクア)に報告しておきますわ。『ライオス様は、婚約者が隣にいるのに他の女性に鼻の下を伸ばしていました』と」

「やめろ! 義母上(アクア)の説教は寿命が縮む!」

 シズクの嫉妬混じりの殺気に、ライオスが青ざめる。

 そんなコミカルなやり取りも含めて、二人は帝都の「愛すべき名物カップル」として親しまれていた。

 そんな時だった。

 シズクが少し離れたアクセサリーの屋台を覗き込んでいると、背後から軽薄そうな男の声がかかった。

「おや、美しいお嬢さん。お一人かな?」

 他国から来たばかりで、この国のニュースを知らない商人の息子らしい、キザな男だ。

 よりにもよって、この国で最も手を出してはいけない女性、しかも今は嫉妬モード全開の次期王妃に声をかけてしまった哀れな子羊。

「……連れがおりますので」

 シズクは冷淡にあしらおうとするが、男はしつこく食い下がる。

「連れって、あの野暮ったい赤髪の彼? あんなガサツそうな男より、僕と大人の夜を楽しまないかい? 君のような宝石は、もっとふさわしいケース(男)に収まるべきだ」

 男がシズクの腕に馴れ馴れしく触れようとした、その瞬間。

 ゴオォォォォッ……!

 男の周囲の空気が、突如として陽炎のように歪んだ。

「……おい。その薄汚い手を離せ」

 そこに立っていたのは、串焼きの串を握力だけで炭化させたライオスだった。

 その背後には、魔力がないはずなのに、なぜか揺らめく「激怒のオーラ」が見える。

 王族の婚約者に手を出すという、国家反逆レベルの愚行を犯そうとしている男に対し、次期国王の堪忍袋の緒が切れたのだ。

「ひぃっ!? な、何だ君は! 熱い、熱いぞ!?」

「命知らずにも程があるな。……俺の『宝石』に触れていいのは、世界で俺だけだ」

 ライオスは男を、物理的な熱量と殺気だけで射すくめた。

 男は腰を抜かし、悲鳴を上げて逃げ出した。「ごめんなさぁぁぁい!」

 騒ぎが収まると、ライオスはふん、と鼻を鳴らし、強引にシズクの手を引いて歩き出した。

「行くぞ、シズク」

「ちょ、ちょっとライオス! 痛いわよ!」

 人混みを抜け、人気の少ない城壁の裏手まで来たところで、ライオスはようやく足を止めた。

 沈黙が流れる。

「……ごめん。強く引きすぎた」

 ライオスが、珍しくしおらしく謝る。

「……別に。……でも、今の言い方は何よ。『俺の宝石』だなんて」

 シズクが顔を赤らめてそっぽを向く。

「だって事実だろ!」

 ライオスが思わず叫ぶ。

「お前は賢くて、綺麗で、王妃として完璧かもしれねぇけど……俺にとっては、昔からずっと喧嘩してきた、ただのシズクなんだよ! 国とか立場とか関係ねぇ、俺はお前を……一人の女として守りたいんだ!」

 不器用で、直球すぎる告白。

 シズクは目を丸くし、やがてふわりと微笑んだ。

 その瞳が、ランタンの光を受けて潤んでいる。

「……やっと言った。バカ」

「うっせ! 言わせるなよ!」

 ライオスがシズクの肩を抱き寄せる。

 シズクも抵抗せず、その胸に身を委ねた。

 重なる唇。

 それは、喧嘩ばかりだった二人が、初めて「素直」になれた瞬間だった。

 ◇◆◇◆◇

 一方、祭りの喧騒から遠く離れた、王宮の裏庭にある森。

 静寂の中、一人木に寄りかかって夜空を見上げる少年がいた。

 クロノスだ。

 ヴァルキリアの息子として闇の系譜を継ぐ彼は、賑やかな場所があまり得意ではない。

「……くだらない。群れて何が楽しい」

 そう呟き、孤独に浸ろうとした時。

「みーつけたっ!」

 頭上から明るい声が降り注ぎ、バサリと木の枝が揺れた。

 降ってきたのは、風の皇女リベルだ。

「……リベル。またお前か」

 クロノスが眉をひそめる。

「またとは失礼ね! せっかくのお祭りなのに、こんな暗いところで一人ぼっちなんて可哀想だから、誘ってあげたのよ!」

 リベルは悪びれもなく笑い、クロノスの手を引っ張る。

「離せ。俺は孤独を愛する……」

「ダメ! 絶対離さない! もういい加減、中二病から脱してよね!!」

「ちゅ、中二病!?」

 リベルはいつになく強引だった。その瞳には、並々ならぬ決意の炎が宿っている。

「……なんだ、その目は」

「だって! シズクお姉ちゃんも婚約したし、ソイルお姉ちゃんまでユリウスさんと婚約しちゃったのよ!? それに、あのノアお姉ちゃんだって、今ごろ生徒会室でシリウス様と『二人きりの残業デート』を楽しんでるに決まってるわ! 私だけ取り残されるなんて絶対イヤ!」

 リベルが叫ぶ。

 そう、先日の「ソイル電撃婚約」の衝撃は、妹たちにも波及していたのだ。

 特に、負けず嫌いなリベルにとって、姉たちが次々と幸せを掴んでいく状況、そしてライバルのノアが着実に既成事実を作っている現状は看過できない事態だった。

「だから決めたの! 次は私の番よ! そしてターゲットはあんたよ、クロノス!」

「はぁ!? タ、ターゲットって……」

 クロノスがたじろぐ。

 風の皇女は、標的をロックオンした猛禽類のような目で彼を見上げていた。

「あんた、顔はいいし、強いし、無口だけど優しいし……磨けば光る原石だもの。他の子に取られる前に、私が予約済みにしておくの!」

「俺を物品扱いするな!」

「文句言わない! ほら、あっちの広場でダンスが始まるの! 私のリードについてきなさい!」

 リベルはクロノスの腕を抱え込み、強引に引きずっていく。

 風が闇を吹き飛ばすように、リベルの笑顔と強引さが、クロノスの頑なな心をこじ開けていく。

「……くそっ。お前には敵わん」

 クロノスは観念したように溜息をつき、しかしその手は振りほどかなかった。

 光と影。正反対の二人だが、その手はしっかりと繋がれている。

 孤独な闇は、自由奔放な風に捕まり、これから始まる賑やかな未来へと連行されていった。

 ◇◆◇◆◇

 そんな子供たちの様子を、王宮のテラスから見守る影があった。

 ヒカルと、六人の妻たちだ。

 彼らはワイングラスを片手に、遠くに見える二組のカップル――城壁の陰で抱き合うライオスたちと、広場へ連行されていくクロノスたち――を眺めていた。

「あらあら。ライオスのやつ、やっと男を見せたわね」

 レヴィアが嬉しそうにニヤニヤしている。

「シズクも、ようやく素直になれたようです。……論理的には、もっと早くこうなるべきでしたが」

 アクアも眼鏡の奥で目を細める。

「クロノスも、リベルちゃんには完全に尻に敷かれているわね」

 ヴァルキリアが珍しく優しい顔で笑う。

「ふふっ、リベルは狙った獲物は逃しませんから! 誰に似たのかしら?」

 セフィラが胸を張る。

「ソイルも先日、ユリウス様と婚約いたしましたし……これで子供たちは皆、春を迎えましたわね」

 テラが穏やかに、しかしどこか誇らしげに頷く。彼女の娘もまた、しっかりと幸せを掴んでいるのだ。

 ヒカルは、夜風に吹かれながら、愛しい妻たちと、成長した子供たちを見渡した。

「……あいつらは、俺たちよりもずっと自由に、ずっと強く愛を育んでるな」

「ええ。私たちの時代は、戦いと義務が常に隣り合わせでしたから」

 テラが同意し、ヒカルの手をそっと握る。

「でも、だからこそ尊いのです。私たちが守った世界で、あの子たちが『ただの恋』に悩めることが……」

 ルーナが聖母のような微笑みを浮かべる。

「ああ。……俺たちの勝ちだな」

 ヒカルはグラスを掲げた。

 次世代の基盤は盤石だ。

 彼らはもう、親の保護などなくても、自分たちの足で歩き、自分たちの愛を見つけていける。

 その確信が、ヒカルの胸に深い安らぎをもたらしていた。

 星見の祭りの夜。

 それは、かつての英雄たちが安心して「親」の顔に戻れる、平和の象徴のような一夜だった。

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ざつ

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