※ 第17話 今の痛みと過去の苦しみ
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ガールズ・バント・フライ 〜打ち上げてんじゃねーよバカヤロー! と怒られるバント下手な野球少女。異世界転移し『バットに触れた物を少し浮かせる』スキルで空から落ちて来るのじゃロリ王女を助け従者になる〜 - ※ 第17話 今の痛みと過去の苦しみ
本文
ガクン、と身体が揺れて伊織の身体は空中で停止した。
振り向くと1人の兵士が伊織の身体を掴んで高台からの落下を阻止し、もう1人はふわりと飛んできたエステルを抱き抱えていた。
恐らくは落ちてくるエステルを助けようと駆け出してきたのだろう。
「うわっ!?」
伊織が呆然としていると、火球が眼前から跳ね返った。
運良くバットに当たって跳ね返しに成功したが、もしズレていたら自分もエステルのように直撃していただろう。
「引っ張りますよ! せぇの!」
伊織の身体は兵士によって高台まで引っ張り上げられ、エステルを抱えた兵士も庇うように背中を丸めている。
「あ、ありがとうございます! エステル様をミレーヌさんのところへ……!」
「はい!」
助けてくれた兵士は前線に戻り、エステルを抱えた兵士は伊織と共にミレーヌのところまで連れていく。
「ミレーヌさん! エステル様が……!」
「これは……すぐに処置に移ります。貴方は戻ってください」
「はっ! ……あの、どうか姫様をお願いします!」
「お任せください」
兵士は敬礼して前線に戻っていき、ミレーヌはエステルを地面に寝かせる。
「諸君、姫様の勇姿を見たか!? 姫様は誰よりも前に出て戦った!
ここを抜かされ、姫様が敵の手に掛かるような事があれば我らヴァルドハイム軍一生の恥だ!
総員、決して姫様に近付けせるな! この戦い、ヴァルドハイムの勝利は我らが姫様の名の下に!」
「「「おぉおおおお!!!」」」
ザフィアの檄で兵士の士気が上がる。
あの気迫ならば負ける事は無いだろう、と戦争の素人である伊織にも感じ取れた。問題は……
「ミレーヌさん、エステル様は……」
「まずは患部を見なければ。そこのナイフを」
「は、はい!」
ミレーヌは慎重に、しかし可能な限り早くエステルの服をナイフで裂き、全身を晒す。
この小さく華奢な身体に刻まれた無数の傷跡は何度見ても慣れないが、今はその上から更に火傷も負っていた。
「……上半身前面の火傷が深刻ですね」
「た、助かるんですよね?」
「賭けにはなります。イオリ様」
「は、はいっ!」
「このナイフの鞘を姫様に噛ませて、肩を押さえ付けてください」
「え、はい……?」
「先ずは足の治療から行います」
ミレーヌに言われた通り鞘をエステルの口に充てがい、右手でエステルの右肩を押さえる。
「ふっ!」
「んぐぅっ!?」
ミレーヌがエステルの太ももから弓矢を引き抜いた。
ビクンッ、と身体が跳ね、その顔が苦痛に歪む。
「沁みますよ」
「いぎぃぃぃいぃっ!」
止血する為の傷薬を塗り、その上から清潔な布を巻いていく。
その間もエステルは痛みで身体を捩るが、何とか動きを抑制する事は出来ている。
「足の応急処置は終わりました。次は火傷の対処に移ります」
ミレーヌは厳重な鞄から軟膏の入った箱を取り出し、エステルの腹部に腰掛けた。
緊張を解そうとしたのか、深く深呼吸してから伊織に話し掛ける。
「イオリ様、迅速な治療の為に……エステル様をお願いします」
「はい?」
どういう事だろう? と伊織が疑問を浮かべるが、ミレーヌはそれに答えず緑色の軟膏を手の平で伸ばす。
そしてその手をエステルの火傷した腹部に添えた。
「あぁぁぁぁあああぁぁぁああぁああああああっ!?」
エステルの口から獣染みた悲鳴が上がり、先程とは比べ物にならない……小さな身体には不釣り合いな程大きな力で身体が跳ね上がった。
「ミレーヌさん、それは……っ!?」
「一言で言えばとても良く効く薬です。その代償として途轍もなく染みます……下手をすればショック死しかねない程に」
「そんな……っ」
「ですが姫様を救うにはこうするしか無いのです。
この薬を塗布し、全力で治癒魔法を掛けるしか方法は無いのです……っ!」
「っ、分かりました」
エステルが心配で、しかしそれはミレーヌも同じなのだ。
ならば伊織もそれを受け入れ、この治療を手伝うしかない、と覚悟を決める。
「あがっ、ぎぃいいいぃいぃぃいっ!」
「姫様……もう少しの辛抱です……っ!」
ミレーヌはエステルの身体に薬を塗布していく。
その度にエステルの口から獣染みた悲鳴が上がり、身体が跳ね上がるが伊織はそれを懸命に押さえつける。
「ああああああやだやだやだやだぁ! 痛いのやだぁっ!! やめてよぉ!」
「エステル様……」
普段の尊大な口調ではなく。
見た目相応の幼い口調で泣き喚き、懇願を繰り返すエステルの姿は痛々しく、伊織の目尻から涙が浮かぶ。
「あぁあっ、いだいぃ……っ! ぎぃいいぃぃいいっ!
助けてぇ! ミレーヌ! ザフィア! イオリ!
誰かがエステルの事をいじめるのっ! 痛いの! 助けてよぉ……!!」
「エステル様! 大丈夫、私達はここに居ますよ! すぐに終わりますからね……!」
「ああぁぁあぁぁぁあああぁ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!
これ以上は何も知らないのっ! 国の大事な事なんて何も言われてないの!
エステルは混ざり者だから……っ、だからぁ……っ! 許してぇえぇぇぇ!」
「エステル、様?」
懇願の内容が変化してきた。
過去に敵に捕らわれ拷問を受けたと言っていたが、その時の事を思い出しているのだろうか。
普段の尊大な口調と、傷や拷問についてのあっさりした態度でエステルは拷問を受けても気高く耐え抜いた……と思っていた。
しかしそれは思い違いだったという事を伊織は悟った。
エステルは耐えたのではなく、逃げられなかったのだ。
知っている事を全て吐いても拷問が止まる事は無く、助けられるその日まで許しを請う事しか出来なかったのだ。
「うぐぅぅぅぅああぁぁああぁあ! やだぁ……っ、助けてよぉ……誰かぁ……っ!」
「大丈夫です、大丈夫ですよ!」
「ああぁあっ! ああぁぁあぁっ!!」
泣き叫び続けるエステルに伊織は必死に声を掛け続ける。
エステルが舌を噛まないように、左手は常にナイフの鞘を押さえ続けている。
だからエステルの左手が救いを求める様に伸ばし、もがき、伊織の左頬をガリガリと引っ掻く。
それでも伊織はまったく気にせず、ひたすらに大丈夫と励まし続けた。
「ああぁぁぁっ!」
「大丈夫ですよ! すぐに終わりますからね……!」
「塗り終わりました! 治癒魔法に移ります!」
ミレーヌが薬を塗り終え、更に治癒魔法を掛け始める。
そのおかげか、エステルの泣き叫ぶ声は掠れた弱々しげな物になっていた。
「うぁ……あぁ……っ」
エステルは虚ろな瞳で空を見上げ、か細く弱々しい声を漏らす。
その身体からぐったりと力が抜けて、やがてゆっくりと瞳を閉じた。
「エステル様……!?」
「安心してください、成功しました。姫様は乗り越えたのです」
伊織は嫌な想像が過って焦った声を上げたが、対面のミレーヌの言葉によってその予感は否定された。
「よかったぁ……っ」
緊張の糸が切れた伊織はその場にへたり込み、ポロポロと涙を流す。
背後から響くザフィアと兵士達の勝鬨を聞きながら、伊織はエステルの左手を優しく握り続けていた。
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