第7話 柚葉、はじめてのお使い
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あらすじ
まるふく日和 - 第7話 柚葉、はじめてのお使い
本文
「柚葉、ちぃっとお使い頼まれてくれへんか?」
「お使い?」
ある日の昼下がり。
うどんを食べ終えた茂さんが徐に口を開いた。
「これと同じ羊羹を和菓子屋で買ってきて欲しいんや。
お釣りは好きにして良えから」
そう言って茂さんは1000円札と羊羹の空箱を取り出した。
懐かしい……私も小さい頃はこうやってお使いを頼まれた。
今思うと、お使いの練習をさせてくれたんだなと分かる。
「……! うん!」
柚葉は嬉しそうに頷いた。
最近は後輩の癖に駄菓子屋の子供相手にお姉さんぶってるし、こうしてお使いを頼まれるのは大人になった気分……なのだろうか。
チラッと私を見てきて、行ってきなさいと促すと気合いの入った顔でお金と空箱を引っ掴んだ。
「行ってくるね!」
「車に気を付けなさいよー」
「分かってるー!」
走り出しちゃってまぁ。
危なかっしくはあるけど、空腹で栄養も足りてなかったあの頃と比べると随分と元気になった。
頬も健康的にふっくらしてきたし、こうして走り回れる様になったんだから。
後は本当に中身が年相応に成長してくれれば言う事ないんだけど。
「ゆずちー大丈夫かな?」
「心配が無いと言えば嘘になるけどね。でもこういう経験も必要だから」
雲母は不安そうに私に尋ねてきた。
茂さんや徳さん、かー兄は柚葉の成長を願ってる、促しているけど、雲母にとっては無邪気で可愛い妹分だ(柚葉本人の前では妹みたいに甘えてるけど)。
「キラ子よ、これは千紘もかー坊もけん坊もやって来た事だぞ?」
「和菓子屋のトメさんに、俺からのお使いって言えば何を出せば良いか分かってくれる。そう難しい事はあらへんよ」
「この街出身の子供は皆教え子みたいな勢いじゃん」
「正確には『まるふく』や駄菓子屋に来ていた子供達の、ね。
そう言う意味では確かにお世話になった子は多いよ……と?」
私のスマホが鳴ってる。
茂さん達に断ってスマホを取ると、そこには件のトメさんの文字が。
「もしもし?」
『千紘ちゃん? 柚葉ちゃんにお使い頼んだ?』
「え、はい。正確には茂さんですけど……何かありましたか?」
『それがねぇ。柚葉ちゃん、店の前をウロウロしててね?
それで声を掛けようとしたら逃げ出しちゃって……それで千紘ちゃんに電話したの』
「あぁ……わざわざすみません。こっちで探してみます。どっちの方に向かったか分かりますか?」
『さぁ……すぐに見えなくなっちゃったから……』
「そうですか……とにかくありがとうございます」
トメさんとの通話を切り、茂さん達に向き直る。
「どうした?」
「トメさんの所までは行ったらしいけど、入らないで帰っちゃったみたいで……」
「ゆずちースマホ持ってったよね? 連絡無いの?」
「うん……」
「こりゃあ……かー坊コースか?」
「せやな」
「え、かー兄もそんな感じだったの?」
「何買うか忘れて、怒られると思って言い出せずにウロウロしてたなぁ」
「真面目だから妙に重く捉えるんよなぁ」
「あぁ、想像出来る……そういう訳だから、悪いけど『まるふく』は臨時休業。探してくる!」
「待て待て、俺等も行く!」
「何か分かったら連絡するでな!」
「あたしも行く!」
「雲母は学校が……」
「昼休み終わるまでには学校戻るから!」
「〜〜〜! ありがとう!」
申し訳無い、とは思う。
でもそれ以上に柚葉が心配だし、協力が有り難い。
「柚葉ー! 何処ー!」
町中を走り回って声を張り上げる。
普段運動なんてしないから早速息が切れるけど、止まる訳には行かない。
「はぁ、はぁ、トメさん……!」
「千紘ちゃん! 柚葉ちゃんは?」
「まだ見つからなくて……どっちに行ったか、どんな些細な事でも良いので分かりませんか?」
「そうねぇ……左の方に走っていった様な気はするけど……」
「ありがとうございますっ!」
とにかく今は走り回るしかない。
元々空腹の状態で隣町から歩いて来るぐらいにはバイタリティのある子だ。
場合によってはこのままこの町から離れる可能性もある。
「柚葉……」
走って、声を出して、聞き出して。
「柚葉ちゃん? さぁ……」
「俺もちょっくらこの辺見てみるわ」
「あ、柚葉ちゃんかどうかは分からないけど……」
一つ、気になる情報を得られた。
場所はクジラ公園。
正式名称は分からないけどそう呼ばれている。
そこに子供達が一箇所に固まっているらしい。
柚葉が関係しているという確証は無いけど、今は藁にも縋りたい。
少しでも可能性があるなら……
「柚葉!」
「あ、『まるふく』のねーちゃん!」
「ここだよー!」
子供達が屯していたのは穴空きドーム。
隠れたり登ったりで遊べる遊具。……柚葉なら十分入れる大きさ。
「んん……!」
「あっ」
子供達の言葉で私が来た事を察したらしい。
涙で顔をぐしゃぐしゃにした柚葉がドームから這出て走り出した。
あぁ、もう! こっちはずっと走りっぱなしだってのに……!
「柚葉、止まりなさい!」
「やだっ!」
「誰も怒ってないから!」
「やだぁぁぁ!!」
「危ない、から……!」
苦しい。心臓が爆発しそう。足が上がらない。
止めないと、追い付かないと柚葉が……っ
「っ⁉︎ 危な……くないか」
「んぎゃぅ⁉︎」
柚葉は角から飛び出した男性にぶつかった。
丸々太って、小柄な柚葉は簡単に弾き飛ばされて。
でも、ぶつかったのがあの人で良かった。
「おっと、悪いな」
あの人……けん兄こと大熊 健吾(おおぐま けんご)なら絶対に受け止めてくれるから。
「ナイスけん兄! その腕離さないで!」
「あぁん千紘? じゃあこの小っこいのは……噂の柚葉か?」
「そう。はぁ、はぁ……」
「ちひろぉ……っ」
「もう……心配したんだから!」
色々言いたい事はある。
だけど今すべきなのは、逃がさない様に抱き締める事だと思った。
それに応える様に柚葉はギュッと抱き締め返してきて……大声でわんわんと泣き出した。
◇◇◇◇◇
「落ち着いた?」
「うん……」
取り敢えずけん兄も連れてクジラ公園まで戻り、ベンチに座って柚葉が落ち着くのを待った。
探してくれた面々には既に連絡済み。雲母は休み時間が終わるから学校に戻ったけど、茂さん徳さんはこっちに向かってる。
「それで、何があったの?」
「箱、無くしちゃって……それで何を買えば良いか分からなくなっちゃって……
茂さん、柚葉を信じてくれたのに出来なくって……っ
みんなに、嫌われちゃうって思って……っ!」
「馬鹿ねぇ、そんな事で柚葉を嫌いになる訳無いでしょ?」
よしよし、と頭を撫でるとまた瞳が潤んできた。
今日の柚葉は一際泣き虫なんだから。
「なぁ、柚葉よ。歳は幾つだ?」
「18……」
「それで立派に『まるふく』手伝ってんだろ? 良くやってるじゃねーか」
「でも柚葉、学校行ってないし、料理出来ないし、お使いも失敗するし……」
「俺がお前んぐらいの歳の頃はもっと碌でもなかったぞ?
喧嘩するわ暴れるわで警察の厄介になった事もある。情けねぇ事にな」
「それが今や社長さんだもんね」
「んな大層なもんじゃねー。この辺のチンピラの首根っこ捕まえて草むしりや清掃やらせてるだけだ」
「それやって何人も更生させてんじゃん」
「とにかく、だ! まだ若ぇんだから一つの失敗でクヨクヨすんなって事だ。
この俺ですら一端の社会人やれてんだからよ」
「うん……」
けん兄の豪快な、だけど実体験から来る励ましに柚葉も少し表情が明るくなった。
「おぉい!」
「無事だったかぁ⁉︎」
「茂さん、徳さん」
お使いを頼んだ茂さんの登場に柚葉が不安そうに私の手を握ってきた。
大丈夫、と手を握り返すと、クッと顔を引き締めて立ち上がる。
「茂さん、お使い出来なくてごめんなさいっ!
箱は無くしちゃったけど、お金は落とさなかったよ……!」
柚葉は初めて『まるふく』に来た時みたいにギュッと右手を強く握り締めていて。
開くとくしゃくしゃになった1000円札があった。
きっとそれだけは無くすまいと懸命に守っていたんだろう。
何とも健気な子だ。
「そうかそうか、頑張ったんやな! よし、次は一緒に買いに行くか!」
「うんっ!」
まだ涙目だけど力強い返事。
良かった。これで自信を無くしてしまうかもと不安だったけど杞憂で済んだみたいだ。
……柚葉は私が思うよりもずっと早く成長するのかもしれない。
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