第14話 動物園
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あらすじ
まるふく日和 - 第14話 動物園
本文
「おおー!」
電車を降りて20分程歩いて。
動物園のゲートを目の当たりにした柚葉が目を輝かせて感嘆の声を上げた。
……ここに来るのに乗ったバスや電車、そしてこの動物園そのものも柚葉にとっては初体験。
こうして遊びに来て気付かされた。
柚葉が独り立ちするにしろ、ずっと私と居るにしろ、電車やバスの乗り方は教えてあげるべきだった。
これからはちょくちょく『まるふく』を休んで……もしくは誰かに頼んで柚葉に公共交通機関の使い方を勉強させないと。
「で、本当に全部見る気?」
動物園の入り口で、柚葉が地図看板をキラキラとした目で眺めているのを見て思わず苦笑い。
「全部! 絶対全部見る! 象も、キリンも、ライオンも、ペンギンも!」
「はいはい。でも今日は暑いから無理しちゃだめよ。水分補給も忘れずに」
「分かった! 千紘も雲母も、ちゃんと付いてきてね!」
「あ、一人で行っちゃダメだよー?」
逸る気持ちで歩こうとする柚葉の手を雲母が掴んで止める。
そもそもまだ入場券も買ってないからね。
◇◇◇◇◇
「うわあああ!」
象舎の前で、柚葉が私の腕にぎゅっとしがみついた。目の前にいる象の大きさに圧倒されているようだ。
「けん兄よりずっと大きい……」
「けん兄も人間の範疇ではかなりデカいんだけどね」
私も改めて象の大きさに感心する。でも、それよりも私の腕にしがみついて小さく震えている柚葉の方が気になった。
興奮しているけど、ちょっと怖い……そんなところ?
「大丈夫?」
「大丈夫! すごいね、千紘!」
キリンの前でも同じような反応。柚葉は長い首を見上げて、口をぽかんと開けている。
「首、痛くならないのかな……」
「どうだろうね」
柚葉の素直な疑問に、私も一緒に首を傾げた。
◇◇◇◇◇
ふれあい広場では、柚葉が恐る恐るウサギに手を伸ばす。
「やわらかい……」
触れた瞬間の柚葉の表情が、まるで奇跡に出会ったみたいに輝いた。
タマみたいなデブ猫だと、抱え上げるのに腰を入れなきゃいけない。
こうして手の平サイズの生き物を持つのも柚葉にとっては初体験だ。
「モルモットも触ってみますか?」
「いいの?」
係員の人に教えてもらいながら、柚葉は慎重にモルモットを抱っこした。
温かくて、ふわふわで、小さな命の鼓動を感じ取っているようだ。
「生きてる……ちゃんと生きてる」
柚葉がとても優しい顔だ。
思えば柚葉は明確に自分より弱い存在と接した事がない。
『まるふく』ではほぼ最年少だし、ベーゴマ仲間の小学生だって対等な友達の関係だから。
◇◇◇◇◇
猛獣エリアに着くと、柚葉の反応が一変した。
「かっこいい!」
ライオンの檻の前で柚葉は大はしゃぎ。
当のライオンはグデっとだらけてるけど、それでも初めて生で見るライオンにご満悦みたいだ。
「千紘、見て見て! あのたてがみ!」
「ゆずちー写真撮る?」
「撮る!」
雲母がスマホを取り出すと、柚葉はライオンの前でポーズ。
ビシッとピースサインを決める。
雲母の指示であれこれポーズを変えるけど、可愛いからどれも様になっている。
あと、見た目中学生(実年齢は18歳)な子が素直な感情をありのままに表現してるからか、やたら注目を集めていた。
◇◇◇◇◇
ペンギンの前でも柚葉の視線が釘付けになった。
「かわいい! ねえ千紘、飼えないかな?」
「うちじゃ無理ね」
「どうして?」
「大きい水槽とか必要になるから」
私の答えに、柚葉は真剣に考え込んでいる。
「じゃあ、お風呂を使えば……」
「それでも小さいよ」
「そっかぁ」
「そうそう。ペンギン見たいならまた連れてってあげるから」
「うん……」
カピバラの前でも同じやり取りが繰り返された。
この子はベーゴマと言い、意外と収集癖でもあるんだろうか?
◇◇◇◇◇
昼食は園内のレストランで。
柚葉と雲母はパンケーキ。私はサンドイッチ。
食後にソフトクリームを注文し、それぞれ三人食べる。
「あ……」
柚葉がソフトクリームを食べようとして、鼻の頭につけてしまった。
「もう、不器用なんだから」
私がハンカチを取り出して、柚葉の鼻を拭いてやる。
「ありがと、千紘」
「親子か恋人か分かんないねぇ」
「ホントにね」
「微笑ましくて見てるこっちも笑顔になっちゃう」
そう言って雲母が笑う。
少し前の私だったら、やっぱり柚葉は子供でそういう対象として見てはいけないと自己嫌悪に陥ってたと思う。
でも今は……これも一つの愛し合う形だと思えている。
もっとも柚葉は私たちの会話の意味が分からないらしく、きょとんとしていた。
柚葉がそれを理解するのはもうちょっと後かもね。
◇◇◇◇◇
帰りの電車の中で、柚葉が私の手をぎゅっと握ってきた。
やっぱり人生二回目ではまだ慣れないみたいだ。
「疲れた?」
「ちょっと……でもすっごく楽しかった」
「良かった」
柚葉の手は小さくて温かくて、少し汗ばんでいる。一日中歩き回って疲れているんだろう。
電車が揺れるリズムに合わせて、柚葉の瞼が重くなってきた。
「千紘……」
「なに?」
「また動物園、行こうね……」
そう言って、柚葉は私の肩にもたれかかって眠ってしまった。
「まったく、子供なんだから」
そう言いながらも、私は柚葉の手を離さなかった。
雲母が「優しいね」と小声で言って肩をツンツンしてくる。
やめなさいっての。
窓の外を流れる景色を見ながら、今日の柚葉の表情を思い出す。
巨大動物たちを見る時のきらきらした目。
小さい命触れ合う時の驚きと喜び。
疲れて眠る時の安らかな顔。
きっと柚葉にとって良い経験になった筈だ。
これからも柚葉には色々な経験を沢山させてあげたい。
その為にはまた『まるふく』を休む必要も出てくる。
でも……柚葉の笑顔は、私に周囲を頼る、甘える勇気と覚悟を与えてくれた。
「……ねぇ、雲母」
「なにー?」
「今日は……ううん、今日もありがとう」
「どうしたの急に」
「いや、なんか……助けられてるなって実感しただけ。
それまでもそう思ってなかった訳じゃないけど……『まるふく』は続けたい。
だけど柚葉に色々な経験をさせてあげたい。
その我儘を叶えるには、今まで通りみんなの助けが必要だって改めて思った」
「逆だよ」
「何が」
「みんな『まるふく』が大好きなんだよ。
千紘さんの代になってから通い始めたあたしがそーなんだもん。
千紘さんのお爺ちゃんがやってた頃から通ってた人にとっては、千紘さんが後を継いで『まるふく』を復活させた事ってとっても嬉しい筈。
だからみんな千紘さんに優しいし、何かしたいと思ってる。
あと、単純にゆずちーの事も好きだしね。もうみんなのアイドルじゃん」
「そっか……うん、そうだね」
『まるふく』は交流の場。
そこで出会った人達は友達になって、支え合って……あの町を動かしてきた。
うどん作りの腕はまだお爺ちゃんには敵わないけど、それでも『まるふく』の本懐は果たせていたんだ。
その『まるふく』が大好きな人たちが……私の周りに居てくれてる。
それはとても素敵な事だ。
「……雲母」
「なあに?」
「好き」
「え」
「好きだよ。雲母も、柚葉も……他の常連さんたちも、町の人達も。大事な人達だと思ってる」
「そっか……へへ、あたしも好きだよ。千紘さんもゆずちーも」
「ありがとう」
「でも、ちょっと罪作り」
「……ごめん」
「罰としてあたしも寝かせて」
「駅についたら起こすからね」
「ん……」
そういうと、雲母も反対側の肩に頭を預けて寝息を立て始める。
確かに、私に恋していた子に好きだと伝えるのは無神経だったかも。
電車の中では両側に体重をかけられている状態。
端から見たら私は何をやっているんだと思われてしまうかもしれない。
でも今この瞬間だけは、二人の体温に挟まれてる事が幸せだった。
明日から……また頑張ろう。
大切な人達の為に。
私の大切な場所を守り続ける為に。
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