第16話 柚葉、自転車デビュー
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あらすじ
まるふく日和 - 第16話 柚葉、自転車デビュー
本文
「茂さん、徳さん。お願いがあるんだけど……」
「なんや?」
「何でも言ってみ」
「柚葉の自転車の面倒を見て欲しいの。
雲母と二人で渋谷にも行ったし、そろそろ行動範囲を広げさせても良いかなって思って」
「おぉ、そういや乗ってなかったな」
「この町で物を買うなら歩きでも良いもんなぁ……よっしゃ、任せとき。ヤスん所で良えやろ?」
「うん、お願い。康さんにはもう電話してあるから、今日の休み時間に連れてってあげてほしいの。
これ、お金。この範囲で、柚葉の好きなの買ってあげて」
「はいよ。まぁ、柚葉なら籠付きの奴選ぶんじゃないか?」
「紐とベーゴマ入れてな。飛び出さん様に箱に仕舞わせんと」
「あはは、だってさ。分かった、柚葉?」
「自転車のカゴにそのまま入れたらダメなの?」
「ガン! てなって大事なベーゴマが飛び出して無くしちゃうかもよ?」
「あわわわわわわわ……」
柚葉は大事なベーゴマが飛び出して見えなくなるのを想像したのか、おろおろと体を震わせる。
「がっはっは! そーならん様に気を付けろって事だな!」
「せやな。もし自転車乗れても乱暴な運転してたらアカンっちゅー事やな」
「わ、分かった……!」
どうやら理解してくれたらしい。
「じゃ、そういう訳だからよろしくね。
さ、柚葉。休み時間まではしっかり働くよ!」
「うん!」
◇◇◇◇◇
「千紘ー!」
「柚葉……ん?」
『まるふく』の休み時間になって柚葉と茂さん徳さんは康さんの自転車屋さんに行って。
それから自転車屋横の空き地(康さんが練習の為に開放している。
お店には転んで怪我した時の為に救急箱が完備してある)で練習したのか、帰ってきた柚葉はすこし土で汚れていた。
それは良い。シャワーに入らせれば済む事だから。
自転車も良い。柚葉の体格に合わせられてるし、しっかり籠も付いていて柚葉の要望通りの自転車なんだろう。
問題は柚葉の頭に被せられている物。
それなりに良さそうな物で、渡したお金では自転車と一緒に買える値段には見えない。
「そのヘルメットどうしたの?」
「茂さんと徳さんに買ってもらった!」
「もう……お礼は言った?」
「うん!」
「良い子だね。茂さん、徳さん、すみません。お代は払うので」
「気にせんで良ぇよ。俺らが勝手やった事やし」
「ヘルメット無しはこっちがヒヤヒヤするから勝手に買っただけだ」
「はぁ……要りますかね? 私は今も昔も付けてませんでしたけど」
「俺も。でも柚葉だしなぁ」
「まだ危なかっしいしな」
「確かに?」
「?」
「みんな柚葉の事が好きって事。さ、自転車を停めてシャワーに入りなさい」
「はーい!」
柚葉はトテトテカラカラと自転車を押して、停めて、奥の居住スペースの扉を潜っていく。
「……で、進歩はどうですか? まだ初日ですけど……」
「良いんじゃないか。こっちの言うことも素直に聞くし、何より恐怖心が無い」
「好奇心の方が勝ってるんかな? あの調子ならすぐに乗れるやろ」
「ありがとうございます。自転車に乗れる様になったら、遠くの方に買い物に行かせて、少しずつ交流と行動範囲を広げさせたいですね」
「せやな。梅さんは早よ柚葉と会いたいって言っとったわ」
「『まるふく』の看板娘に会いたいけど、範囲が被らんで会えず仕舞いなのは結構居るからな」
「えぇ。柚葉に会わせて不安な人が居ないっていうのは助かります。誰と出会っても良い経験になるので」
本当に素敵な町だ。
別の所に行ってたらここまで恵まれてなかった……なんて言うつもりは無いけど。
それでもあの日……お腹を空かせた柚葉が流れて、たどり着いたのがこの町で良かったと思う。
「千紘ー!」
「おっと。シャワー終わった?」
「うん!」
一応聞きはしたけど明白だ。
髪はしっとりと湿っているし、心地良い石鹸とシャンプーの香りが私の鼻腔を擽ってくるんだから。
「じゃ、夜営業に向けて準備するよ。おにぎり作ってて」
「はーい!」
カパッと炊飯器を開けて、あちちと言いながら小さな手で一生懸命に握り始める柚葉を見届けて。
私も天ぷら作りの準備を進める。
◇◇◇◇◇
「あれ、転んだの? 痛くない?」
「だいじょーぶ……!」
ある時は膝に絆創膏を貼って。
「千紘! 今日はちょっと漕げたよ!」
「凄いじゃん。頑張ってるね」
「んふふ〜!」
進歩した時は褒めてあげて、そうしたら相変わらず頭をグリグリと押し付けてきて。
「千紘っ!」
自転車チャレンジから一週間。
自転車屋横の空き地から走って来たのか、自転車に跨り誇らしげな表情でVサインをする柚葉の姿があった。
「柚葉……乗れたんだね」
「うん! 見てて!」
柚葉はそう言うとゆっくりとペダルを踏み、『まるふく』の前をぐるぐる回る。
「ほら! こんなに乗れる様になったんだよ!」
「凄いよ柚葉!」
「えっへん!」
「うんうん、頑張ったね!」
「むふ〜!」
柚葉分かりやすくドヤ顔で鼻を鳴らす。
懐かしいなぁ……私も初めて自転車乗れた時は誰にも彼にも自慢してたっけ。きっと柚葉も同じ気持ちなんだろうな。
◇◇◇◇◇
私の予想は的中した。
その夜『まるふく』に来たかー兄や鈴華。
後日学校の昼休みにやってきた雲母に、わざわざ自転車を引っ張り出してまで乗り始めた事を自慢していた。
鈴華と雲母には頭撫でてもらってニコニコだったけど、かー兄には頭ぐりぐりされて脹れっ面になってた。
◇◇◇◇◇
「ご機嫌だねぇ、柚葉」
「みんな凄いって褒めてくれた!」
「目ぇ開けないの。痛いよ」
「あぅ……」
その日の夜。
お風呂で柚葉の頭を洗いながら雑談。
ご機嫌でぴょこぴょこ動くから制するつもりだったのに、目を開けてこっちに笑いかけるんだから。
「ん〜!」
以前シャンプーが目に入った時の事を思い出したのか、ギュッと閉じている。
それだけなら本当に幼い子供みたいで可愛らしい。けれど……
「……」
柚葉の肩に触れる。
出会った頃よりも肉付きが良くなって、日焼けして、健康的になって……より魅力的になった。
どんどん柚葉に惹かれていく自分を自覚する。
……なんて馬鹿な。なんて浅ましい。
こんな気持ち、私を信用しきって体を晒している柚葉に対する裏切りでしかないってのに。
「千紘ー?」
「ん、泡流すよ」
「んー」
落ち着け。私は柚葉の保護者なんだから。
少なくとも、柚葉が自分の気持ちの正体を自覚するまでは、この欲望は押し込めておかないと……
◇◇◇◇◇
「いってきまーす!」
「気をつけなさいよー」
それからちょくちょく遠出して、梅さんを始めとしたそれまで会ってなかった人とも交流した。
その中に、何かやりたい事はあった? って聞いたけど……答えは変わらず「千紘と『まるふく』やりたい」だった。
嬉しいけど、どうにかして柚葉でも食べていける仕事を探さないと。
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