第33話:ぎっくり腰と糸くずと、聖域を守る怒り
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あらすじ
地味子に擬態して童貞紳士を狙ったら、彼の理性が鉄壁すぎてご飯(精気)が食べられません! ~誘惑したい初心者サキュバス vs 守りたい最強の紳士~ - 第33話:ぎっくり腰と糸くずと、聖域を守る怒り
本文
夜。ケンジさんが仕事から帰ってきた。
私はメリザと目配せをした。
彼女はキッチンでコーヒーを淹れるふりをしながら、親指を立てて「行け!」と合図を送ってくる。
(よし……やるわよ、リリム! 特訓の成果を見せるのよ!)
私はリビングに入ってきたケンジさんの前で、わざとらしくテレビのリモコンを落とした。
「あ、落としちゃった」
さあ、『講座1:セクシー拾い』だ!
私は膝を伸ばしたまま、腰を高く突き出し、背中を大きく反らせてリモコンに手を伸ばした。
ヒップラインを強調し、上目遣いで彼を見る――完璧なはずだった。
「――リ、リリさん!!」
ケンジさんが血相を変えて飛び込んできた。
彼は私を抱き止めると、悲痛な顔で叫んだ。
「だ、大丈夫!? 変な体勢で固まって……まさか、ぎっくり腰!?」
「えっ?」
「無理しないで! 動いちゃダメだ! ああ、どうしよう、湿布! 湿布どこだっけ!」
彼は私を丁寧に、まるで壊れ物を扱うように、ソファに横たわらせると、薬箱を探して走り回った。
キッチンの方から「チッ、鈍感男……」という舌打ちが聞こえた。
***
湿布を貼られそうになるのを必死で断り、なんとかソファに並んで座ることに成功した。
気を取り直して、次だ。
『講座2:接触の魔術(焦らしタッチ)』!
(太ももの内側を、羽毛のように……!)
私は震える指先を、彼の太ももに這わせた。
ツーッ……と、ゆっくり優しくなぞる。
これで彼はゾクゾクして、私を求めてくるはず!
「ん?」
ケンジさんが手元を見た。
そして、私の指先をつまみ上げると、ふわりと微笑んだ。
「ありがとう、リリさん」
「えっ?」
「糸くず、ついてた? 僕、ズボン黒いから目立つんだよね。……細かいところまで気づいてくれて、本当に優しいね」
彼は私の頭をポンポンと撫でた。
……ダメだ。
セクシーな誘惑が、ただの「コロコロ(粘着テープ)代わり」になってしまった。
キッチンで、メリザがガクッと膝をつく音が聞こえた。
***
「……はぁ」
その時、ケンジさんが深いため息をついた。
彼は私の頭を撫でていた手を止めると、ゆっくりと立ち上がり、キッチンに向かって歩き出した。
「おい、メリザさん」
「……な、なによ」
メリザがバツが悪そうに振り返る。
ケンジさんの顔は、以前ハンバーグの時に見せたような、静かな怒りを湛えていた。
「リリさんに、変なことを教えないでください」
「はぁ!? べ、別に変なことなんて……」
「変なことです。……さっきの不自然な体勢といい、意味深な指の動きといい。明らかにリリさんの意思じゃない。あなたが何か吹き込んだんでしょう?」
バレていた。
ぎっくり腰も糸くずも、すべて「何かおかしい」と気づいた上での、彼なりの解釈だったのだ。
「いいですか。リリさんは、そのままで十分魅力的(チャーミング)なんです」
ケンジさんはきっぱりと言い放った。
「不器用で、一生懸命で、少しドジなところも含めて、彼女の良さなんです。……あなたが教えるような、小手先のテクニックや、下品な仕草なんて必要ない」
「なっ……! あれは高等テクニックよ!?」
「僕には『無理をしている痛々しい姿』にしか見えませんでした」
一刀両断。
メリザのプロ意識が粉砕された。
「彼女をあなたの色に染めようとするのはやめてください。リリさんは、リリさんのままでいいんです。……ね?」
ケンジさんは私を振り返り、優しく微笑みかけた。
「う、うん……! ごめんなさい、ケンジさん……!」
「謝らなくていいよ。……ただ、腰は大事にしてね」
私は涙目で頷いた。
結局、この人の前では小細工なんて通用しない。
「そのままの君が好き」という最強の愛(と性癖)の前では、サキュバスの教科書なんて紙くず同然なのだ。
「……ケッ。やってらんないわよ」
メリザは吐き捨てるように言うと、ヤケクソで冷蔵庫のビールを開けた。
彼女の目には、悔しさと共に、ほんの少しだけ羨ましそうな光が宿っているように見えた。
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