第35話:狭すぎたワンルームと、別れの引っ越し宣言
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
地味子に擬態して童貞紳士を狙ったら、彼の理性が鉄壁すぎてご飯(精気)が食べられません! ~誘惑したい初心者サキュバス vs 守りたい最強の紳士~ - 第35話:狭すぎたワンルームと、別れの引っ越し宣言
本文
私の熱も下がり、いつものドタバタな朝が戻ってきた。
しかし、限界は近づいていた。
「あだっ!」
「きゃっ! ごめんなさい、メリザちゃん!」
「ちょっと! 私のファンデ踏まないでよ!」
朝の支度時間。6畳一間のワンルームに大人3人は、物理的に無理があった。
着替えも、メイクも、トイレの順番待ちも、すべてが戦争だ。
ケンジさんは小さくなってネクタイを締めながら、申し訳なさそうに言った。
「……さすがに、この部屋じゃ限界だね」
その夜。
ケンジさんは賃貸情報誌をテーブルに広げた。
「引っ越そう」
「えっ?」
「今の家賃より少し高くなるけど、僕の貯金もあるし。……3人で快適に住める、2LDKくらいの広い部屋を探そうと思うんだ」
ケンジさんは真剣だった。
本気で、メリザを含めた「3人暮らし」を継続するつもりなのだ。
「メリザさんも、まだ落ち着き先がないんでしょう? 広い部屋なら、プライバシーも守れるし……」
「…………はぁ」
ケンジさんの提案を遮るように、メリザが深くて長い溜息をついた。
そして、呆れたように笑った。
「あんた、本当にバカね」
「え?」
「赤の他人、しかもこんなワガママな女を、新居に連れて行くつもり? お人好しにも程があるわよ」
メリザは立ち上がり、まとめていた荷物を肩に担いだ。
「パスよ。私は一緒に住まないわ」
「えっ、メリザちゃん!?」
「勘違いしないでよ。あんたたちに遠慮するわけじゃないわ。……ただ」
彼女はチラリと私を見た。
「こんな『激甘カップル』の間に挟まれて暮らすなんて、胸焼けして死んじゃうわよ。私はもっと刺激的で、金持ちで、ワイルドな男を探しに行くの」
それは嘘だ。
彼女にはまだアテなんてないはずだ。
ただ、これ以上私たちの邪魔をしないように、身を引いてくれたのだ。
「で、でも……!」
「止めるな、リリム」
メリザは私の肩をポンと叩いた。
「あんたは精々、その『地味子好き』の聖人君子を大事にしなさい。……ま、私ほどイイ女を逃したこと、後悔させてやるけどね」
彼女はケンジさんにウィンクを投げると、颯爽と玄関へ向かった。
「あ、そうだ。合鍵、返しとくわ」
チャリッ。
鍵がテーブルに置かれる。
「じゃあね。……お幸せに」
バタン。
ドアが閉まり、ハイヒールの音が遠ざかっていった。
嵐のような日々を持ち込み、そして嵐のように去っていった私のライバル。
部屋が、急に広く感じられた。
「……行っちゃいましたね」
「うん……。彼女らしい、去り際だったな」
ケンジさんは少し寂しそうに、でもどこかホッとした顔で鍵を見つめた。
そして、私に向き直った。
「さて、リリさん」
「はい」
「計画変更だ。……『二人で住む家』を探そうか」
その言葉に、私の心臓が跳ねた。
二人きりの新居。
それは、同棲生活の正式なスタート。
もう邪魔者はいない。
「はいっ……! 私、キッチンが広いところがいいです!」
「あはは、そうだ音。日当たりも良くて、近くにスーパーがあって……」
私たちは情報誌を覗き込んだ。
肩が触れ合う距離。
メリザがいなくなった寂しさはあるけれど、それ以上に、これからの未来への期待が膨らんでいく。
こうして、波乱の「居候編」は幕を閉じ、私たちは新たなステージ「新居探し編」へと足を踏み入れたのだった。
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