第36話:新婚ごっこと、下僕になった地縛霊
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
地味子に擬態して童貞紳士を狙ったら、彼の理性が鉄壁すぎてご飯(精気)が食べられません! ~誘惑したい初心者サキュバス vs 守りたい最強の紳士~ - 第36話:新婚ごっこと、下僕になった地縛霊
本文
駅前の不動産屋。
カウンターに並んで座る私とケンジさんは、店員のおばちゃんに満面の笑みを向けられていた。
「あら〜、お若いのにしっかりされて! 新婚さん?」
「えっ、あ、いや……!」
私が否定しようとすると、ケンジさんが穏やかに微笑んで遮った。
「はい。……まあ、これから、そういうことになる予定です」
ドクンッ!!
心臓が跳ねた。ケンジさん、今「はい」って言った!?
手続きをスムーズにするための方便だと分かっていても、顔から火が出そうだ。
「あら素敵! それなら、寝室は防音性が高くて、ベッドが大きく置けるお部屋がいいわよねぇ♡」
「そうですね。夜は……色々と音が出るかもしれませんし、大事です」
(ひゃああああっ! ケンジさん、店員さんの前で何言ってるのぉぉ!?)
ケンジさんは真顔だ。彼にとっては「(リリさんが怖がりで叫ぶかもしれないし)大事」という意味だろうが、店員さんと私の脳内変換は完全にピンク色だった。
***
いくつか物件を見た末に、私たちはあるマンションにたどり着いた。
広めの2LDK。南向き。システムキッチン完備。
それなのに、家賃は相場の半額以下。
「……いわゆる、『出る』お部屋なんですよ」
店員さんが声を潜めた。事故物件だ。
前の住人が「黒い影に毎晩囁かれる」と言って逃げ出したらしい。
「リリさん、やめよう。君は怖がりだし……」
「い、いえ! ここにします!」
私は即決した。
だって、キッチンが最高だし、何より家賃が浮けば、その分ケンジさんに美味しいお肉を食べさせてあげられる!
幽霊? こっちは悪魔(サキュバス)よ? 負けるわけないじゃない!
***
内見のため、部屋に入った瞬間。
ドロリとした空気が漂っていた。
ケンジさんは気づいていないが、部屋の隅に、薄汚い影――低級悪魔が張り付いているのが見えた。
「うーん、ちょっと空気が淀んでるかな? 窓を開けてくるね」
「あ、ケンジさん。私、喉渇いちゃった。下の自販機でジュース買ってきてもらえませんか?」
「お安い御用だよ。待っててね」
ケンジさんが部屋を出て行く。
バタン、とドアが閉まった瞬間。
私は「地味子モード」のスイッチを切った。
「キキキ……出て行けェ……呪うぞォ……」
影が不気味な声を上げて威嚇してくる。
私は仁王立ちになり、鋭い視線を飛ばした。
「あぁ? 誰に向かって口きいてんのよ、三下」
ドォンッ!!
私は隠していた魔力を少しだけ解放した。
サキュバスとしての格の違いを見せつける、威圧の波動。
「ひぃっ!? じ、上位魔族様!?」
「あんたねぇ、脅かすならもっとマシな相手を選びなさいよ。……ここ、今日から私の愛の巣になるの。邪魔なんだけど?」
「ひぃぃぃ! すみません! すぐに消えますぅぅ!」
悪魔が逃げようとする。
私はその尻尾を踏んづけた。
「待ちなさい。……タダで帰れると思ってんの?」
「へ?」
「見てよこの部屋。埃だらけだし、窓ガラスも曇ってるじゃない。……あんた、ポルターガイストなら物を動かせるわよね?」
私はニッコリと笑った。悪魔的な笑顔で。
「ピカピカにしなさい。チリ一つ残さず綺麗にしたら、見逃してあげる」
「そ、そんなぁぁぁ! 私は人を呪うのが仕事でぇぇ!」
「やるの? やらないの?(殺気)」
「やりますぅぅぅ!!」
そこからは早かった。
低級悪魔は泣きながら雑巾を浮かせ、超高速で床を磨き、窓を拭き、カビ取りまで行わされた。
魔力を使ったルンバも真っ青の清掃活動だ。
数分後。
「お待たせ、リリさん。……って、えぇっ!?」
戻ってきたケンジさんは、部屋に入って絶句した。
そこには、新築のように輝くフローリングと、曇りひとつない窓ガラス。
そして、爽やかな風に吹かれて微笑む私の姿があった。
「す、すごい……! なんか部屋が輝いてる! 空気もすごく澄んでる!」
「ふふ、私がちょっと『お掃除』しておきました♡」
「数分で!? リリさんって、本当に魔法使いみたいだね!」
ケンジさんは感動している。
その背後で、燃え尽きて真っ白になった低級悪魔が、私に一礼して成仏(退散)していくのが見えた。
『二度と来ません……お幸せに……』
こうして、私たちは格安の家賃で、最高に綺麗な新居を手に入れた。
新婚生活(同棲)の準備は万端だ。
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