第37話:お預けのキングサイズと、変わっていく距離感
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
地味子に擬態して童貞紳士を狙ったら、彼の理性が鉄壁すぎてご飯(精気)が食べられません! ~誘惑したい初心者サキュバス vs 守りたい最強の紳士~ - 第37話:お預けのキングサイズと、変わっていく距離感
本文
綺麗になった新居の採寸を終え、私たちは家具屋に来ていた。
最大の争点は「ベッド」だ。
「やっぱり、シングルを二つ並べようか。リリさんの寝相もあるし、広々と眠れるように……」
ケンジさんがカタログを見ながら提案する。
以前の私なら、「はい、それでお願いします(正体バレ防止のため)」と頷いていただろう。
でも、今の私は違う。メリザとの共同生活を経て、少しだけ強くなったのだ。
「……嫌です」
「えっ?」
「ダブルベッドがいいです。……それも、キングサイズで!」
私は顔を真っ赤にしながら、展示品の大きなベッドを指差した。
「だって……せっかく一緒に住むんですから。……離れて寝るなんて、寂しいです」
「リリさん……」
ケンジさんが目を見開いた。
そして、ふわりと優しく微笑んだ。
「……変わったね、リリさん」
「え?」
「出会った頃は、僕と目が合うだけで震えてたのに。手を繋ぐのも、あんなに怖がってたのに」
彼は愛おしそうに私の手を握った。
「今は、そんなふうに自分から『一緒にいたい』って言ってくれる。……すごく、嬉しいよ」
「ケ、ケンジさん……(うぅ、昔のヘタレっぷりが懐かしい……!)」
こうして、私たちは顔を見合わせて笑い合い、奮発して高級キングサイズベッドを購入した。
これぞ新婚。これぞ幸せの絶頂。
――しかし。現実は非情だった。
『あー、お客様。そのモデル、人気商品でして。配送は「2週間後」になります』
***
引っ越し初日の夜。
広々とした寝室(悪魔祓い済み)には、ベッドがない。
あるのは、以前の家から持ってきた私のシングル布団が一組だけ。
ケンジさんは「僕はリビングのソファで寝るよ」と言ったが、私が許さなかった。
「……狭いですけど、一緒に寝ましょう?」
結局、シングル布団に二人でギュウギュウに詰まって寝ることになった。
密着度は満点。体温がダイレクトに伝わってくる。
「……んっ……ケンジさん」
暗闇の中で、自然と雰囲気が甘くなる。
私は彼の胸に頬を擦り寄せた。
ダブルベッドはお預けになったけれど、この距離なら、むしろ好都合かもしれない。
サキュバスとしての本能がうずく。
私はそっと彼に口づけをして、パジャマのボタンに手をかけた。
「リリさん」
しかし、ケンジさんの手が、私の手を優しく制止した。
「……ダメだよ」
「えっ? ど、どうして? もう邪魔者はいないんですよ?」
「うん。でも……せっかくの『新居での初夜』だ」
ケンジさんは、真面目な顔で私の頬を撫でた。
「あのキングサイズのベッドが届いて、完璧なステージが整ってからにしたいんだ。……こんな仮の布団じゃ、君を大事に愛せないから」
「!!??」
な、なんという紳士的なこだわり!
でも、今の私にとっては拷問だ!
「い、いいじゃないですか布団でも! 私、気にしません! むしろ狭いほうが燃えるというか……!」
「ダメだよ。リリさんはお姫様なんだから。最高の環境で迎えてあげたいんだ」
彼はチュッ、と軽いキスをすると、私を抱きしめて「おやすみ」と言って目を閉じてしまった。
(う、嘘でしょぉぉぉ!?)
生殺しだ。
目の前に大好物(ケンジさん)がいるのに、完璧なテーブルマナーが整うまで「待て」を食らっている状態だ。
彼の腕の中、規則正しい寝息を聞きながら、私は悶絶した。
(2週間……!? あと2週間も、この距離で『お預け』なの!?)
私の身体の中で、サキュバスの血が「食べたい食べたい」と騒いでいる。
昔は彼に触れるだけで怖かった私が、今は彼に触れられないことで苦しんでいる。
変わった。確かに私は変わったのだ。
欲望(食欲)に忠実な、立派なサキュバスへと――。
新生活は、甘く切ない「忍耐」の夜から始まった。
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