第15話 王宮医師が「回復魔法」で王を殺しかけていたので、生卵を飲ませて「毒」を吐き出させた
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あらすじ
【悲報】魔法世界の住人、俺の「現代組織論」と「洗脳技術」になすすべなく堕ちていく。~インチキ宗教を立ち上げたら、知識が最強すぎて世界征服してしまった件~ - 第15話 王宮医師が「回復魔法」で王を殺しかけていたので、生卵を飲ませて「毒」を吐き出させた
本文
王の寝室は、死の臭いが充満していた。 焚き染められた香の匂いと、膿と汗の混じった不快な湿気。 豪奢な天蓋付きベッドには、この国の王が骸むくろのように横たわっている。
その周囲を囲むのは、白いローブを纏った十数名の王宮医師団だ。 彼らは全員、必死の形相で杖を掲げ、詠唱を続けている。
「おお、癒やしの光よ! 陛下の御身に活力を!」 「ハイ・ヒール(上級治癒)!」
魔法の光が王の体を包む。 だが、王の苦悶の表情は晴れるどころか、痙攣は激しくなり、うわ言のように呻き声を上げ続けている。
(……馬鹿共が。殺す気か)
私は、部屋の入り口からその光景を見て、吐き捨てるように言った。
「即刻、魔法を止めろ!!」
私の怒号が、静まり返った寝室に響き渡った。 医師たちが驚いて振り返る。 その中心にいた、白髭の医師長が顔を真っ赤にして怒鳴り返してきた。
「な、なんだ貴様は! 神聖な治療の場において!」 「治療? いいえ、貴方たちがやっているのは拷問です」
私はツカツカとベッドサイドまで歩み寄り、王の手首を掴んだ。 脈は異常に速い。皮膚は高熱を持ち、血管が浮き出ている。
「回復魔法は『細胞の代謝を強制的に活性化』させるものだ。だが今、陛下の体内には『水銀』という猛毒が巡っている。血行を良くしてどうする? 毒を全身の臓器に、骨の髄まで浸透させたいのか?」
「何をバカな……! 魔法に治せぬものなどない! 部外者は出て行け!」
医師長が杖を振り上げる。 だが、その杖を遮ったのは、氷のような声だった。
「……やらせてみろ」
入り口に立っていた王太子フレデリックが、腕を組んで告げた。 その背後には、抜身の剣を持った近衛兵が控えている。
「で、殿下!? 正気ですか!? このような素性の知れぬ詐欺師に陛下を!」 「父上の病状は、お前たちの魔法で悪化する一方だ。……ならば、賭ける価値はある」
王太子は私を冷徹に見据えた。
「ルシアンと言ったな。……失敗すれば、その場で斬る。始めろ」
「御意に」
私は医師団を押し除け、アリアに指示を出した。
「アリア、厨房から『生卵』と『牛乳』を大量に持ってこさせてくれ。急げ!」 「は、はいっ!」
アリアがドレスの裾を翻して走り出す。 医師たちがポカンと口を開けた。
「た、卵だと? 朝食でも作るつもりか!?」 「神聖な医療の場に食材を持ち込むなど……!」
嘲笑が巻き起こる。 だが、私は彼らを無視し、王の上半身を起こした。 意識は混濁している。手足の震え(振戦)は止まらない。
すぐにアリアが戻ってきた。籠いっぱいの卵と、ピッチャーに入った牛乳。 私は手早く卵を割り、黄身を取り除いて「白身(卵白)」だけをボウルに集めた。
「アリア、陛下を支えてくれ。……少し強引に飲ませるぞ」 「わかった。……失礼いたします、陛下」
アリアが王の背中を優しく支え、まるで聖母のように抱きかかえる。 私はボウルに入った大量のドロドロした卵白を、王の口へと流し込んだ。
「ぐ、ぐぅ……ッ!?」 「飲み込んでください! これが解毒剤です!」
王がむせ返るが、構わず流し込む。 続いて牛乳も飲ませる。
「おい! 何をしている! 陛下が苦しがっておられるではないか!」 「やめさせろ! 窒息させる気か!」
医師たちが掴みかかろうとするが、近衛兵がそれを阻む。
私は心の中で、化学反応式を思い描いていた。 これは《キレート作用》の応用だ。
水銀(Mercury)などの重金属イオンは、タンパク質の「チオール基(-SH)」と非常に結合しやすい性質を持つ。 体内に入った水銀は、胃壁や腸のタンパク質を破壊しながら吸収され、神経を侵す。
だが、胃の中に大量の「身代わりタンパク質(卵白や牛乳)」があればどうなるか? 水銀は、胃壁よりも先に、それらのタンパク質と結合し、固まる。 つまり、毒を一時的に「無害な塊」に変えて封じ込めることができるのだ。
これは現代医学の胃洗浄における、最も原始的かつ確実な応急処置だ。
「……よし、十分だ」
卵十個分ほどの白身と牛乳を飲み込ませた。 今、王の胃の中では、遊離していた水銀イオンが卵白アルブミンと結合し、凝固しているはずだ。
だが、これで終わりではない。 毒を固めただけだ。吸収される前に、体外へ排出パージしなければならない。
「桶を用意しろ!」
私は叫び、王の口に指を突っ込んだ。 舌根を刺激し、嘔吐中枢を強制的に作動させる。
「がっ、ごほっ……!」
王の背中が大きく波打った。 アリアが背中をさすりながら、必死に桶を差し出す。
「お出しください、陛下! 悪いものを全て!」
――オロロロロロロッ!!!!
王が激しく嘔吐した。 胃の内容物が、滝のように桶へと吐き出される。
その瞬間、部屋中の空気が凍りついた。 医師たちの嘲笑が消え、戦慄へと変わる。
「な……なんだ、あれは……!?」
王が吐き出したもの。 それは、ただの卵や牛乳ではなかった。
黒いヘドロだった。
白かったはずの卵白が、毒々しいドス黒い塊に変色し、悪臭を放っている。 それは、水銀がタンパク質と結合して変性した成れの果て。 王の体を蝕んでいた「死」そのものが、物理的な形を持って排出されたのだ。
「ひぃっ……! あんなものが体内に……」 「まさか、本当に毒が……?」
医師長が腰を抜かす。 私は構わず、二度、三度と吐かせた。 黒い塊が出るたびに、王の顔色が土色から、徐々に赤みを取り戻していく。
そして、全てを吐き尽くした後。 王は深い呼吸をして、脱力したようにアリアの腕の中に倒れ込んだ。
「……はぁ……はぁ……」
静寂が戻る。 だが、先ほどまでの死の静寂ではない。安らかな眠りの静寂だ。
私は王の手首を取った。 あの不気味な震え(振戦)が、完全に止まっていた。 脈拍も落ち着いている。
「……終わりました」
私は額の汗を拭い、王太子の方を向いた。
「毒の大部分は排出されました。後は、腎臓の機能を回復させるための食事療法と、十分な水分補給を行えば、命に別状はありません」
王太子フレデリックは、桶の中の黒い液体と、安らかに眠る父王の顔を交互に見ていた。 やがて、ゆっくりと私に歩み寄ってくる。
「……信じられん」
彼は私の目の前で立ち止まった。
「宮廷医師団が束になっても治せなかった病を……。貴様は、卵と牛乳だけで治したというのか?」 「卵と牛乳ではありません。『化学反応』です」
私は淡々と答えた。
「魔法は奇跡を起こしますが、万能ではありません。物質的な毒には、物質的な対抗策が必要なのです」
王太子は長い沈黙の後、フッと小さく笑った。
「……詐欺師だと思っていたが。どうやら、私が無知だったようだ」
彼は腰の剣から手を離し、私に右手を差し出した。 それは、王族が臣下に対して行う、最大級の信頼の証だ。
「礼を言う、ルシアン。……そして聖女アリアよ。父を救ってくれたこと、生涯忘れぬ」
アリアが恐縮して頭を下げる。 私は王太子の手を握り返した。冷たく硬い手だったが、先ほどまでの殺意は消えている。
だが、その瞳の奥には、新たな光が宿っていた。 それは感謝ではない。 「使える道具・ ・ ・ ・ ・を見つけた」という、支配者の目だ。
(……やれやれ。虎の尾を踏んだか、あるいは虎を手懐けたか)
私は内心で苦笑した。 王の命を救ったことで、処刑は回避できた。 そして、王太子という最強の「後ろ盾」も手に入れた。 だが同時に、私はこの冷徹な男に「危険人物ジョーカー」としてマークされてしまった。 これからは、貴族相手の子供騙しのような詐欺は通じない。国家の中枢での、命懸けの綱渡りが始まるのだ。
「医師長」
王太子が、呆然としている医師団を振り返った。
「貴様らは全員解雇だ。……無知は罪なり。その無能さで、危うく王を殺すところだったのだからな」
「で、殿下! 慈悲をぉぉぉ!」
衛兵に引きずられていく医師たちの悲鳴を聞きながら、私はアリアの肩を抱いた。 彼女のドレスは、王の嘔吐物で汚れていたが、今の彼女は誰よりも輝いて見えた。
「よくやった、アリア。お前の介抱のおかげだ」 「ううん……。怖かったけど、ルシアンを信じてよかった」
アリアが安堵の涙を浮かべて微笑む。
窓の外では、夜が明け始めていた。 朝陽が王城を照らす。 スラムの詐欺師が、国の筆頭医師(の座を蹴って実権を握るフィクサー)へと成り上がった瞬間だった。
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