ノってまいりました
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
再開発で社を失った路端の稲荷神は、生き延びるために人に化け、心霊探偵になった。 ――祈りも、欲望も、呪いも、まとめて引き受けるために。 これは人に化けた稲荷神と、神を信じない霊能者が怪異と人間の業の後始末をする、現代日本怪異譚。
本文
日曜日。
競馬中継の音だけが、事務所に虚しく流れていた。
「……全滅だな」
創は新聞を畳み、机の端に放った。
混戦荒れ模様。
手堅く行ったつもりが、見事に裏目。
珍しいことではないが――今日は、様子が違う。
「僕も、外れました」
向かいでスマホを伏せ、朔夜が言う。
その声に、言い訳も悔しさもない。
ただの事実報告だ。
「……マジか」
創は眉をひそめた。
朔夜は、こういう日に限って直感を当てる。
それが外れた、ということは。
「今月、厳しいな」
創がぽつりと呟いた。
瞬間。
モニター付きインターホンが鳴った。
短く、一度。
創は反射的に画面を見る。
映っていたのは、若い男だった。
二十代後半から三十前後。
派手すぎないが、どこか見せることを意識した身なり。
カメラ慣れした笑顔が、モニター越しでも分かる。
応答ボタンを押す。
「……誰だ」
『はじめまして!』
やけに明るい声。
『オカルト系YouTuberの、相模 晴人と申します!』
創の目が、わずかに細くなる。
「用件は」
『紹介状をお預かりしています』
男は、胸元から一枚の封筒を掲げた。
見覚えのある、癖のある筆跡。
――児玉 真彦。
創は、深く息を吐いた。
「……入れ」
ほどなくして事務所のドアが開き、相模 晴人が入ってくる。
「失礼しまーす!」
やたら元気だ。
テーブルに置かれたのは、三点。
デパ地下のいなり寿司。
未開封の高級日本酒。
そして。
――厚みのある封筒。
札束が入っている音が、はっきりした。
「単刀直入に言います!」
相模は、背筋を伸ばした。
「本物の心霊動画を、撮りたいんです」
創は、封筒から目を離さずに言った。
「……今月のテナント料……」
「僕も、外れちゃいましたからねえ」
朔夜が、妙に穏やかに追い打ちをかける。
創は、しばし沈黙した。
いなり寿司。
酒。
札束。
そして、紹介状。
「……条件がある」
創は、ようやく顔を上げた。
「俺たちは“演出”はしない。本物しか出さねえ」
「大歓迎です!」
相模は即答した。
「フェイクは、もう十分やりました」
目が、本気だった。
創は、立ち上がる。
「なら、話は早い」
視線を朔夜に向ける。
「行くぞ」
「どこへです?」
相模が身を乗り出す。
創は、淡々と答えた。
「十三佛。雰囲気込みで、本物が溜まってる場所だ」
日曜の午後。
こうして三人は、映りたがりの幽霊が居るだろう場所へ向かうことになる。
この時点では、まだ誰も知らなかった。
――その幽霊たちが、想像以上にノリノリだということを。
※※※
十三佛へ向かう車内は、思ったよりも静かだった。
相模 晴人は、後部座席でカメラ機材を入念にチェックしている。
レンズ、マイク、予備バッテリー。
手つきは慣れているが、指先がわずかに浮き足立っている。
「……緊張してます?」
朔夜が、前を向いたまま言った。
「正直、はい」
相模は苦笑する。
「噂とか、作り話じゃない“本物”って、初めてなんで」
「幽霊自体は珍しくないですよ」
朔夜は淡々と返す。
「映るかどうかは、向こう次第ですけど」
創はハンドルを握りながら、鼻で笑った。
「今日は日曜だ。暇な奴らは多い」
それは、人間に対して言っているのか、幽霊に対してなのか分からない言い方だった。
やがて、車は十三佛へ向かう入口に着いた。
昼間でも、空気が違う。
鬱蒼とした竹林に、細い道が伸びている。
時折、カーン、カーンという謎の音が響いていた。
「……ここ、かなり雰囲気ありますね」
相模が、思わず声を落とす。
「いかにも出そうな感じがする」
「でしょう」
朔夜は車を降りると、創のあとに続いて細い道を進んだ。
しばらく歩くと、仁王像が。
そこからさに細い道を進み、洞窟の入り口へと向かう。
洞窟の中は昼でも真っ暗で、棲みついているのか蝙蝠が一匹飛び出してきた。
相模が懐中電灯を点け、三人の足元を照らす。
階段を下っていけば、少し広い空間に仏像や地蔵が並んでいた。
そして、やっぱり――いる。
ざっと数えて、二十以上。
立っているもの、座っているもの、寝転がっているもの。
中には、地蔵に腰掛けて足をぶらぶらさせている幽霊もいた。
「……今日、なんかあるの?」
「また人来た」
「カメラ? え、撮影?」
ひそひそ声が、ざわざわに変わる。
完全に、野次馬の空気だ。
朔夜は小声で言った。
「……動画、撮るんですけど」
一瞬の沈黙。
次の瞬間。
「映っていいの!?」
「マジ!? 久々のイベントじゃん!」
「私、前ボケ得意!」
空気が、一気に弾んだ。
相模は、創を見る。
「……今、何人くらいいます?」
「映る気満々なのは、十人以上だな」
「そんなに!?」
創は肩をすくめた。
「暇なんだよ。ここ」
相模は、喉を鳴らしながらカメラを構える。
「じゃ、じゃあ……回します」
録画ランプが点灯する。
途端に、幽霊たちの動きが変わった。
距離を測る者。
角度を気にする者。
何度も手を振っては、透け具合を確認する者。
「そこ! そこだと逆光!」
「ちょ、被ってる被ってる!」
「順番守って!」
もはや、現場ディレクションが始まっている。
相模は、呆然としながらも、プロの顔になっていく。
「……音、拾えてます。ノイズじゃない……」
マイクが、はっきりと“声”を拾っていた。
風でも、雑音でもない。
確実な、人の声。
創は、腕を組んで見守る。
「無理はするなよ」
「はい!」
相模は頷き、カメラを構え直す。
幽霊の一人が、カメラの正面に立った。
「じゃ、私から!」
次の瞬間。
画面に、ぼんやりとした人影が浮かび上がる。
輪郭。
顔。
こちらを見て、確かに笑っている。
相模の喉が、ひくりと鳴った。
「……映ってる」
朔夜は、少しだけ微笑む。
「得意な人、いましたね」
創は、低く言った。
「これが、“本物”だ」
十三佛は、今夜。
幽霊たちにとって、最高の暇つぶし会場になっていた。
※※※
撮影は、思いのほか長引いた。
幽霊たちは飽きなかった。
むしろ、時間が経つほど調子づいていった。
「次、俺いい?」
「さっき手だけだったから、今度は顔いくわ」
「声も入れていい? 自己紹介したいんだけど」
相模は汗をかきながらも、カメラを止めなかった。
プロとしての判断だ。
――止めたら、二度と同じものは撮れない。
「……バッテリー、ギリギリです」
「大丈夫だ」
創は短く言った。
「今が一番ノッてる」
朔夜は、幽霊たちの様子を見ながら、静かに釘を刺す。
「近づきすぎないでくださいね。触らなくていいですから」
「はーい」
「分かってる分かってる」
返事は軽いが、誰も一線は越えない。
映りたいだけだ。
害をなす気は、まったくない。
最後に、ひときわ存在感の薄い幽霊が、遠慮がちに手を挙げた。
「……私、最後でもいいですか」
相模は、頷いた。
「どうぞ」
カメラを向ける。
画面に映ったのは、ほとんど影に近い人影だった。
だが、ゆっくりと輪郭が浮かび、顔が形を取る。
少しだけ、誇らしげな笑み。
――その瞬間。
マイクが、はっきりと声を拾った。
『……ありがとう』
相模の手が、震えた。
「……今の、編集じゃ消せないですよね」
「消す理由もない」
創は言った。
「それが“本物”だ」
やがて、バッテリーが尽きた。
録画ランプが消えると同時に、幽霊たちは口々に言った。
「楽しかったー」
「また来てね!」
「次は夜の方が盛れるかも!」
その声を最後に、気配は次第に散っていった。
洞窟に残ったのは、人間三人だけだ。
相模は、その場に座り込んだ。
「……撮れました」
声が、かすれている。
「間違いなく、人生で一番の動画です」
事務所に戻ったのは、すっかり夜になってからだった。
相模は何度も礼を言い、例の封筒をきっちり置いて帰っていった。
数日後。
その動画は、投稿された。
タイトルは控えめだった。
煽り文句も、過剰な効果音もない。
だが。
コメント欄は、すぐに異様な熱を帯び始めた。
本物じゃないとあり得ない
編集なしでこれは無理
声、今の聞こえた?
フェイクだったら引退していいレベル
再生数は伸び続け、切り抜きが出回り、考察動画が量産された。
――バズった。
事務所で、その様子を眺めながら。
「……当たったな」
創は、スマホを机に置いた。
「はい」
朔夜も、画面を覗く。
「幽霊さんたち、満足してましたし」
「暇つぶしに協力しただけだがな」
創は鼻で笑った。
ふと、競馬新聞を見る。
「……来週は、俺が当てる」
「どうでしょう」
朔夜は、少し楽しそうに言った。
十三佛では、今日も幽霊たちが集まっている。
「また撮影来ないかな」
そんな話をしながら。
本物の心霊動画は、こうして生まれた。
誰も嘘をつかず。
誰も傷つかず。
ただ――幽霊たちが、最高にノリノリだっただけの話だ。
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