カセットテープ

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/1/12 📚 シリーズ: 時塔心霊探偵事務所 📝 4,601文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

再開発で社を失った路端の稲荷神は、生き延びるために人に化け、心霊探偵になった。 ――祈りも、欲望も、呪いも、まとめて引き受けるために。 これは人に化けた稲荷神と、神を信じない霊能者が怪異と人間の業の後始末をする、現代日本怪異譚。

本文

 その狐に、名前はなかった。

 時塔心霊探偵事務所の一角。

 丸くなって座る幼い稲荷見習いを見下ろしながら、朔夜は少し考え込んでいた。

「……ゴン」

 ぽつりと、言う。

 狐が顔を上げた。

「ゴン、いいですよ。呼びやすいし」

 次の瞬間。

「――っ!」

 狐――ゴンは、ぱっと尻尾を振った。

 金色の毛が、嬉しそうに揺れる。

「な……なまえ……!」

 声はまだ拙いが、感情は分かりやすい。

「ゴン!」

 もう一度呼ぶと、今度は小さく跳ねた。

 その様子を、創は腕を組んで眺めている。

「……安直だな」

「でも、本人――本狐が喜んでますし」

「神に名前付けるのは、責任を伴うんだぞ」

 創の言葉に、ゴンはぴたりと動きを止める。

 不安そうに、朔夜を見る。

「大丈夫ですよ」

 朔夜は、少しだけ笑った。

「“見習い”ですから」

 創は、鼻で息を吐いた。

「……勝手にしろ」

 その直後だった。

 ゴンが、そわそわと落ち着かなくなったのは。

 事務所のドアの方をちらちら見て、尻尾を揺らし、ついには外へ向かって歩き出す。

「どこ行く」

「……しごと……てつだう……!」

 言うなり、ゴンはドアをすり抜けて外へ出ていった。

 朔夜が一瞬立ち上がりかける。

「追いかけます?」

「放っとけ」

 創は、机に戻った。

「ああいうのは、止めると逆に拗ねる」

 それから、二時間ほど。

 事務所に戻ってきたゴンの後ろには――。

「……お客さん、だな」

 創が低く言った。

 透けた、三十代半ばほどの男。

 顔色は生前のものを留めているが、目の奥が落ち着かない。

「た、頼む……!」

 男の幽霊は、事務所に入るなり深々と頭を下げた。

「返してほしいんだ……あれは……あれだけは……」

 朔夜は、ため息をついてソファを勧める。

「まず、落ち着いてください」

 幽霊は、座るという概念を忘れているのか、立ったまま早口で語り始めた。

「廃病院だ。今はもう使われてない、C総合病院」

 創の眉が、わずかに動く。

「……そこで、自殺した」

 幽霊は、そう言った。

「最後に、ラジカセに遺言を録音した。家族に、どうしても聞いてほしかった」

 声が、震える。

「でも……肝試しに来た若い男が、それを拾って……持って帰った……!」

「本人、気づいてないんですか?」

 朔夜が訊く。

「全然だ!」

 幽霊は叫んだ。

「返せって、何度も言ってるのに……こっち見もしない!」

 創は、深く息を吐いた。

 厄介な案件だ。

 しかも、依頼人が――。

「……幽霊だ」

 創が言うと、幽霊は一瞬だけ言葉に詰まったが、すぐに縋るような目になる。

「頼む……! 家族に……せめて、家族に届けてくれ……!」

 断れば、居座る。

 放置すれば、いずれ暴れる。

 創は、机を指で叩いた。

「……これっきりだ」

 幽霊が、息を呑む。

「今回だけだ。次はねえ」

 創は、視線を朔夜に向けた。

「朔夜」

「はい」

「裏の祠に、酒といなり寿司置いてけ」

 一拍。

「――貸しだ」

 幽霊は、何度も何度も頭を下げた。

「ありがとうございます……! 本当に……!」

 ゴンは、誇らしげに胸を張っている。

 創はその頭を見て、ひとことだけ呟いた。

「……ろくなことにならねえな、これ」

 それが、嵐の前触れだと気づくには。

 まだ、少し時間が必要だった。

※※※

 原口 幸太に声をかけたのは、深夜零時を少し回った頃だった。

 居酒屋の裏口。

 油の匂いがまだ残る路地で、原口はスマホを見ながら歩いていた。

「原口 幸太」

 低く呼ぶ。

「……はい?」

 振り向いた男は、二十四歳にしては少し幼い顔をしていた。

 警戒心はあるが、身構えるほどではない。

 “普通”の青年だ。

「少し話がある」

 創は名刺を見せる。

「時塔心霊探偵事務所」

「……探偵?」

 原口は眉をひそめた。

「俺、なんかやらかしました?」

「盗んだ覚えは?」

 創は、単刀直入に言った。

 原口は、一瞬きょとんとする。

「……え?」

「今は廃病院になってる、元C総合病院」

 原口の表情が、わずかに変わる。

「そこで、ラジカセを拾わなかったか」

 数秒の沈黙。

 原口は、思い出すように視線を彷徨わせた。

「あ……ああ……」

 小さく、声が出る。

「肝試しで行った時……ありましたね」

「中に、カセットテープが入ってたはずだ」

「……」

 原口は、頭を掻いた。

「すみません……」

 その言葉の出方で、創は悟った。

「もう、ないな」

「……はい」

 原口は、申し訳なさそうに俯く。

「家に持って帰ったら、母さんが……」

「母さんが?」

「ゴミだと思って……捨てちゃって……」

 その瞬間。

 創の背中を、嫌な予感が走った。

 あまりにも、最悪な答えだ。

「いつだ」

「一ヶ月くらい前です」

 原口は、正直に答える。

「古かったし、壊れてそうだったし……」

 創は、目を閉じた。

 ――地雷を、踏み抜いた。

 表情を崩さないようにしながら、創は言う。

「……悪いが」

 原口を見る。

「後日、ここに来い」

 名刺を差し出す。

「直接、話す必要がある」

「え……?」

「詳しい説明は、その時だ」

 原口は、不安そうに名刺を受け取った。

「……俺、何かマズいことしました?」

「してない」

 創は、即答した。

「お前は、運が悪かっただけだ」

 その言い方が、逆に不安を煽る。

 原口は、何か言いかけてやめ、結局黙って頷いた。

「……分かりました」

 創は、それ以上何も言わなかった。

 ここで脅しても、意味はない。

 問題は、すでに取り返しがつかないところまで進んでいる。

 路地を離れながら、創は小さく舌打ちした。

「……クソが」

 幽霊は、間違いなく知ることになる。

 そして知った瞬間、どうなるか。

 それを考えたくはなかった。

※※※

 夜中の事務所は、やけに静かだった。

 電気は最低限。

 創と朔夜が戻ると、幽霊の男は、もう待ちきれない様子で室内をうろついていた。

 壁際から壁際へ。

 同じ距離を、何度も往復する。

「……原口 幸太に会った」

 創が言う。

 幽霊は、ぴたりと動きを止めた。

「見つかったか」

 声は、低い。

 期待と不安が、ぎりぎりで釣り合っている。

 創は、答えない。

 代わりに、椅子に腰を下ろし、静かに言った。

「捨てられた」

 一瞬。

 何も、起きなかった。

「……は?」

 幽霊が、聞き返す。

「家に持ち帰ったあと、母親がゴミだと思って捨てた」

 事実だけを、淡々と。

「一ヶ月前だ」

 沈黙。

 次の瞬間。

「――ふざけるな」

 空気が、震えた。

 幽霊の姿が、歪む。

 輪郭がぶれ、影が床を這うように伸びる。

「ふざけるな!!」

 叫びと同時に、棚の本が一斉に床へ落ちた。

 ドン、と鈍い音。

 朔夜が、思わず一歩下がる。

「……落ち着いてください」

「落ち着けるか!!」

 幽霊は叫ぶ。

「全部だ!! 全部あれに入ってた!!」

 壁に掛けてあった時計が、ばき、と音を立てて止まる。

「家族に……伝えるって……」

 声が、ひび割れる。

「それだけで、よかったんだ……!」

 床に伏せるような姿勢になり、幽霊は呻いた。

「返せ……返せよ……」

 創は、低く言う。

「もう、ない」

 その一言が、最後の一撃となった。

「……許さない」

 幽霊は、顔を上げる。

 目は、完全に変わっていた。

「絶対に……許さない……!」

 次の瞬間。

 事務所が、爆発したように揺れた。

 書類が舞い、椅子が倒れ、照明が激しく明滅する。

 ポルターガイスト。

 明確な、敵意。

「……まずい!」

 朔夜が声を上げた瞬間、床に散った本に足を取られる。

「っ!」

 バランスを崩し、転倒する。

 鈍い音。

 朔夜は、床に手をついたまま動けなくなった。

「……足……!」

 捻った。

 はっきり分かる痛み。

 幽霊は、それに気づかない。

 気づいても、止まらない。

 怒りだけで、空間を掻き回す。

「……出ていく」

 幽霊は、吐き捨てる。

「直接、取り立てる……!」

「待て」

 創が、低く命じる。

「それ以上やれば、人が死ぬ」

「知るか!!」

 幽霊は、ドアへ向かう。

 その背中に――。

「……これっきりだ」

 創の声が、落ちた。

 幽霊が、振り向く。

「お前の頼み、ここまでだ」

 一瞬の間。

 創は、決断した。

 腕を上げる。

 祓いの動作。

「……すまん」

 それは、謝罪だった。

 次の瞬間。

 空気が、裂ける。

 幽霊の姿が、白く、細かく砕けていく。

 叫びは、途中で途切れた。

 跡形もなく――消えた。

 静寂。

 事務所は、荒れ果てていた。

 創は、しばらく立ったまま動かなかった。

 やがて、深く息を吐く。

「……クソ」

 ゴンが、そっと近づいてきた。

 尻尾を下げ、創を見上げる。

「……おしごと……?」

「違う」

 創は、短く言った。

「これは……失敗だ」

 朔夜はソファに運ばれ、足を伸ばして座らされた。

「……すみません」

「謝るな」

 創は、即答した。

「判断が遅れた俺のせいだ」

 床に散らばった本を拾いながら、続ける。

「幽霊の依頼はな……」

 一拍。

「感情が、爆弾だ」

 ゴンは、黙ってそれを聞いていた。

 事務所の中に、壊れたものと、戻らないものだけが残っていた。

 そして、原口 幸太は、結局約束の日に現れなかった。

※※※

 幽霊の来客から一週間以上が過ぎた。

 事務所は、見た目だけなら元通りになった。

 倒れた棚は直され、割れた物も片付いた。

 だが、空気の澱みだけは、完全には抜けきらない。

 ソファに座った朔夜は、包帯の巻かれた足を軽く動かしてみる。

「……だいぶ、楽になりました」

「無理すんな」

 創は、床を拭きながら短く言った。

 ゴンは雑巾を引きずりながら、甲斐甲斐しく事務所を走り回っている。

 時折、誇らしげに尻尾を揺らす。

「ぼく、ちゃんと手伝ってる?」

「ああ」

 創は、それだけ答えた。

 原口 幸太は、来なかった。

 名刺も渡した。

 日時も伝えた。

 それでも、姿を見せない。

 創は、特に驚かなかった。

 こういう人間は、珍しくない。

「……ゴン」

 拭き掃除を終えた創が、ふと声をかける。

「はい!」

 尻尾がぴんと立つ。

「今回のことで、覚えとけ」

 ゴンは、素直に顔を上げる。

「神はな」

 一拍。

「仏じゃない」

 ゴンは、きょとんとする。

「みんなを、たすけるんじゃ……」

「違う」

 創は、はっきり言った。

「代償なしで、誰にでも救いを配る存在じゃねえ」

 床に落ちていた最後の紙屑を拾い、ゴミ箱に放り込む。

「助けた結果、もっと壊れることもある」

 ゴンは、小さく耳を伏せた。

「……やさしく、したのに」

「だからだ」

 創は、視線を合わせる。

「憐れみは、向け方を間違えると刃になる」

 ゴンは、しばらく考え込むように黙った。

 やがて、ぽつりと言う。

「……じゃあ、あのゆうれいさんは……」

「終わった」

 創は、短く言った。

 それ以上は、語らない。

 朔夜が、ソファから静かに言葉を足す。

「それにね、ゴン」

 優しい声だった。

「ここは“探偵事務所”だから」

 ゴンが、首を傾げる。

「生きてる人、限定なんだよ」

「死んでる連中の未練は、俺たちの商売じゃない」

 ゴンは、少し残念そうにしながらも、こくりと頷いた。

「……わかった」

 その素直さが、余計に胸に引っかかる。

 創は、窓の外を見る。

 祠は、今日も静かだ。

「……ここはな」

 誰にともなく、呟く。

「生きてる奴が、前に進むための場所だ」

 ゴンは、その背中を見つめていた。

 まだ分からないことは多い。

 けれど、ここに居ていいのだということだけは、理解した。

 事務所の中に、静かな日常が戻ってくる。

 壊れたものは直せる。

 失われたものは、戻らない。

 それを、ゴンは少しずつ覚えていくことになる。

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作者について

絢雲 蒼雪

絢雲 蒼雪

ホラーとファンタジーが好物! 小野不由美といえば十二国記ですが、個人的には残穢が好きです。 超ビビリのくせに読破。 怖くてガチで1週間寝付けなかった。 映画も観たよ。 もちろん十二国記も...

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