くねくね

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/1/14 📚 シリーズ: 時塔心霊探偵事務所 📝 4,202文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

再開発で社を失った路端の稲荷神は、生き延びるために人に化け、心霊探偵になった。 ――祈りも、欲望も、呪いも、まとめて引き受けるために。 これは人に化けた稲荷神と、神を信じない霊能者が怪異と人間の業の後始末をする、現代日本怪異譚。

本文

 昼下がりの事務所は、実にのんびりしていた。

 窓から差し込む陽射しは穏やかで、マンション敷地裏の祠も今日は静かだ。

 ゴンは床の隅で丸くなり、時折しっぽの先だけを揺らしている。

「……平和だな」

 創が湯呑みを置き、そう呟いた、その直後だった。

 モニター付きインターホンが鳴る。

 短く、一度。

 画面に映ったのは、制服姿の少女だった。

 十代後半。背筋は伸びているが、どこか強張った表情をしている。

「……はい」

 創が応答する。

『あの……』

 一拍置いて、少女は言った。

『紹介状を持ってきました』

 画面の中で差し出された封筒。

 創の眉が、わずかに動く。

「……入れ」

 ほどなくしてドアが開き、少女が中へ入ってきた。

「失礼します」

 深く頭を下げる所作は丁寧で、年齢の割に落ち着いている。

「谷屋 美宏です。十七歳です」

 そう名乗り、封筒を差し出した。

 創は中身を確認し、短く息を吐く。

「蜂須賀 皓星、か」

 美宏は、少し驚いたように目を瞬かせた。

「……お知り合いですか?」

「まあな」

 それ以上は説明せず、創は封筒を机に置いた。

「で、用件は」

 美宏は、一度唇を噛みしめてから、はっきりと言った。

「くねくねを、どうにかしてほしいんです」

 その言葉に、室内の空気がわずかに張る。

 朔夜が、静かに顔を上げた。

「……くねくね?」

「はい」

 美宏は頷く。

「飯塚市に、母方の祖父母の家があって……その田んぼに出るんです」

 創は何も言わず、続きを促す。

「最初に見たのは、従兄の伊上 雷太です」

 名前を出すとき、美宏の声が少し低くなった。

「雷太は……それを見てから、おかしくなりました」

「どういうふうに」

 朔夜が静かに尋ねる。

「夜眠れなくなって、意味のないことをぶつぶつ言って……」

 拳を握る。

「今は、部屋に引きこもっています」

 くねくね。

 見てはいけないもの。

 見た者は、正気を失う――そういう話だけは、世間にもよく知られている。

「その後も、目撃は?」

 創が聞く。

「あります」

 美宏は即答した。

「近所の人が、夕方の田んぼで見たって。遠目だったらしいですけど……」

 一拍置いて、正直な不安を口にする。

「次は、自分かもしれないって……みんな怯えています」

 朔夜は、メモも取らずに聞いていた。

「あなた自身は?」

「私は、まだです」

 美宏は首を振る。

「でも……見たら、多分……」

 その先は、言葉にならなかった。

 創は、しばらく黙ってから立ち上がった。

「場所は飯塚市。田んぼ。発狂者一名」

 事実だけを整理する。

「……分かった」

 美宏の表情が、ぱっと明るくなる。

「引き受けていただけますか……?」

「ああ」

 創は淡々と言った。

「調べる価値はある」

 そして、いつもの言葉を告げる。

「裏の祠に」

 美宏が、顔を上げる。

「酒と、いなり寿司置いてけ」

 一瞬きょとんとしたが、すぐに深く頭を下げた。

※※※

 飯塚市に入った途端、空気が変わった。

 市街地を抜け、車が田園地帯へ入ると、音が消える。

 本当に、消える。

 エンジン音が止まれば、風の音すらない。

 虫も鳴かない。

 耳鳴りだけが、妙に大きく感じられる。

「……静かですね」

 朔夜が、小さく言った。

「これが普通だ」

 創は、前を見たまま答える。

「何も起きてない場所ほど、音がない」

 田んぼが続く。

 刈り取り前の稲が、微動だにせず立っている。

 その中央に、谷屋の祖父母の家があった。

 古いが、きちんと手入れされている一軒家。

 庭先の草も刈られている。

 生活は、続いている。

 ただ――。

「……ここ、見られてます」

 朔夜が、声を落とした。

 視線を上げていない。

 空気をなぞるように、感じ取っている。

「どこから?」

「田んぼの向こう。……あそこ」

 指さした先。

 稲の間に、何かが揺れた。

 風ではない。

 風がない。

 揺れているのは、一本だけだ。

 細長く、白い。

 人の形にも、そうでないものにも見える。

 首があるようで、ない。

 手足があるようで、分からない。

 谷屋が、息を呑んだ。

 創は、目を細める。

 くねくね。

 距離がある。

 だが、目を離すと位置が変わる。

 見続けると、形が曖昧になる。

「……見るな」

 創が、短く言った。

「見続けると、持っていかれる」

 谷屋は、慌てて視線を逸らす。

 その瞬間、白いものは消えた。

 最初から、いなかったかのように。

「……今の……」

 谷屋が、震える声で言う。

「……くねくね……」

 祖父母の家に入ると、空気はさらに重くなった。

 締め切られた室内。

 だが、埃の匂いではない。

 息苦しさ。

 人が、人でなくなる寸前の気配。

「……雷太は、二階です」

 祖母が、申し訳なさそうに言った。

「部屋から、ほとんど出てこなくて……」

 二階の廊下は、暗かった。

 昼間なのに、カーテンが閉め切られている。

 一番奥の部屋。

 ノックをすると、内側から物音がした。

「……誰だ」

 低く、擦れた声。

「雷太。美宏だよ」

 一拍。

 鍵が外れる音。

 開いた隙間から覗いた顔は、聞いていた年齢より老けて見えた。

 伊上 雷太。

 二十六。

 だが、目の下の隈が深すぎる。

 頬がこけ、視線が落ち着かない。

「……来るな」

 第一声が、それだった。

「見られたら……また……」

「誰に?」

 創が、即座に聞く。

 雷太の喉が、ひくりと鳴る。

「……田んぼの、あれ」

 震える指で、窓の外を指す。

「白いやつ……くねくね……」

 雷太は、部屋の隅へ後退る。

「俺だけなんだ……見たの」

「いつ?」

「……夜明け前」

 創は、黙って聞く。

「トイレに行こうとして……カーテンの隙間から……」

 雷太の声が、かすれる。

「……顔が……」

 創と朔夜の視線が、同時に向いた。

「……顔?」

「……あいつだった……」

 雷太は俯いた。

「昔の……同級生……」

 言葉が、止まる。

「死んだって、聞いてた……」

 谷屋が、息を呑む。

 雷太は、頭を抱えた。

「だから……来たんだって……」

「何をしに?」

 朔夜が、静かに問う。

 雷太は、答えなかった。

 しかし、彼が答えなくても、分かる。

 彼の恐怖の正体は、怪異ではない。

 “覚えのある顔”を見てしまったことだ。

 創は、神経を研ぎ澄ませた。

 稲の海に囲まれたここは、どこまでも静かだった。

※※※

 雷太の部屋の前を離れ一階に下りると、谷屋の祖父母は縁側で並んで座っていた。

「……あの子、どうでしょうか」

 祖母が、恐る恐る尋ねた。

 創は、すぐには答えなかった。

 縁側から、田んぼが見える。

 風はない。

 稲は、相変わらず静止している。

「夜になると、あれが出るらしいんです」

 祖父が言う。

「最初、気にしているのは雷太だけでした。でも……」

 言葉を濁す。

「最近は、見ていないはずなのに、みんな落ち着かなくなってきて……」

 一定の場所に留まる。

 見ていないのに、影響が出る。

 それは、くねくねの特徴とは、少し違う。

 朔夜が縁側の端に立ち、田んぼの方へ視線を向けた。

「……いますね」

 祖父母が、びくりとする。

「い、今も……?」

「見えなくていいです」

 朔夜は、穏やかに言った。

「今は、向こうが“見せていない”だけですから」

 創は、低く息を吐いた。

「……呼び方が、ズレてる」

「ズレてる?」

「くねくねは、見ることができる者を壊す」

 創は、祖父母ではなく、田んぼを見ながら言う。

「だが、これは……」

 言葉を切る。

「選んでる」

 雷太だけが、最初に見た。

 そして、”顔を認識した”。

 偶然じゃない。

 日が傾き始めた頃。

 創と朔夜は、田んぼの畦道に立っていた。

 谷屋は、家で待たせている。

「……出てくるなら、今だ」

 創が言う。

 夕暮れ。

 人の気配が減る時間。

 稲の奥で、何かが揺れた。

 今度は、一本ではない。

 二本、三本。

 白く、細長い影が、ゆらりと立ち上がる。

 遠目には、確かに“くねくね”だ。

 朔夜は、目を細めた。

「……こちらを壊す気はありませんね」

「見せるだけだ」

 創は、動かない。

「怖がらせる。思い出させる。それだけ」

 影のひとつが、ほんの一瞬、形を変えた。

 首が、はっきりする。

 肩の線が、浮かぶ。

 人だ。

 だが、すぐにまた、歪む。

「……あれ」

 朔夜が、確信を帯びた声を出す。

「なりきってます」

「だろうな」

 創は、腕を組んだ。

「妖じゃない。そう見せてるだけだ」

 影の奥から、声がした。

 か細く、だが、はっきりと。

『……やっと……気づいた……』

 朔夜は、そちらを向いた。

「話がしたいんですね」

 返事はない。

 だが、影の揺れが、わずかに穏やかになる。

『……怖がる……顔……』

 言葉が、途切れ途切れに続く。

『……あれが……見たかった……』

 創は、冷たく言った。

「復讐か?」

 一瞬の間。

『……ちがう……』

 否定。

『……そんな立派なものじゃない……許す気は……ないけど……』

 朔夜が、静かに補足する。

「恨み切っても、気が済まない。謝られても、受け取れない」

 影が、微かに揺れる。

『……生きてる……間に……』

 声が、低くなる。

『……言ってほしかった……』

 それ以上は、語らない。

 創も、それ以上は聞かない。

「雷太は、海外へ行く」

 影が、ぴたりと止まった。

「逃げるって、決めてる。もう、戻る気はねえ」

 しばらくして。

『……そっか……なら……このままでいい……』

 ただ、それだけだった。

 怒りも、悲しみも、爆発しない。

 影が、揺れ始める。

 くねくね、くねくねと。

 創は引き留めない。

 朔夜が、小さく息を吐いた。

「……どちらも、譲らないですね」

「譲れねえんだよ」

 創は、背を向けた。

「許さないって決めた幽霊と、逃げ切るって決めた人間だ」

 その後、谷屋の祖父母の家に戻った創は、依頼は完了したとだけ告げた。

 くねくねは、退治されたわけではない。

 だが、理由もなく暴れるものでもない。

 それで十分だった。

※※※

 帰り道。

 車窓の外には、もう田んぼは見えない。

 朔夜が、ぽつりと言う。

「創さんは……雷太に何も言わなかったですね」

「ああ」

「逃げるな、とも。戻れ、とも」

 創は、ハンドルから目を離さずに答えた。

「言ったところで、選択は変わらねえ」

 一拍。

「どっちも、自分で決めたことだ」

 夜道は、静かに続く。

 飯塚の田んぼでは今も、白い影が揺れているだろう。

 それは怪異ではない。

 許さなかった者と、向き合わなかった者が、交わらずに残した余白だ。

 誰も救われず、誰も間違っていない。

 ただ、それぞれが、自分の選択の中に留まり続ける。

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作者について

絢雲 蒼雪

絢雲 蒼雪

ホラーとファンタジーが好物! 小野不由美といえば十二国記ですが、個人的には残穢が好きです。 超ビビリのくせに読破。 怖くてガチで1週間寝付けなかった。 映画も観たよ。 もちろん十二国記も...

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