狸神

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/1/17 📚 シリーズ: 時塔心霊探偵事務所 📝 4,264文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

再開発で社を失った路端の稲荷神は、生き延びるために人に化け、心霊探偵になった。 ――祈りも、欲望も、呪いも、まとめて引き受けるために。 これは人に化けた稲荷神と、神を信じない霊能者が怪異と人間の業の後始末をする、現代日本怪異譚。

本文

 事務所を開けて、まだそれほど時間は経っていなかった。

 ゴンが床で丸くなり、朔夜が湯を沸かしている。

 いつもの静かな朝。

 モニター付きインターホンが鳴った。

 短く、一度。

 創は反射的に画面を見る。

 映っていたのは、疲れ切った表情の女性だった。

 三十代前半。

 身なりはきちんとしているが、目の下の隈が隠しきれていない。

「……はい」

『予約していた、曽我と申します』

 ほどなくして、曽我 仁美は事務所に入ってきた。

 深く頭を下げるが、その動作に力がない。

 椅子に座ると、両手を膝の上で握りしめた。

「……神様を、鎮めてほしいんです」

 その言葉だけで、創は大体の見当がついた。

 朔夜が静かに湯呑みを差し出す。

「ありがとうございます……」

 一口飲んでから、仁美はぽつぽつと話し始めた。

「曽我家には、代々祀ってきた狸の置物がありました」

 神様が宿る、と言われてきたもの。

 小さな神棚に置かれ、家族で大切にしていた。

「それを……息子が……」

 声が、かすれる。

「四歳の息子が、イタズラして壊してしまったんです」

 創は、黙って聞いている。

「それ以来、息子に不幸が続いて……」

 骨折。

 原因不明の貧血。

 保育園でのいじめ。

「お寺にも相談しました」

 仁美は、必死に言葉を重ねる。

「新しい木製の仏像を用意して、ちゃんと供養も……」

 だが、効果はなかった。

「先日は、舅が……急に倒れて亡くなりました」

 朔夜が、わずかに眉を寄せる。

「今は……」

 仁美は、俯いた。

「夫と姑から、全部私のせいだと言われています」

 ちゃんと子どもを見ていなかった。

 神様を怒らせた。

 だから不幸が続いているのだ、と。

「……どうにか、神様の怒りを鎮めてもらえませんか」

 創は、しばらく黙ってから立ち上がった。

「引き受ける」

 仁美の顔が、ぱっと明るくなる。

「……本当ですか」

「ああ」

 創は淡々と言う。

「裏の祠に」

「……はい」

「酒と、いなり寿司置いてけ」

 仁美は、何度も頭を下げた。

 だが、創がこの依頼を受けた理由は、彼女への同情ではなかった。

 壊された憑代。

 正式な謝罪もなく、代わりに置かれた仏像。

 その扱いに、覚えがあった。

「……そりゃ、キレる」

 創は、小さく呟いた。

※※※

 曽我家は、大野城市の住宅街にあった。

 一軒家。

 外から見れば、特に問題はなさそうだ。

 だが、玄関をくぐった瞬間、空気が重くなる。

「……いますね」

 朔夜が、低く言う。

 リビングに通される。

 立派な神棚。

 そこには、真新しい小さな仏像が鎮座していた。

 そして――

 創の視線は、リビングの片隅で止まった。

 仁王立ち。

 腕を組み。

 ものすごく不機嫌そうな顔。

 狸が一匹、立っていた。

 陶器ではない。

 はっきりとした実体を持つ、神の狸だ。

『……ようやく来たか』

 低く、荒れた声。

 朔夜は、息を呑む。

「……怒ってますね」

「怒ってるどころじゃねえ」

 創は、頭を押さえた。

 狸は、神棚を睨みつける。

『普通はよ』

 吐き捨てるように言う。

『まず詫びるだろうが!!』

 空気が、びり、と震えた。

『子どもだから許されると思ったか? わざと触るなって言ってあった!!』

 狸神の声が聞こえたらしい。

 仁美が、震えた声で言う。

「で、でも……子どもで……」

『だから何だ!!』

 一蹴。

『壊して、詫びもなく、勝手に仏像置いて』

 神棚を指差す。

『なんで神棚に仏像だ!! 考えりゃ分かるだろうが!!』

 創は、深くため息をついた。

 狸は、さらに続ける。

『それに最近だ!! 酒をだな!!』

 怒鳴る。

『日本酒じゃなくて、缶チューハイの飲みかけを、 「お裾分けです」って供えてきやがる!!』

 朔夜が、思わず目を伏せた。

『せめて未開封にしろよ!!』

 創は、こめかみを押さえた。

「……色々と、ズレてるな」

 狸は、腕を組んだまま鼻を鳴らす。

『だろうがよ』

 創は、仁美に向き直る。

「説明する」

 指を一本立てる。

「まず、神社に行け。寺じゃない」

 二本目。

「正式に、狸神に詫びろ。言い訳なしでだ」

 三本目。

「あの仏像はどけろ。最低でも、狸の置物にしろ」

 四本目。

「供える酒は、未開封の日本酒だ」

 はっきり言う。

「缶チューハイのお裾分けは、論外」

 仁美は、呆然と頷くことしかできなかった。

 狸は、ふん、と鼻を鳴らした。

『……分かりゃいい』

 だが、その顔に怒りは残ったままだった。

※※※

 それから、数日が経った。

 曽我家は、創の言葉通りに動いた――動いたつもりだった。

 まず、神社へ行った。

 狸神の前で、家族揃って頭を下げた。

 だが。

「ごめんなさい」

 それだけだった。

 何に対して、どう悪かったのか。

 誰が、何をしたのか。

 そういう具体的な言葉は、なかった。

 創は、それを聞いて鼻で笑った。

「……謝罪ってのはな、“申し訳ありません”って音を出せば成立するもんじゃねえ」

 次に、神棚。

 確かに仏像は撤去された。

 だが、代わりに置かれたのは、子どもが描いた、クレヨンの狸の絵だった。

 画用紙に、歪んだ丸と三角。

 「たぬきさん ごめんなさい」と書かれている。

『……は?』

 狸神の声が、空気を冷やす。

『これで済ませたつもりか?』

 さらに。

 供え物。

 確かに「未開封」にはなった。

 だが。

『……缶チューハイだな』

 しかも、微妙にランクアップしている。

 ストロング系。

『なにをどう勘違いしたら、神様への供物が缶チューハイになるんだ』

 狸神は、もう怒鳴らなかった。

 怒りを通り越していた。

 虚無だ。

 そして、極めつけ。

 毎朝、神棚の前で、般若心経がスマホから流されるようになった。

『……』

 狸神は、しばらく無言だった。

『……誰だ、これ考えたの』

 仁美だった。

 ネットで調べたら、「神様も仏様も同じだから」と書いてあった。

 だから、心を込めて。

 毎日。

 スマホで。

 自動再生。

『……せめて自分で読めよ』

 狸神は、ぽつりと言った。

『仏じゃねえけど』

 創は、完全に頭を抱えた。

「……ズレ方が、致命的すぎる」

 善意はある。

 努力もしている。

 だが――全部、向いている方向が違う。

 狸神は、その場にどかっと座り込んだ。

『もう、いい』

 低い声。

『怒るのも疲れた』

 朔夜が、そっと尋ねる。

「……鎮まらない、ですか」

『鎮まるとか鎮まらないとか、そういう話じゃねえ』

 狸神は、天井を見上げた。

『俺はな』

 一拍。

『曽我家で“神”をやる理由が、もうねえ』

 創が、静かに言う。

「……去る気か」

『ああ』

 即答だった。

『壊されて、軽く扱われて、形だけ謝られて、ズレた信仰を押し付けられて』

 鼻で笑う。

『これ以上居たら、本気で呪いに変わっちまう』

 それは、脅しではなかった。

 事実の確認だった。

「……で、どうする」

『決まるまで』

 狸神は、創を見る。

『ここに置いてくれ』

 ゴンが、ぴくっと耳を動かす。

 創は、短く頷いた。

「いいだろう」

 それから、ひとつだけ言う。

「曽我家は――」

『知ってる』

 狸神は、遮った。

『俺が抜けたら、傾く』

 淡々と。

『守ってた分だけな』

 復讐ではない。

 罰でもない。

 ただ、支えが消えるだけだ。

 そして、狸神は時塔心霊探偵事務所に居候し始めた。

 怒りも、威厳も脱ぎ捨てた顔で。

『……あいつらさ』

 ぼそりと呟く。

『ごめんなさい、って言えば全部済むと思ってやがる』

 創は、何も言わなかった。

 ゴンが、狸神の隣にちょこんと座る。

 同じ側の存在として。

 静かに。

 曽我家では、その夜も神棚に向かって般若心経が流れていた。

 もう、誰も聞いていないのに。

※※※

 狸神が事務所に居着いてから、一週間が過ぎた。

 曽我家では特別なことは、何も起きなかった。

 怒りが爆発することもなければ、祟りのような派手な現象もない。

 ただ、支えが消えた家が、ゆっくりと現実に押し戻されていった。

 まず夫の仕事がうまく回らなくなった。

 小さなミスが続き、評価が落ちる。

 姑は体調を崩しがちになり、家の空気は常に重たい。

 ただ、息子の怪我や体調不良は、ぱたりと止まった。

 それが、かえってまずかった。

「……ほら、もう神様は怒ってない」

 誰かが、そう言った。

 怒っていないのではなく、居なくなってしまったのに。

 運は、誰かが引っ張ってくれるものじゃない。

 下から支えられて、ようやく回るものだ。

 支えがなくなれば、落ちる。

 それだけの話だった。

※※※

 その日の夕方。

 近くのコンビニに行った帰り道。

 時塔心霊探偵事務所の裏手、例の祠の前に、見慣れない袋が置かれていた。

 ビニール袋。

 中身が、うっすら透けて見える。

「……ん?」

 創が近づき、しゃがみ込む。

 出てきたのは、半額シールの貼られた油揚げ。小さな瓶に入った梅酒。

 油揚げの袋には、見落としようもなく赤いシールが堂々と貼られている。

 創は、しばらく無言だった。

 隣で狸神が、それを覗き込む。

『……あ』

 間。

『……あー……』

 察したらしい。

 創は、深くため息をついた。

「……仁美か」

『だな』

 狸神は、苦笑とも諦観ともつかない顔をする。

「せめてケチるなよ」

 創が、ぼそっと言った。

「なんだよ、半額って……」

 狸神は、肩をすくめた。

『未開封ではあるな』

「そこじゃねえ」

 ゴンが、油揚げをじっと見つめている。

 尻尾が、わずかに揺れた。

『……もういいよ』

 狸神は、そう言って祠の前に座り込んだ。

『怒る気もしねえ』

 梅酒の瓶を手に取り、ラベルを見る。

『梅酒は……嫌いじゃない』

「そこもズレてんだよな」

 創は立ち上がり、祠を見つめた。

「信仰ってのはな」

 一拍。

「気持ちも大事だが、それ以上に姿勢だ」

 狸神は、黙って聞いている。

「分かろうとしないまま、形だけ真似して、都合のいいとこだけ切り取る」

 吐き捨てるように言う。

「それを“信じてる”って言うな」

 狸神は、小さく笑った。

『……お前も、だいぶ辛辣だな』

 創は肩をすくめる。

 ゴンが、ひょいと狸神の隣に座った。

 同じ祠の側。

 同じ“外れた神”の位置。

 狸神は、油揚げの袋を取り、ぽつりと言った。

『しばらく世話になる』

「家賃は、いなり寿司で払え」

『半額はダメか?』

「ダメだ」

 即答だった。

 夕暮れの光が、祠と事務所を淡く照らす。

 曽我家では、今日も神棚の前で手を合わせているだろう。

 何が悪かったのか分からないまま。

 そして、運が落ちていく理由も、きっと分からない。

 創は、祠に背を向けて言った。

「……神様を舐めるな」

 それは、呪いでも忠告でもない。

 ただの、事実だった。

 こうしてまた一柱、時塔心霊探偵事務所に、居候の神が増えたのだった。

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作者について

絢雲 蒼雪

絢雲 蒼雪

ホラーとファンタジーが好物! 小野不由美といえば十二国記ですが、個人的には残穢が好きです。 超ビビリのくせに読破。 怖くてガチで1週間寝付けなかった。 映画も観たよ。 もちろん十二国記も...

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