第12話 失踪
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
終焉の探偵 - 第12話 失踪
本文
へとへとになって部室に入った瞬間、私は直感した。
ここは安全地帯、と思ったのもつかの間。
部室の空気が重い――なんて、以前も何度か感じたことはある。
テスト前とか、締め切り直前とか。
でも今日のこれは違った。
胸の奥を誰かの手でぎゅっと握られてるみたいな、そんな重さ。
これ、絶対にいい知らせじゃないやつだ。
(なんか……息するのしんど……)
「真弓……」
サヤカが、机に置いたスマホを強く握りしめている。
目は真っ赤。顔がぐしゃぐしゃ。
泣くと鼻が赤くなるタイプなんだよね……サヤカって。
「……どうしたの……? サヤカ……」
サヤカは言いかけて、唇を噛んだ。
その仕草で、私の心臓はもう全部察してしまった。
(やだ……やだやだやだ……こんなの……)
「……千晶ちゃんが……」
サヤカは息を震わせながら続けた。
「……行方不明なんだって……朝から……連絡もなくて……
お母さんが学校に電話して……警察動いてて……」
千晶ちゃんっ!
それじゃ、やっぱりあの夢はっ!?
――彼女は一年の挿絵担当の子。
小動物みたいで、話すときいつも袖を指でつまんでて、
でも絵はとんでもなく上手で、
私が書いた拙い怪談に、すっごく綺麗な絵を描いてくれた。
『先輩の文章、好きなんです……もっと読みたいです……』
そう言って、照れながら笑ってくれた子。
あの子が文芸部に入ってきたときのことを思い出す。
真っ赤な顔で「挿絵……描きたいんです……」って震えながら言ってきて、
それなのに描くイラストはものすごく上手で、
しかも私の拙い怪談なんかを「すごく好きです」なんて言ってくれて。
あれはほんと、人生で三回くらいしかない本気の照れ死にのひとつだった。
(うそ、うそ……でしょ……)
ただの夢だと思いたかった。
あんなことが本当の訳がないと。
いつも見る終焉の悪夢と同じだと。
――胸がぎゅっと縮む。
息が浅くなる。
頭の中が、さっきまでの普通の放課後を拒否するように真っ白になる。
そして――昨晩見た悪夢が再び脳裏をよぎる。
「昨日まで……普通にいたじゃん……千晶ちゃん……」
「うん……うん……でもね……」
サヤカは泣きながらスマホを握りしめた。
手が震えすぎて、画面の光が揺れて見える。
「昨日、私と一緒に帰った時……
千晶ちゃん、変なこと言ってて……」
「……変なこと?」
「『私……昨日……誰かに呼ばれてる気がしたんです……』って……
その時は冗談だと思ったけど……」
(呼ばれてる……それ……)
ごくりと唾を飲む。
背中が冷える。
――一体、誰に?
◇
昨晩の夢は、いつもよりもっと鮮明だった。
ホテル街。
真夜中。
千晶ちゃんが、誰かに呼ばれたみたいに振り向く。
その瞬間、足元から黒い影みたいなものが這い上がってきて、
あっという間に――
溶ける。
形が崩れて、何かに吸い込まれるように。
私は夢の中で叫んでた。
「逃げて」って。
「振り返らないで」って。
でも声は届かない。
腕も動かない。
ただ見てるだけの夢。
(……やっぱりあの夢は)
◇
千晶ちゃんがいない。
それだけで胸がぎゅっと苦しくなるくらいには、私はあの子のことが好きだった。
サヤカが机に突っ伏して、肩を震わせて泣いている。
その姿だけで、胸がざりざりと削れていくみたいに痛かった。
「真弓先輩……」
千晶ちゃんと同学年の椎名さんが心細そうに話しかけてくる。
「千晶さん……どうしちゃったんでしょう? さっきここにも警察の人が」
「……え……」
言葉が喉の途中で止まった。
肺の奥がきゅうっと痛くなる。
うまく息が入らない。
だって、昨晩の悪夢。
あの悪夢の中で襲われていた子は、どう見ても千晶ちゃんで。
(やだやだやだ。絶対気のせい。絶対ただの悪夢。予知夢とかあるわけないじゃない、そんなの……)
否定しても、頭の奥で何かが乾いた音を立てる。
カチリと。
もう逃げられないみたいに。
「真弓……大丈夫……?」
サヤカの声が震えていた。私より冷静な子なのに。
「……さ……さい……き……の……じぶん……が……や……だ……」
言いたいことが口にできない。
落ち着けるはずがない。
気づいたら、私は鞄をつかんでいた。
椅子から跳ね起きるみたいに立ち上がっていた。
「ちょ、真弓……どこ行くの……」
助けて、誰か……。
脳裏に浮かぶのはあの人。
私を助けてくれたあの人。
助けて――探偵さん!!
私はポケットに入っている名刺を握りしめ、その場から、はじけるように駆け出したのだった。
◇
廊下が夕焼け色に染まっている。
私の影が長く伸びて、震えているみたいに揺れた。
階段を駆け下りるたびに、胸がどんどん苦しくなる。
(千晶ちゃん……どうか……どうか無事で……)
そんな願いだけがぐるぐる回る。
でも、悪夢の残像が邪魔する。
千晶ちゃんが消えてゆく映像。
影に飲まれていくあの光景。
足がもつれそうだった。
息がひゅうひゅう鳴って、涙が勝手に出てくる。
(お願い……探偵さん……)
校門を抜け、駅前の喧騒に飛び込む。
こんなときに限って、人混みはいつもの三割増しで多い。
ぶつかりながらも走る。
謝る余裕なんてない。
もうこれ以上、誰も失いたくなかった。
(探偵さん……探偵さんっ!!)
夕暮れの池袋は、やけに世界の色が薄く見えた。
ビルも街灯も、人の声も、全部ぼやけている。
音が遠のいていく。
代わりに、心臓の音だけが頭の中でどくどく響く。
息が苦しい。
胸が痛い。
でも立ち止まれない。
東池袋の交差点を抜ける。
空気が少しだけ冷え始める時間。
街灯がぽつぽつ灯り、影がさらに長く伸びる。
(もうすぐ……もうすぐだから……)
私は息を切らしながら、走り続けた。