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第56話 壊れたレコード

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/4/30 📚 シリーズ: 終焉の探偵 📝 2,709文字 ✅ 全年齢

あらすじ

終焉の探偵 - 第56話 壊れたレコード

本文

「千晶ちゃん……! 生きて……」

 私は駆け寄ろうとした。

 よかった。生きてたんだ。

 あんな風に消えたけど、どこかに転移させられてただけなんだ。

 でも――。

「待って、真弓くん!」

 探偵さんが、私の腕を強く掴んだ。

「放してください! 千晶ちゃんが!」

「よく見るんだ。……あれは、人間じゃない」

 探偵さんの声は、冷徹だった。

 私はハッとして、もう一度千晶ちゃんを見た。

 彼女は笑っていた。

 スケッチブックを抱えて、無邪気に。

「先輩、見てください! 新しいイラスト描けたんです!」

 可愛い声。

 でも、違和感があった。

 彼女の下半身。

 椅子に座っているはずの腰から下が――ない。

 スカートの裾が、床の肉と溶け合っている。

 いや、椅子そのものが肉塊で出来ていて、千晶ちゃんの胴体と融合していた。

 まるで、そこから生えている植物のように。

「……ひっ」

 私は息を呑んで後ずさった。

「先輩? どうしたんですか? ほら、見てくださいよぉ」

 千晶ちゃんは、自分の体の異変になんて気づいていないみたいに、スケッチブックを掲げた。

 そこに描かれていたのは――

 ぐちゃぐちゃの、黒い線。

 絵じゃない。

 ただの、狂気的な螺旋の落書き。

「真弓先輩の小説の挿絵なんです! 私、真弓先輩の書くお話、大好きだから!」

 千晶ちゃんが、頬を染めて言う。

 千晶ちゃん、千晶ちゃん!!

 部室で、サヤカと私、椎名さんと一緒に戯れていた日々が一瞬にして脳裏に再生される。

「……そんな」

 隣で、久我さんが息を呑む気配がした。

「千晶、ちゃん……意識が……あるのかい?」

 先輩が、震える声で呼びかける。

 だが、千晶ちゃんは、久我さんを通り越してまっすぐに私を見ている。

「あ、真弓先輩だ! 先輩、私、もっと描きますね! もっともっと、先輩のために!」

 彼女は猛烈な勢いでペンを動かし始めた。

 ガリガリ、ガリガリ。

 紙が破れるほどの筆圧で。

「私、役に立ちたいんです。褒められたいんです。だから見ててください!」

 ガリガリ、ガリガリ。

「これ、真弓先輩の小説の挿絵なんです! 私、真弓先輩の書くお話、大好きだから!」

 ……え?

 今、同じこと言わなかった?

「私、役に立ちたいんです。褒められたいんです。だから見ててください!」

 ガリガリ、ガリガリ。

「真弓先輩の小説の挿絵なんです! 私、真弓先輩の書くお話、大好きだから!」

 同じだ。

 表情も、声のトーンも、首の傾げ方も。

 全く同じ動作を、繰り返している。

 まるで、昔にあったっていう傷がついたレコードみたいに。

 何度も何度も同じところを繰り返している。

「……なに、これ」

 私は震えが止まらなかった。

 これは、千晶ちゃんじゃない。

 千晶ちゃんの形をした、何か別のものだ。

『アハハハハ! どうだい? 名演技だろう!』

 天井から、M_YOUの、三宅の声が降ってくる。

『肉体は記憶を宿すっていうからねぇ! 彼女の中に残っていた「未練」のデータを、培養した肉体で再生してみたんだよ!』

 再生……?

 じゃあ、これは……。

「……ただの、現象か」

 探偵さんが、苦々しく呟いた。

「この子の脳の海馬に残った強い感情――電気信号の残滓を、バグのようにリピートさせているだけ。そこに『心』も『魂』もない」

「そんな……」

 私は膝から崩れ落ちそうになった。

 じゃあ、千晶ちゃんはやっぱり、もう……。

「……悲しいな」

 探偵さんの声は、静かだった。

 叫ぶわけでも、怒鳴るわけでもない。

 ただ、ひどく残念なものを見るような目で、天井を見上げている。

「命を……物語を、そんな風に切り貼りして遊ぶなんて」

 彼はポッキーの先を、指揮棒のように哀れな怪物へ向けた。

「君のそれは創作じゃない。……ただの、悪趣味なパッチワークだよ。僕は君を許さない」

 静かな言葉。

 けれど、その拒絶の意思は、どんな怒声よりも重く響いた。

 しかし、その言葉に答えたのは人をバカにしたような冷笑だった。

「あー、不確定要素の君。うん、大活躍は見てたよ。でももう力も使い果たしてるみたいだよね? 俺を許さない? 許さなかったらどうするのかな?」

「……くっ」

 探偵さんが唇を噛む。

 その後ろで、久我さんがじっと千晶のような何かを見つめていた。

「……まさか」

 その瞳には、絶望の色が浮かんでいる。

「いや、そんな筈はない!」

 久我さんの声が、震える。

「……絶対に違う! はるかさんはっ!!」

「先輩……」

 私は言葉を失った。

 あの時、先生が人間に戻ったように見えたのは、ただの「生理現象」だったの?

 千晶ちゃんが同じセリフを繰り返すように、先生も「愛している」という記憶を再生しただけ?

 そんなの、あまりにも救いがない。

「……認めない」

 梓さんが、弓を構えた。

 ギリリ、と弦を引き絞る。

「こんなの……ただの冒涜よ。

 私がまた……あなたを清めてあげるっ!」

『おっと、無駄無駄ァ!』

 M_YOUが嘲笑う。

『この子もね、特別製なんだよ! にくゑ様だけじゃない、元になった人の体を使ってるからね! その妙な神器は通用しないよ?』

「通用するかどうか……これを……見てからいうことねっ!」

 梓さんの額に汗が滲む。

 彼女の唇が動き、厳かな言葉が紡がれる。

「――此岸しがんは人の世、彼岸ひがんは影の世」

 空気がビリビリと震え、神聖な鈴の音のような幻聴が響いた。

 集まってゆく光は、一本の矢の形を象って引き絞られた弦と、梓さんの手の間に現れる。

「境さかいを侵すモノ、交わるべからず」

「実体化現象マテリアライズ……こんなことが本当に起きるのか」

 その神々しい光景を見て、久我さんが呆気にとられたように言葉を口にした。

「葦原あしはらの風となりて、彼方へ還れ」

「――祓はらえ給たまい、清きよめ給たまえッ!!」

 梓さんの指が離れる。

 実体を伴った光の矢が、千晶ちゃんへ向かって放たれた。

 矢はまっすぐに千晶ちゃんに向かって奔る!

 光は螺旋を描いて、千晶ちゃんの胸に吸い込まれた。

「キャァーーーーッ!!」

 まるで生きているような、痛みを感じているような悲鳴。

 同時に、千晶ちゃんの胸元に大きな穴が空く。

 だが、その穴は見る見るうちに肉で塞がっていった。

「――くっ、核を見誤った!?」

 唇を噛みしめ、再び弓を番えようと構える梓さん。

 千晶ちゃんの動きが止まった。

 笑顔が、ぐにゃりと歪む。

「……なんで……?」

 声色が変わった。

 明るい声じゃない。

 怨念のこもった、低い声。

「なんで……いじめるの? なんで褒めてくれないの?」

 ギギギ、と首が180度回転する。

 ありえない方向に曲がった首で、千晶ちゃんが私を見た。

「真弓先輩……どうして助けてくれなかったの?」

「ッ……!」

「痛かったよ。苦しかったよ。……寂しかったよぉ!」

 千晶ちゃんの体が膨れ上がった。

 背中から、無数の腕が生えてくる。

 肉と骨で出来た、鋭い爪を持つ腕。

「私を見てたくせに! 先輩だけ生きてるなんてズルい!!」

 千晶ちゃんが――化け物が、襲いかかってきた。

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作者について

カクナ・ノゾム

カクナ・ノゾム

カクナノゾムと申します。 趣味の小説を細々と書いてます。 面白いことは間違いないので是非是非ご一読くださいませ。

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