第59話 承認欲求の怪物の表紙画像

第59話 承認欲求の怪物

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/5/3 📚 シリーズ: 終焉の探偵 📝 3,985文字 ✅ 全年齢

あらすじ

終焉の探偵 - 第59話 承認欲求の怪物

本文

巨大な門をくぐると、そこは肉のトンネルだった。

 壁も、床も、天井も。すべてが赤黒い肉塊で構成され、ドクン、ドクンと脈打っている。

 まるで、巨大生物の食道だ。

「……気持ち悪い」

 靴底に張り付く粘液の感触に耐えながら、私たちは奥へと進む。

 道中、何度か千晶ちゃんと同じような「複製体」が襲ってきたけれど、探偵さんと梓さんがそれぞれの武器――パッキーと神器で、なんとか退けてきた。

 今の私には、それを見る余裕すらない。ただ、サヤカを助けたい一心で足を動かした。

 やがて、トンネルが終わり、開けた空間に出た。

「な……ッ!?」

 その光景に、私は息を呑んだ。

 そこは、広大な円形のドーム状の空間だった。

 壁には一見してわかるサーバーを構成するマシンが肉と融合している。

 壁一面に、淡く輝くモニター。

 だが、その壁の隙間には、数人の「人間」が埋まっていた。

 まるで趣味の悪いオブジェのように。

 制服姿の学生、サラリーマン、主婦。

 数名の男女が、壁の肉に取り込まれ、首から上だけを出している。

 彼らは白目を剥き、口から泡を吹きながら、何かをブツブツと呟いている。

『――にくゑ様』

『――世界に、溶ける』

『――もう、一人じゃない』

 繰り返される狂気的な祈りの言葉。

 そして。

 その中に、サヤカがいた。

 彼女もまた、半身を肉に埋められ、ぐったりと目を閉じている。

「サヤカ!!」

 私が叫ぶと同時に、広間の奥から「それ」が現れた。

「ああ、来た! 来た来た来たァ!!」

 三宅優。

 いや、もう彼は人間ではなかった。

 下半身は完全にサーバーと一体化し、背中からは無数のケーブルが蜘蛛の足のように伸びている。

 その顔は歓喜に歪み、涎を垂らしていた。

「すげぇ! すげぇよ! 視聴者数が桁違いだ! 世界中が僕を見てる! 僕の作ったステージを見てるんだ!」

 三宅は両手を広げ、天井に向かって叫ぶ。

「清音様の仰った通りだ! 最高のバズりネタが向こうからやってくるってねぇ!」

「――は?」

 その言葉に、反応したのは梓さんだった。

 彼女は目を見開き、射抜くような視線を三宅に向けた。

「今……なんて言ったの?」

「あぁ?」

「清音……虚木清音が、このことを知っていると言うの!?」

 梓さんの声が震えている。

 清音さん。確か、梓さんが探している相棒の名前だ。

「知ってるもなにも、彼女が僕に教えてくれたんだよぉ! 『にくゑ様』の力と、この世界の使い方をね!」

「嘘……そんなはず……!」

 梓さんが動揺して後ずさる。

 その隙を突いて、三宅の背中から伸びたケーブルが鞭のようにしなり、私たちを襲った。

「危ないッ!」

 ガギィンッ!!

 硬質な音が響く。

 探偵さんが咄嗟に前に出て、手にしたパッキーで触手の一撃を受け止めていた。

「ぐっ……!」

 ただのチョコレート菓子にしか見えないそれは、しかし鋼鉄のような強度で怪物の攻撃に耐えている。

 けれど、探偵さんの息が荒い。

 そういえば探偵さんがいってた「まだ、強いから大丈夫」って。

 もしかしたら探偵さん、だんだん弱っていってるの!?

「三宅くん! やめるんだ!」

 久我さんが前に出る。

 悲痛な面持ちで、かつての後輩に呼びかけた。

「何故こんなことを……! 僕と話したときは、皆を楽しませたいって、新しいエンタメを作りたいって言っていたじゃないか!」

「……あぁ?」

 三宅が、首をコテリと傾げる。

 その焦点の合わない目で、久我さんをじろりと見た。

「……もしかしてあんた、久我さんか?」

「ああ、そうだ。アプリの開発の時やりとりしたよね?」

「へへ、へへへ……会うのは初めまして……だな」

 三宅がニヤリと笑う。

「あんたはいいさ……もうプロで名前の知れたオカルトライターなんだからな」

 三宅の声に、どす黒い嫉妬が混じる。

「あんたは高みから、俺の脚本にアドバイスするだけ。ホント……高みの見物だよなぁ!」

「そ、そんなつもりじゃ……僕は君の才能を……」

「才能ぉ? うるせぇよ!!」

 ドォン!!

 三宅が拳を叩きつけると、肉の床が波打った。

「俺なんて日雇いのエンジニアで、誰も俺のことなんて知っちゃいない! 誰も俺を見ない! 誰も俺を認めない!」

 彼の叫びは、悲鳴のようだった。

 持たざる者の、強烈なルサンチマン。

「でも、ほら! あの方――清音様の言うとおりにしたら、どうだ!? 今は世界中が俺のことを、M_YOUのことを知っている!!」

 背後のモニターに、爆発的に伸びていく視聴者数が映し出される。

 その数字こそが、今の彼の命綱であり、唯一の存在証明だった。

「さぁ、世界よ! 俺を見ろ! 俺を知れ! 俺を覚えろ!!」

「……承認欲求……か」

 探偵さんが、手の中のパッキーを構え直す。

 その身体を動かすのが心なしか辛そうだ。

「真弓くん、ライターくん!」

 探偵さんが、視線を逸らさずに小さく呟いた。

 私たちの耳にだけはいるような、小さな声で。

「……僕が奴を引きつける。その間に、壁の人たちをっ!」

「えっ……」

「急いで! 彼らが完全に取り込まれる前に!」

「わ、分かりました!」

 私の返事を聞くと同時に探偵さんは、三宅に向かって駆け出した。

 人とも機械とも肉ともつかないその身体から、無数のコードが飛び出し探偵さんに襲いかかる。

「探偵さんっ!」

 思わず叫んだ私の背中を、久我さんが押した。

「行こう、真弓ちゃん! 彼の作ってくれたチャンスを無駄にしちゃいけない!」

「はいっ!」

 壁に向かって駆け出す探偵さんにコードが襲いかかる。

 だが、それは白い光によって消滅していった。

「手出しはさせないわっ! あなたには聞きたいこともたっぷりあるの!」

「うるさい! 主役ぼくの邪魔をするなァッ!!」

 三宅が吠える。

 瞬間、彼と一体化したサーバーラックから、複数のコードが寄り合わさった直径が一抱えもありそうな無数の黒いケーブルが一斉に鎌首をもたげた。

 まるで、神話に出てくる多頭の蛇!

「死ねよ! エキストラどもがァッ!!」

 ヒュンッ!

 風切り音と共に、黒い槍となったケーブルが私たちに降り注ぐ。

「――させないっていってるッ!」

 叫んだのは、梓さんだった。

 彼女は唇を噛み締め、動揺を無理やり振り払うように弓を引き絞っていた。

「祓え給い、清め給え!」

 ヒュオォォッ!

 放たれた光の矢が、空中で分裂し、雨のように降り注ぐケーブルを次々と迎撃する。

 バチバチバチッ! と火花が散り、切断されたケーブルがのた打ち回る。

「今よ! 走って!」

「ありがとうございます!」

 私たちは駆け出した。

 探偵さんが囮となり、正面から三宅へと突っ込んでいく。その背中を見送りながら、私たちは部屋の端を回り込み、サヤカのいる祭壇へと走る。

 ドロドロとした肉の床に足を取られながら、必死で祭壇を登る。

「サヤカ! サヤカッ!」

 駆け寄った先で見た親友の姿は、痛々しかった。

 手足は肉の枷かせで固定され、首筋や背中には太いLANケーブルが直接突き刺さっている。

「う、うぅ……」

 サヤカはうわ言のように何かを呟き、白目を剥いている。

「ひどい……」

「くそっ、なんてことを!」

 久我さんがサヤカの腕を掴み、ケーブルを引き抜こうとする。

「真弓ちゃん、手伝ってくれ! このケーブルを抜くんだ!」

「は、はい!」

 私はサヤカの身体を支え、首筋のケーブルに手をかけた。

 ヌルリとした感触。

 まるで血管のように脈打っている。

「ごめんね、サヤカ。痛いけど、我慢して……!」

 ブチリッ!

 一本、引き抜いた。

 サヤカがビクリと痙攣する。

「その調子だ! 急ごう!」

 久我さんの声に励まされ、私は必死に作業を続ける。

 その背後では、激しい戦闘音が響いていた。

 ガィィンッ! ガギッ!

 私はサヤカを抱きしめながら、恐る恐る振り返った。

 そこでは、探偵さんが舞っていた。

 回避。パリィ。切断。

 全方位から襲いかかる三宅の触手を、あの細い棒菓子一本で弾き返している。

 きっと本来の力を――あの夜、私を抱きかかえて街を疾走してくれたあの力――使えない状態でありながら、その動きはあまりにも鮮やかで。

「すごい……」

 押している。

 あの怪物相手に、探偵さんが圧倒している。

 これなら勝てる。サヤカを助けて、みんなで帰れる!

「な、なんだよお前……ふざけてんのか? なんでそんな駄菓子一本で……!」

 三宅の焦ったような声。

 探偵さんはもう、三宅の懐まで迫っていた。

「言ったはずだよ。君は創造者として二流でしかないって。

 そんな相手にはこれで十分さ」

 探偵さんが、地を蹴った。

 三宅の本体――サーバーと肉体がつながっている「核」へ向かって、一気に距離を詰める。

「これで、終わりだ」

 探偵さんが、パッキーを振りかぶる。

 狙うは三宅の胸元。

 そこに一撃を叩き込み、強制的にシステムを停止させる。

 いけるッ!

 私はサヤカの体を強く抱きしめ、その勝利の瞬間を見届けようとした。

「や、やめろォォォッ!!」

 三宅の絶叫。

 探偵さんの渾身の一撃が、三宅の鳩尾みぞおちへと叩き込まれた――その瞬間。

 バキィッ!!

 乾いた音が、戦場に響き渡った。

「……え?」

 私の目の前で、信じられないことが起きていた。

 探偵さんの手の中で。

 あの鋼鉄よりも硬かったはずのパッキーが、無惨にも砕け散っていたのだ。

 パッキーは三宅と探偵さんの間に割り込んだ、1人の少女の細い指によって折り砕かれていた。

「――くっ!」

 パラパラ……。

 茶色いチョコレートの欠片が、虚しく宙に舞う。

 時が止まったようだった。

 探偵さんの目が見開かれる。

「ああ、来てくださったんですねっ!!」

 三宅の顔が、驚愕から歓喜へと歪む。

 探偵さんの眼前に立つ少女。

 長い黒髪をなびかせ、緋袴と白い巫女服を纏った彼女の名前を――私は知っている。

「清音ぇーーーーッ!」

 梓さんが絶叫した。

 そう、清音さんの繊手が、探偵さんのパッキーを折り砕いていた。

 現実がそうであるように、細い焼き菓子は粉々に砕け、宙を舞う。

「あ……」

 私の喉から、音にならない悲鳴が漏れた。

 探偵さんの手が、空を切る。

 防御も、攻撃手段も失った彼の目の前で。

 三宅の背中から、巨大な処刑鎌のような触手が、ギチリと音を立てて持ち上がっていた。

ジャンル・タグ

, , , , , , ,

作品統計

👁️ 閲覧数: 1 👍 いいね: 0 📚 本棚登録: 0

作者について

カクナ・ノゾム

カクナ・ノゾム

カクナノゾムと申します。 趣味の小説を細々と書いてます。 面白いことは間違いないので是非是非ご一読くださいませ。

👥 フォロワー: 2人

作者ページを見る