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第60話 敗退

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/5/4 📚 シリーズ: 終焉の探偵 📝 2,456文字 ✅ 全年齢

あらすじ

終焉の探偵 - 第60話 敗退

本文

「あ……」

 私の喉から、音にならない悲鳴が漏れた。

 探偵さんの手が、空を切る。

 防御も、攻撃手段も失った彼の目の前で、三宅の背中から巨大な処刑鎌のような触手が持ち上がっていた。

「死ねェッ!!」

 三宅が狂喜と共に触手を振り下ろす。

 ドォォォォンッ!!

 触手を受け止めた探偵さんはまるで、巨大なハンマーで殴打されたかのように、真横に吹き飛び、肉の壁に深々とめり込む。

「ガハッ……!」

 探偵さんが大量の血を吐き、ぐったりと動かなくなる。

「あはははっ! 硬いなぁ、おい。真っ二つにするつもりだったのに!!」

 三宅が手を叩いて喜ぶ。

 彼はうっとりとした表情で、自分の隣に立つ巫女――清音さんを見上げた。

「さすがは清音様! ご命令通り、あの女子高生を餌におびき寄せた甲斐がありましたねぇ! 最高のショーになった!」

「ええ。よくやりました、M_YOU」

 清音さんは微笑んだ。

 慈愛に満ちた、聖母のような笑みで。

「褒美をやりましょう」

「へ? あ、ありがとうござ……」

 ブチリッ。

 濡れた雑巾を絞るような音がした。

 三宅の言葉が途切れる。

 清音さんの繊手が、三宅の首を掴み――そのまま、無造作に引きちぎっていた。

「え?」

 三宅の生首が、何が起きたのか理解できない表情で宙を舞う。

 胴体から鮮血が噴き出す――ことはなかった。

 傷口からは赤黒い泥が溢れ出し、即座にサーバーと融合していく。

「お前も、私たちと一つになることを許しましょう」

 清音さんは三宅の生首をゴミのように放り捨てると、壁一面のモニターを見上げた。

 そこには、世界中の視聴者の反応が映し出されている。

『うわああああ!』

『グロ注意』

『神! 神!』

 コメントの滝が流れる中、異変は起きていた。

 部屋一面のモニターで映し出された視聴者たちの顔や手に、小さな「目」や「口」が無数に浮かび上がっていたのだ。

「ああ……美しい」

 清音さんが恍惚と呟く。

「これで主目的は果たすことができました。私は世界中に、その『芽』を飛ばすことができたのです」

 世界が終わる。

 モニター越しの光景を見て、私は直感した。

 この部屋の狂気は、もう世界中に感染してしまったんだ。

「貴女は……誰?」

 震える声が響いた。

 梓さんが、弓を構えたまま立ち尽くしている。

「清音じゃない。……貴女は誰!」

「愚問ですね」

 清音さんはゆっくりと梓さんに向き直った。

「私はお前たちの神。……『にくゑ』と呼んでいたのは、お前たち人間でしょう?」

「ふざけるなッ! 清音を返せぇッ!!」

 ヒョウッ!!

 梓さんが、激情のままに矢を放つ。

 それは彼女が持つ神器の力。

 にくゑという神の概念を否定する力。

 パァンッ!!

 けれど、光の矢は清音さんに届く前に、見えない壁に弾かれて霧散した。

 それだけではない。

 梓さんが手にしていた神器が、無数の罅が入ってゆく。

 見る間にそれは大きくなり、白い弓はガラスのように砕け散った。

「嘘……」

「神に弓引くとは。……ひれ伏しなさい」

 ズズズズズッ!

 部屋中の床と壁から、無数の肉の触手が一斉に伸びた。

 私、久我さん、梓さん、全員の手足があっという間に拘束され、空中に吊り上げられる。

「ぐっ……離せっ!」

「あが……!」

 身動きが取れない。

 清音さんは私たちには目もくれず、壁にめり込んだまま動かない探偵さんへと歩み寄った。

「……哀れですね」

 彼女は、血に濡れた探偵さんを見下ろして告げた。

「お前は人ではない。我らのような神でもない。……だが、お前もまた我々と同じ彼岸よりやってきた存在。お前には神に等しい力がある」

 清音さんの言葉に、探偵さんの指がぴくりと動く。

「故に、お前はもう戦えない。お前がその身にある『枷』を外し、真に力を解放すれば……この脆い世界ごと滅んでしまう。そうでしょう?」

 探偵さんは答えない。ただ、苦しげに息を吐く。

「だからお前は、人の真似事をして、玩具のようなお菓子を武器にし、自分を鎖で縛り付けている。……今のお前は、無力に等しい」

 清音さんが、くるりと振り返る。

 その視線が、吊り下げられた私を射抜いた。

「そして。お前のその『自制』こそが、答え合わせになりました」

「……答え?」

「我々は探していたのです。運命を分かつ分岐器を」

 清音さんが私に向かって手をかざす。

「予想通りでした。……それは、お前だ」

 心臓が跳ねた。

「何故、三宅を使ってお前の友人を生かしたまま置いておいたと思います?

 そうすれば、お前はきっと自分でここに来る。

 そして探偵……お前は必ず、この娘を守るために力を消耗する」

 そんな、サヤカがさらわれたのは私のせい?

 私が探偵さんの力を消耗させた?

「さあ、世界を正しい姿へ戻しましょう」

 カッ!!

 清音さんの手から、禍々しい光が放たれ、私を包み込んだ。

「ぎゃああああああああッ!?」

 激痛。

 熱い。痛い。身体の中身が書き換えられるような感覚。

 私の悲鳴と共に、部屋中の空間が歪み始めた。

 部屋一面に、あの光景が幻のように浮かび上がってゆく。

◇

 ――息を吸った瞬間、甘い匂いが鼻を刺した。

 ここは池袋のはずだった。

 いつもの駅前の雑踏、いつものビルの看板、いつもの人の流れ――

 その全部が、溶けていた。

 ビルの外壁は赤黒い粘膜みたいに脈打ち、東口のロータリーを覆うアスファルトが、胎内の水面のようにふるふると震えている。

 甘い匂いに包まれた地面から立ち上る湯気の奥で、道行く人がゆっくりと形を失っていく。

「……え……?」

 誰かの腕が溶けた。

 誰かの足が、音もなく液体になって崩れた。

 笑顔のまま溶けていく人もいる。

 泣きながら溶ける人もいる。

 でも最後は皆、柔らかな肉の塊となって、地面に吸い込まれていった。

◇

 赤黒い空。崩れ落ちるビル群。溶解する人々。

 私の夢に出てくる「終わりの光景」が、ホログラムのように部屋全体へ投影されていく。

「見つけた。ついに見つけたぞ! 運命の分岐器を!」

 清音さん――にくゑの歓喜の声が響く。

「これで世界は、正しい姿を取り戻す!!」

 意識が遠のく。

 世界が終わる。

 私が、終わらせてしまうの?

 そんなのイヤだ!

 ごめんなさい。ごめんなさい……。

 私の呟きは、誰の耳にも入らず虚空に消えてゆく。

 ――その時。

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作者について

カクナ・ノゾム

カクナ・ノゾム

カクナノゾムと申します。 趣味の小説を細々と書いてます。 面白いことは間違いないので是非是非ご一読くださいませ。

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