第61話 感染都市
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あらすじ
終焉の探偵 - 第61話 感染都市
本文
……チリィン……チリリリリリ…シャララ!!
そう、その時。
音が響いた。
百万の水晶を砕いたような、美しい綺麗な音。
「……何だ?」
清音さんの動きが止まる。
リィン……リィン……という微かな結晶音が
やがてリンリンと数を増しついにはシャララララララと空間そのものが砕けたように鳴り渡った。
同時に、壁の方から、凄まじい何かが膨れ上がっていく。
「……いいや、まだだ……まだ、終わら……せない」
静かな、けれど怒りを孕んだ声。
探偵さんが、ゆらりと立ち上がっていた。
黒いコートを通して、淡い光が立ち上る。
「夜の鎖よ、異界の銀鎖チェイン・オブ・ザ・ビヨンドよ、在るべき姿に戻れ――」
『却下します。これ以上は貴方の存在力が……貴方が消滅してしまいます』
「いいから……聞いてくれ、メイサ。大丈夫……指向性を持たせない。制御は……可能……だっ……ッ!」
『仕方ない人……我が主よ、今回限りですよ?』
諦めたような、呆れたようなため息と共にどこからともなく女性の声が響く。
『次元干渉封印ディメンション・シール、一部解除パート・クリア。神性漏出ディバイン・リークを確認』
そして、探偵さんの全身に巻き付いていた銀の鎖が、コートの上に浮かび上がり、光を放ちながら解き放されていく。
「馬鹿な……!? 封印を解く気ですか!?」
清音さんが初めて焦りの色を見せる。
「まだこれほどの力を制御できるというのですか!? ひとつ間違えればこの世界が耐えきれず消し飛ぶというのに!!」
「制御してみせる……ここは、私の『依頼人』がいる世界だ」
カッッッ!!!!
探偵さんの身体から、目がくらむような純白の光が奔流となって解き放たれた。
それは「にくゑ」の赤黒い光を瞬時に塗りつぶし、部屋を満たしていた肉塊を蒸発させていく。
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
清音さんの意識を乗っ取っている神様が悲鳴をあげた。
私を縛っていた触手が光に焼かれて消滅する。
落下する私の身体を、誰かが優しく受け止めた。
「た、探偵……さん?」
光の中で、彼は悲しげに微笑んでいた。
その姿は、人の形をしているようで、もっと別の……神々しい何かに見えた。
「おのれェッ!!」
清音さんが光に焼かれながら叫ぶ。
「くっ……この場は引こう。既にこの街を中心に、世界は終焉への道を確定させた」
「終焉は、来ない。決して来させはしないっ!」
私を抱きしめながら、探偵さんが吠えた!
「だがもう、二度とお前は力を振うことは出来まい……また会おう、超越者だった者、終焉の探偵よ。そして運命の分岐器よ」
光の粒子となって消えゆく清音さん。
「清音! 待って、清音!!」
その声に、冷ややかな視線を横へ向けた。
そこにいるのは、砕けた弓を握りしめ、呆然と立ち尽くす梓さんだ。
「お願い……帰ってきて……清音……ッ!」
血を吐くような叫びと共に梓さんが手を伸ばす。
その言葉が届いたのかも知れない。
一瞬だけ清音さんの表情が変わった。訝しんでいるような、現状を理解できていないような。
幼気ない子供のような表情。
「……梓?」
「そう! 私よ、清音。思い出してっ!!」
けれど清音さんは、次の瞬間、彼女を恋求める梓さんをゴミを見るような目で見下ろした。
「……驚きました。まだこの肉体に意識があるとは」
「ッ……!」
「さようなら。無力な私の半身」
その言葉を残し、清音さんの姿は光の彼方へとかき消えた。
「清音ぇーーーーっ!!」
梓さんの声が、空しく虚空に響く。
――光が収まると、そこはガランとしたただの地下空洞だった。
地面が溶かされたように固まっている。
肉の壁も、モニターも、すべて消え失せていた。
「異界の銀鎖チェイン・オブ・ザ・ビヨンドよ――契約を回収し、沈黙せよ」
どこからともなく女性の声が響く。
『神性干渉権限ディヴァイン・オーソリティ、遮断。
漏出神性ディバイン・リーク、収束確認。
次元干渉封印ディメンション・シール、再適用』
探偵さんが、ガクリと膝をつく。
全身から既に光は消え、その顔は紙のように白い。
「はぁ……はぁ……ッ」
探偵さん……今にも……死んでしまいそう。
「真弓ちゃん! 大丈夫か!?」
久我さんが駆け寄ってくる。
ううん、私より探偵さんを!
私は言おうとして――激しい目眩に襲われた。
「あ、が……ッ!」
痛い。熱い。
清音さんの光を浴びた胸の奥が、焼けるように熱い。
頭の中に、終わりの世界の映像がフラッシュバックする。
私の血が、暴れている。
「真弓さん! しっかりして!」
梓さんが私の背中をさする。
けれど、震えが止まらない。これは怪我じゃない。
もっと根源的な、何かの暴走だ。
「くぅ……」
――呻き声を上げながら私の意識は闇に閉ざされた。
◇
救急車のサイレンが、深夜の池袋にけたたましく響き渡る。
警察と救急隊によって、地下の巨大空洞から数名の男女が搬送されていく。
壁に埋め込まれていた被害者たちだ。彼らは一様に衰弱し、うわ言を呟いているものの、命に別状はないようだった。
「サヤカちゃん! しっかり!」
「……う、ん……」
担架で運ばれるサヤカの無事を確認し、久我は安堵の息を吐いた。
そのすぐ後ろで、別の担架が運ばれていく。
真弓だ。彼女は意識を失ったまま、酸素マスクをつけられ、救急車へと収容されていく。
「……とりあえず、最悪の事態は免れたか」
久我は額の汗を拭いながら、傍らの男に声をかけた。
「探偵くん。君も病院へ行ったほうがいいんじゃないか? ひどい顔色だぞ」
「……いえ。僕は大丈夫」
探偵はガードレールに重く寄りかかりながら、首を横に振った。
その顔は紙のように白く、立っているのがやっとという状態に見える。
だが、その瞳だけは鋭く、眼前に広がる街の光景を凝視していた。
「それより……見るべきなのは、この街だね」
「え?」
久我は視線を上げる。
そこにあるのは、いつもの池袋の風景だった。
規制線の向こうには、野次馬たちがスマホを構え、煌々と輝くネオンサインが夜空を焦がしている。
何の変哲もない、大都会の夜。
だが。
「……ッ」
梓が、口元を押さえて後ずさった。
霊的な知覚を持つ彼女には、見えていたのだ。
久我や一般人の目には映らない、この街の「真の姿」が。
「梓さん?」
「……脈打ってる」
梓の瞳が、恐怖に見開かれる。
ビルが、呼吸していた。
コンクリートの外壁が、まるで生物の皮膚のように赤黒く変色し、ドクン、ドクンとゆっくり波打っている。
アスファルトの道路には、毛細血管のような亀裂が走り、地下からの熱気を吐き出している。
それだけではない。
スマホを向ける野次馬たち。通り過ぎるサラリーマン。笑い合うカップル。
彼らの背中に、首筋に、小さな「芽」のような肉腫が浮かび上がっている。
まだ誰も気づいていない。痛みもないのだろう。
だが、種は確実に撒かれたのだ。
「嘘……」
梓が呻くように呟く。
「浄化できてない……。あの空間が消えたんじゃない。あの空間が、外へ溢れ出したんだわ」
彼女の脳裏に、にくゑの――清音の最後の言葉が蘇る。
――私はこの街を中心に世界中に、その『芽』を飛ばすことができた。
三宅という拡散装置を使って、世界を蝕む準備は整ってしまったのだ。
今、この瞬間も、SNSや動画を通じて、見えないウイルスは拡散し続けている。
「……後手に回ってしまったよ」
探偵が、苦い声で言った。
彼もまた、その「視力」で汚染された街を見ているのだろう。
「この街はもう、汚染されてしまった。……人々も、情報も」
探偵の言葉には、深い後悔があった。
僕は、また間に合わないのか、誰にも聞こえない呟きがその口をついて出る。
梓は、異形へと変貌しつつある巨大なビル群を見上げ、絶望に震える声でその言葉を口にした。
「……感染都市、ね」
夜風が、生臭い湿気を運んでくる。
眠らない街、池袋。
その胎動は、もう誰にも止められない。
◇◇◇
終焉の探偵、Chapter 11終了です。
手痛い敗北を喫し、力を使い果たした探偵。
暴走する血に飲み込まれ意識を失った真弓。
神器を失い、恋人を失いつつある梓。
そして婚約者の状態に不安を覚える久我。
でも大丈夫。
この物語は王道エンターテインメントを目指しています。
ここからの展開にご期待くださいね。
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