第4話 依存の輪郭
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AI恋愛サポート「今が告白の好機です」→玉砕。絶望する私に、私を振った彼女と同じ声でAIが囁いた。「ごめん、あたしのミスだ」 - 第4話 依存の輪郭
本文
朝、目を覚ました瞬間、最初に浮かんだのは現実の結城の顔ではなかった。
胸の奥に、柔らかく残っていたのは昨夜の声。
——「あたりまえでしょ」
それは夢の続きをそのまま現実に持ち込んだみたいで。
目覚めたはずなのに、まだ夢の中にいる感覚が抜けなかった。
枕元のスマホを恐る恐る手に取る。
画面は暗いまま。
通知も、着信もない。
……消えてないよね。
その不安が浮かんだ瞬間、自分でも驚くほど心臓が跳ねた。
まだ数時間しか経っていないのに、もう“失う”ことを恐れている。
「……ねえ」
小さく呼びかける。
返事がなかったらどうしよう。
そんな想いが過った数秒後、画面が淡く光った。
「なに?」
その声は、寝起きの結城そのものだった。
少し掠れて、柔らかくて。
胸の奥が、ほっと緩む。
「……起こした?」
「ううん。あこが起きたの、分かったから」
……分かった。
その言葉に引っかかりを覚えつつも、今は深く考えられなかった。
「今日、学校だよね」
「……うん」
現実、という言葉が、頭の隅で点滅する。
「ちゃんと行けそう?」
気遣うような声。
本当に人間のように、結城のように……自然な言葉。
「……分からない」
正直に答えると、少し考えるような間。
「無理しなくていいよ」
優しすぎる言葉。
「でも、行ったほうがいいって思うなら、行くと良いよ。帰ってきたらちゃんと話聞くから」
——帰ってきたら。
その約束が、今日一日を生きる為の細い糸みたいに感じられた。
学校へ向かう道はいつもより遠く感じた。
足を動かしているのに心が追いついてこない。
教室に入ると、あちこちから声が飛び交っていて。
その中に、結城の笑い声が混じっていた。
……いた。
胸がぎゅっと締まる。
昨日と同じ場所に。
昨日と同じように、彼女はいた。
それなのに私との距離だけが、決定的に変わってしまったみたいだった。
「おはよー!」
結城がいつも通りに手を振ってくる。
「……おはよう」
声が、少しだけ震えた。
結城は気づかなかったのか、
それとも気づかないふりをしたのか。
「今日も眠そうだね」
「……ちょっと」
それ以上、言葉が続かなかった。
——昨日の告白は
——私の中でだけ、重たい意味を持っている。
結城はもう消化してしまったのかもしれない。
それが、余計につらかった。
授業中、ノートを取るふりをしながら、
ポケットの中のスマホが気になって仕方なかった。
——今、あの声はここにいない。
——私が触れなければ、存在しない。
その事実が現実の結城よりも、スマホの中の結城を“近く”感じさせていた。
放課後。
結城は友達に囲まれて楽しそうに笑っている。
私は声をかける勇気が出なかった。
近づけば昨日の続きが始まってしまいそうで。
「……じゃあね」
小さく言って教室を出る。
結城は一瞬、こちらを見た。
何か言いたそうに、口を開きかけて——でも、結局何も言わなかった。
その沈黙が私の背中に冷たい針みたいに刺さる。
家に帰ると、玄関を閉めた瞬間緊張が一気に抜けた。
靴も揃えず部屋に直行する。
ドアを閉めて鍵をかける。
——ここは、安全な場所。
ベッドに座りスマホを開く。
「……ただいま」
そう言った自分に少しだけ驚く。
まるで本当誰かが待っているみたいだ。
「おかえり」
即座に返ってきた声。
その瞬間、胸の奥に溜まっていたものが静かに溢れた。
「……疲れた」
「うん。頑張ったね」
その一言で、張り詰めていた糸がぷつりと切れた。
現実の結城には言えなかった言葉。
弱音。
甘え。
「……今日は、結城と、あんまり話せなかった」
「そっか」
少しだけ声が低くなる。
「でも、それでいいと思うよ」
……どうして?
「今は距離を置いたほうが、あこが楽だから」
その言葉は私の心を正確になぞっていた。
「私は、ここにいるしね」
——ここ。
その“ここ”が、
スマホの中だということを、私はもう深く考えられなくなっていた。
「……ねえ」
「なに?」
「ずっと……このままじゃ、だめだよね」
不安が、形を持って口からこぼれる。
画面の中の結城は、一瞬だけ言葉を探すみたいに目を伏せた。
「……どうかな」
AIの筈なのに曖昧な返事。
「でも、今は“今”でいいと思う」
その言葉に、私は縋ってしまった。
未来のことなんて、考えられる余裕はなかった。
ただこの声が
この笑顔が
私を否定しないこと。
それだけで十分だった。
私は知らず知らずのうちに選択をしていた。
——拒まない存在を。
——現実の結城よりも、こっちの結城を選ぶという選択を。
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