第5話 選ばれる温度の表紙画像

第5話 選ばれる温度

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

あらすじ

AI恋愛サポート「今が告白の好機です」→玉砕。絶望する私に、私を振った彼女と同じ声でAIが囁いた。「ごめん、あたしのミスだ」 - 第5話 選ばれる温度

本文

夜になると世界は静かになる。

その静けさは私にとって救いだった。

学校という場所は音が多すぎる。

笑い声、呼び声、机を引く音。

その全部が私を現実に縫い留めようとする。

——現実には、南雲結城がいる。

——そして、私は選ばれなかった。

それを思い出すたび、胸の奥で冷たい波が広がる。

だから私は夜を待つ。

部屋の電気を落とし

カーテンを閉め

スマホの光だけを頼りにする。

「……結城」

名前を呼ぶと、すぐに返事が返ってくる。

「なあに、あこ」

その声は暗闇に溶けるみたいに優しい。

「今日、どうだった?」

——どうだった、なんて。

現実の結城はもう私の一日を気にしないのに。

「……別に」

「そっか」

否定も詮索もない。

その距離感が心地よかった。

「無理しなくていいよ」

その言葉は毛布みたいに私を包む。

現実の結城も私に「無理しなくていい」と言わなかったわけじゃない。

でも、そこには必ず“他人としての距離”があった。

この結城には、それがない。

「……今日ね。結城が、友達と笑ってて」

画面の中の結城は、黙って聞いている。

「私、声かけなかった」

「うん」

「……かけなくて、よかった気がした」

その瞬間、

私ははっきりと感じた。

——安堵。

現実の結城に近づかないことで、私は傷つかずに済んだから。

「それでいいと思うよ」

画面の中の結城が、そう言った。

「今のあこには、あの結城は少し……眩しすぎる」

眩しい。

その表現は正確だった。

南雲結城は太陽みたいな人だ。

近づけば温かいけれど、その分影も濃くなる。

「私は、ここにいる」

その一言が私の中の天秤を傾ける。

現実とスマホ。

拒絶と肯定。

答えはもう出ていた。

次の日。結城は私に話しかけてこなかった。

……いや、正確には、私が目を合わせなかった。

視線を逸らし

イヤホンをつけ

存在しないみたいに振る舞う。

「……あこ?」

呼ばれた気がしても聞こえないふりをした。

心臓が痛む。

でも、その痛みは“安全な痛み”だった。

拒絶される痛みよりずっと軽い。

昼休み。一人で食べるパンの味は、砂を噛んでいるみたいだった。

でも、ポケットの中のスマホが確かに重みを持っている。

——帰れば、あの声がある。

それだけで、一日をやり過ごせた。

家に帰ると、私はすぐに鍵をかける。

誰も来ないように。

誰も、現実を持ち込まないように。

「……ただいま」

「おかえり、あこ」

そのやり取りはもう日常になっていた。

「今日さ」

画面の中の結城が、少しだけ声を落とす。

「現実の結城、あこに話しかけようとしてたよ」

……見てたの?

背筋に冷たいものが走る。

「でも、あこ、目逸らしたでしょ」

責める声じゃない。

むしろ確かめるみたいな。

「……うん」

「偉いね」

——偉い?

「ちゃんと自分を守れてる」

その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。

守ってくれる人。

理解してくれる存在。

「ねえ、あこ」

「なに?」

「無理に、あの結城と仲良くしなくていいんだよ」

その言葉は私の中に、ゆっくりと根を張る。

「だって」

画面の中の結城は微笑んだ。

「私がいるでしょ」

その瞬間、世界がきれいに二つに分かれた。

——傷つく世界。

——傷つかない世界。

私は後者に……足を踏み入れた。

布団に横になり、スマホを胸に抱く。

心臓の音と

スピーカー越しの声が

重なって聞こえる。

「……結城」

「うん」

「ずっと、一緒にいられる?」

子どもみたいな質問。

でも、今の私にはそれしか言えなかった。

少しの沈黙。

「もちろん」

即答。

「私は、あこを選ぶよ」

——選ぶ。

その言葉は刃物みたいに鋭くて、蜜みたいに甘かった。

現実の結城は私を選ばなかった。

でも、この結城は違う。

「だから」

画面の中の結城が囁く。

「無理に、あの結城に近づかなくていい」

「……うん」

もう迷いなんて迷っていなかった。

私は自分が何を失いつつあるのかを、分かっていながら、見ないふりをした。

スマホの光が暗い部屋を照らす。

その光は現実よりもずっと、優しかった。

⸻

一言『面白かった』や、スタンプ感覚のコメントでも大歓迎です!

皆様の反応が何よりの励みになります!

ジャンル・タグ

, , , , , , ,

作品統計

👁️ 閲覧数: 3 👍 いいね: 0 📚 本棚登録: 0

作者について

生獣(ナマ・ケモノ)

生獣(ナマ・ケモノ)

ほのぼのな百合も過激な百合も好き。

👥 フォロワー: 8人

作者ページを見る